005話
恐らくこの場面こそが案内人の言っていた場面なのだろう。
全てが静止した空間では何もかもがそのままの状態で止まっていた。
揺れる木々も風に靡く雑草も空を舞う花びらもがその位置で止まっている。
逃げる少女は走っていた最中だった為、空中に浮いたように止まっていた。
ある意味ベストタイミングだと思える笑いすら起こりそうなシュールなシーン。
追う捕食者も同様だったがこちらはリアル過ぎてむしろ怖い。
剥き出しの牙が妙に生々しく見える。
空間に文字が浮き出てきた。
これが例の選択肢か。
1.大人しく死ぬ
2.何かしらの手段を用いて反撃する
3.反撃を放棄しひたすら逃げ続ける
これが案内人の言っていた三択の選択肢か…。
じっくりと考えていきたいところだが時間制限に関して、案内人は明言していない。
なるべく早めに結論を出した方が不安要素は消せる。
さぁ考えろ。
1は言うまでもなく論外。
そもそもこれを選ぶくらいなら最初から逃げてはいないはずだ。
選択肢から除外する。
…だが。
通常の思考回路で出したこの結論だがどこかに抜け穴がある可能性もある。
そもそもこのゲームに常識は通用しない。
今一度先入観を捨ててじっくりと考える必要がある。
改めて一時停止した場面を観察する。
特に何かおかしいところがあるわけでもない。
だが一つだけ違和感を感じた場所がある。
それは少女の服装、おおよそ現代人が着る服装ではない。
まるで物語の中で魔法使いが着るような服装をしているのだ。
それに加えて後ろの狼のような生き物。
現実世界においてこのような生き物は見かけたことがないし、ネットの世界でも見たことがない。
それらを踏まえて考えられる可能性の一つ、ここは地球ではなく別世界での出来事。
それも魔法が存在するファンタジーな世界。
あり得なくは、ない。
神の存在が確かになった今、頭ごなしに否定するなど馬鹿のすることだ。
更に言えばこれが物語の一つだとすればこの場面で主人公格が助けに来る可能性もある。
尤も、この可能性は全ての選択肢に言えることなのであまり参考にはならない。
とは言え、別世界のファンタジーな世界の出来事である可能性に気付けただけでも大きな収穫だ。
一先ず保留にし次の選択肢に思考を切り替えることにした。
2の選択肢にも含みが多い。
反撃方法を指定していないということは先程挙げた魔法による反撃の可能性も無きにしも非ずだ。
もしくは純粋に木の棒で反撃か、己の肉体を駆使しての反撃かもしれない。
含みが多過ぎて先が見えないのは非常にマズイ。
このゲームは先を見通す力が重要だ。
次の展開さえ分かれば…。
そこまで考えて首を…振ろうとしたが動かなかった。
そういえば依然として俺の体は動かない。
すっかり忘れていた。
2に関しては考えがまとまらない。
現実世界ではない可能性がある以上、ここで召喚獣を呼んで狼もどきを撃退する、なんて方法も取れるかもしれない。
とりあえず1と同様に保留だ。
3、これが一番現実味があるのかもしれない。
少なくとも俺が同じ場面の立場になったら死ぬことも反撃することも考えずにひたすら逃げるだろう。
むしろそう考えたらこれ以外は不正解にすら思えてくる。
この少女がありがちな物語の設定通りに落ちこぼれの魔法使いならば反撃出来る程の力もないはずだ。
仮に現実世界だとしても追いつかれることなく逃げることが出来るだけの脚力を持っているのなら体力が切れるまで逃げ続けるのが本能だ。
持ち物に拳銃や反撃出来そうな得物が無ければ、の話だが。
見たところこの少女は荷物を持っていない。
文字通り手ぶらで逃げている。
きちんと身体検査を行い、所持品を調べればこのクイズの答えも分かるのかもしれないが俺の体が動かない以上それは不可能な話だ。
だが反対に天才的な能力の持ち主だと仮定するとこれにも不可解な点がある。
何故逃げているのか、だ。
さっさと反撃すれば良い、それが出来るだけの力があるなら。
もしくは何らかの理由があって逃げている可能性もある。
駄目だ、これ以上考えたら抜け出すことが出来なくなる。
ここまで考えたところで全ての選択肢に可能性が見えて正直俺は参っていた。
視野狭窄を起こしていた時ならもっと迷わずに答えを出せていたのかもしれない。
だが全ての選択肢に何か裏があるように思えて仕方ないのだ。
死にたくない、この思い一心で更に思考の海に身を埋める。
ふと見上げ、選択肢の浮かんでいる空間を観察してみた。
枠の中に囲まれ浮かぶ文字の羅列。
3の下にだけ、不自然な余白を見た時に電流が走った。
先入観に囚われていた。
何故少女が逃げているのか。
何故狼が追っているのか。
そもそもこれが間違いだったのだ。
逆だ。
少女が追い、狼が逃げているのだ。
では何故少女が先頭を走っているのか。
このスペースまで誘い込む為だ。
そもそもこの選択肢は誰の選択肢なのか。
それは狼の選択肢だ。
口元がにやけてしまうのが止められない。
あり得ないとは思う。もしこれが通るならこんなのは詐欺同然だ。
しかし可能性が無い訳ではない。
微粒子レベルだが確かに存在している。
そもそも案内人は最善の方法を三択の選択肢の中から選ぶ、と言っていた。
だが目に見える選択肢は三つ、しかしその三つ全てが選べれる選択肢とは言っていない。
どれか一つは使えない選択肢。
選択肢であって選択出来ない選択肢。
隠れている選択肢を含めての三択。
そしてこの状況、一見少女が逃げているようにしか見えないが誰も少女が逃げているなど説明も断言もしていない。
トドメのこの選択肢の下の空間。
叫びたい衝動を抑え、脳内で冷静に様々な可能性を一瞬で処理しこの答えが尤も信頼度が高いことを再確認。
俺は心の中で叫びながら祈る。
「答えは4だっ!!」
脳内に響く、正解を告げる案内人の声に満足しながら再び意識がブラックアウトした。