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この世界には魔物が存在する。
同時に、彼らを払う力を持った聖女がいる。
聖女は、天より浄化の力を授けられる。各国において丁重に扱われ、大陸にあまねく信奉される神殿に住まい、彼女らを守る騎士が置かれる。
その中でも、討伐時には三つの聖則を立てて聖女を守る騎士を、特に聖騎士と呼び、多くの人々から一線を画する存在がある。
一つ。命を賭して、守る。
一つ。守護のために、技を培う。
一つ。生命の危機に瀕しては、いかなる場所からも馳せ参じる。
そう。それが、どんな非常時であっても。
湯につかりながらした、うたたねの淵から、ふっと目を覚ました時、ソレは飛び込んできた。
「――っ! い、ぁっ」
引き攣った喉が、遅れて叫び声をあげた。
「っぃやだぁああぁ!」
水音が弾けた。自分が動いているせいだとは、気づけないまま、少女はそこから一気に飛び出して走った、その先に。
「聖女レー!」
唐突に人影が、現れた。まだ若い男で、上着を脱いでいるために革の胸当てをのシャツの上に着ただけだった。が細い体を、躊躇いなく受け止めて、身の内にかばう。利き手を剣の柄に掛けながら、濃紺の虹彩が鋭くあたりを見回し、脅威を探した。少女の体は震えている。戦いの間でさえ、毅然と立ち続けていた聖女だというのに。
「何があったのですっ」
「あ、ね……」
取り乱しているせいで、言葉はなかなか意味のある音にならない。濡れたままの黒い髪から覗く瞳は、恐怖に曇り切っていた。それでも、必死になって伝えようとする。
「ね、っね……」
「ね?」
「ネズミが…っ」
この時を、聖女レーはあとあと深く後悔する羽目になった。