009話
暫く経つと他の参加者たちが一人二人と体育館へ入ってきた。
みんな疲れきった顔をしていたのが印象的だった。
須藤も他の面々とコミニュケーションを取る為に俺から離れていった。
やはり初日で精神的に疲れた人が多かったようでチラホラと会社や学校を休んだという話し声が聞こえてくる。
俺の方には誰も来ない。
まぁ積極的に情報の交換をしてなかったし当然っちゃ当然なのだが。
全員が集まったところで案内人が姿を表した。
「はーい皆さんお久しぶりです! と言っても一日しか経っていないんですけどね!」
昨日と同じように壇上に姿を見せた案内人はとびきりの笑顔で俺たちに挨拶をしてくる。
それを受けた参加者たちの顔色は俺と須藤を除いて一様に悪い。
「昨日…まぁ今日と呼んでも差し支えはないでしょうけどしっかりと休めましたかー?」
休める訳がないだろ、阿呆。
「阿呆呼ばわりしないで下さい…」
やべっ、聞こえていたみたいだ。
案内人は寂しそうな笑顔を見せ、話を続ける。
何故だ、罪悪感が…。
「とりあえず。初日を生き延びた皆さん、本当にお疲れ様でした。そして本当におめでとうございます。貴方たちは自らの願いが叶うチャンスに一歩近付きました。そして今日、また一歩近付くことが出来ます」
「運命ゲーム、第二夜は間違い探しです。今日のゲームは皆さんの過去が舞台。過去に犯した過ちを、自覚が有ろうと無かろうとその間違いを探して頂きます」
早口にそう説明を続ける案内人は間に口を挟むことを許さないかのように更に続けた。
口調が昨日と違うのは形式美みたいなものなのか。
「勿論自覚がある間違いでも貴方の思う間違いと正解は違う可能性も有ります。選択肢一つで大きく逸れた貴方の運命、そして人生。それを今一度追体験して貰います」
「正解された方には副賞として貴方が現実に選んだルートとは反対の、別の人生をお見せします。例えば貴方が告白されて付き合ったとする。現実では付き合っていない先の展開は知ることが出来ませんけど、今回はその先の展開を、その先の人生を知ることが出来る、そんな感じです」
ふむ…歴史に例えると織田信長が暗殺されずに生きた歴史を、その後の日本を知ることが出来る。
うむ、よくわからん。
「あーね、そういうことか」
須藤が何か分かったような顔をしている。
俺の言葉を聞いた他の参加者も全員、成る程…みたいな表情を浮かべている。
いや、俺はまだ分かっていないんだけど?
「つまり、Aルートを選んだお前は本来はもう一つのBルートの先を知ることは出来ない、分かるか?」
「分かるからはよ」
「要するにAルートを選んだけどBルートを選んだ時の展開も知れるってこと。つーか高橋って意外と馬鹿だな」
成る程。
馬鹿は余計だが理解出来た。
エロゲで例えると正ヒロインルートを選んだけどサブヒロインのルートも分かるってことか。
「お、おう…それで間違ってはいないがどうしてエロゲで例えるんだよ…」
参加者全員の引きつった表情と引き換えに理解することが出来た。
「へー、君もエロゲをやるんだ? 私もやったことがあるけどヤンデレ系こそが至高だね。そうは思わないかい?」
馬鹿野郎、純愛物以外のエロゲなんてやる価値ないわ。
「むっ、それは心外だ。愛情表現の間違った女性を自分好みに染めるのは凄く…イイよ」
恍惚とした表情を浮かべるんじゃない。
おいこら、下半身のその膨らみはなんなんだ。
「案内人がエロゲを知っていて尚且つプレイしたことがあるのにもツッコミたいがとりあえず二人とも黙ってくれ」
怒られてしまった。
須藤の癖に生意気だ。
見た目で判断するにこの案内人の性別は男性、エロゲをやったことがあっても不思議ではない。
むしろ須藤もやれよ。
「俺はやらんっ。とにかく高橋は黙って、案内人は続きを話してくれ」
須藤の他の参加者たちとは別の意味で疲れきった表情を見ると流石に申し訳なくなる。
俺も黙って案内人に続けるように目で促した。
「そうかい? せっかくエロゲ談話が出来るかと期待したんだけど…まぁ良いや。それじゃあ続けるね」
案内人の不服そうな表情とは反対に須藤は助かった、とでも言いたげな笑顔だった。
「えーと、どこまで話したっけ? …そうそう、簡単な解説だったね。それじゃあそこから続けるよ」
「ゲームが始まると過去の自分自身が見える。昨日と同じように現在の自分自身は何も出来ない。動くことも喋ることも触ることも、ね。その場で起こることは人それぞれだから何とも言えないけど、まぁ昨日みたいな感じかな。違いがあるとすれば途中で一時停止はしない、見終わると終わった場面で一時停止、その後間違いを考えて貰う」
「こんなもんかな。何か質問は?」
手を挙げるのは得意だ。
「一番早く手を挙げた君」
「案内人の好きなエロゲは?」
「もうお前黙れよ」
また怒られた。
コントは辞めだ、そろそろ真面目にやろうか。
「今回は選択肢があるのか?」
「いや無いよ。正解は自分で考えてもらう」
「過去と言ったな? どのくらい過去に遡るんだ?」
「それは人それぞれとしか言えない。先月の人もいれば何年も前に戻る人もいる」
「…その場面の過去に戻る、それを選ぶ基準は?」
「その人の人生に与えた影響が最も大きい場面だよ。良くも悪くも、ね」
大方は把握出来た。
他の参加者が案内人との質疑応答を繰り返す中、俺の思考は目まぐるしく回転していた。
俺の人生にとって最も影響を与えた過去…身に覚えは、ある。
だがそれはあくまで主観的な判断であって案内人の価値観ではまた違った場面なのかもしれない。
それに間違い探し…この場合の間違いとは何を指すのか。
「案内人、間違い探しの間違いってのは何を指しているんだ? 何が間違えているんだ?」
「それも人それぞれ。言動や態度、そして選択。過去に戻れば多分何と無く間違いはどれを指している言葉なのか、分かるんじゃないかな?」
また抽象的なことを…。
「ちなみに今回は一発勝負じゃないから安心していいよ。正解が出るまでずーっと考えてもらっていい。だけどそれだと終わらない人が出るかもしれない、ので制限時間を設けるよ」
「制限時間は一時間、その一時間の間ならいくらでも間違えても構わない。けど一時間を過ぎたら強制終了、その時点で正解を出していない人は人生の終了を意味するから頑張ってね!」
「正解を出していない人が複数人いる場合は昨日と同じく一人になるまで永遠と続けて貰うからそのつもりで」
もしも誰も解けることが出来なかったら永遠と続きそうだな。
「質問も粗方終わったかな? それじゃあ今日も張り切って! レッツ、運命ゲーム!」
考えをまとめる時間を与えることなく、またもや強制的にゲームが始まった。
最早何度目か分からない意識の暗転を繰り返し、俺は屋上に来ていた。
どこか見覚えのあるそこは辺りが低い建物ばかりらしく、360度を見渡せる景色のいい場所だった。
暫く記憶を辿っていたがすぐに思い出すことが出来た。
ここは俺の通っていた高校。
その屋上だ。
懐かしいな。
よくここで授業をサボって昼寝をしていた。
周りを遮る物が無いので天気が良い日は気持ちの良い日差しと程よい風が最高に気持ち良かった覚えがある。
その記憶に間違いがないことを教えてくれるように頬を風が撫でる。
日差しが俺を照らす。
一瞬、運命ゲームのことを忘れて感傷に浸った。
何もかもが懐かしい。全ては色褪せた思い出だがもう戻ることが出来ない思い出だ。
すぐに我に帰り、ここで起こった人生の分岐点を考える。
だがそれはすぐに明らかになった。
屋上の出入り口から制服を着た若々しい俺と一人の女生徒が入ってきたからだ。