002話
七月某日。
俺はいつものように会社に出勤した。
見慣れた風景の中を車で走り、片道20分の道をいつものように通勤。
同僚への挨拶も程々に上司とのつまらない世間話に相槌を打ちながら自身のデスクへ向かう。
何も変なことなどない。
普段通りの日だった。
夜の12時までは。
その日はたまたま仕事に仕事が重なり、重要な案件を放置した結果、上司から怒られ今日中に仕上げろとのお達しが出た。
残業はなるべくしない主義の俺でも今回の案件は今日中に終わらせないとマズイことになるのが予想出来たので渋々残って作業をしていた。
残業代は一応だが出る。
所詮、雀の涙程度だが。
残業の方もひと段落が付き、ホッと溜め息をついて時刻を確認する。
11時57分。
こんな遅くまで残って仕事をするのは初めてかもしれない。
足早にデスクの上を片付け帰路に着こうとしていた時だった。
抗うことが出来ない程の強烈な睡魔に襲われ、そのまま意識を失った。
次に目が覚めた時、俺は会社にいなかった。
朦朧とする意識を覚醒させ、辺りを確認する。
学生の頃に毎日見掛けていた机と椅子が目に入り、ここが教室だと理解出来た。
だが何故俺がここにいるのかは理解出来ない。
「俺は…どうして……」
呟いてはみるが返答はない。
周囲に目を向けるが人の気配は感じられない。
教室内の様子も確認してみるが至って普通の教室だと分かった。
この時、俺の脳裏にはひとつの可能性が浮上していた。
唐突に失った意識、その直前の時間、そして現在の状況。
その全てが当てはまる答えを俺は知っていた。
運命ゲーム。
ネットで何度か見掛けたこの単語。
腕を組んで考えてみるがどう考えても今のこの状況はその運命ゲームに当てはまる。
椅子のひとつを引き、ゆっくりと座ってみる。
質感や感じる質量は全て本物のように思える。
「選ばれたのか…俺が、運命ゲームに」
イマイチ実感が湧かない。
以前見掛けた運命ゲームに関する情報をどこか漠然とした気持ちで読み、他人事のように笑っていたがいざ自分がその状況下に置かれると脳が理解に追いつかない。
少し頭が痛い。
多少の時間は要したが落ち着いた。
繰り返していた深呼吸を止め、現実を受け入れる。
どうやら俺は運命ゲームに参加した、参加させられたのはほぼ確定だろう。
情報通りならこの後集合の呼び方が掛かるはず。
以前読んだ運命ゲームに関する情報を思い出しながらひとつずつ確認をしていく。
教室内の窓は開かないようだった。
鍵には何の細工も施していないようだったが何らかの力が働いているのだろうか、健康的な成人男性の俺がどれだけの力を込めてもビクともしなかった。
「情報通り…か」
最初から余り期待はしていなかったがこうして実感すると改めて自分が運命ゲームに参加させられたのだと思う。
教室から出た俺は校門まで移動した。
校門の門扉は開いていたがいざ敷地内から出ようとすると見えない壁に当たって跳ね返ってしまった。
思わず辺りを確認して自分の恥ずかしい所を誰にも見られていないことを確認する。
ここも前情報通り、不可視の壁が邪魔をしているようだった。
となると…どうやら本当にここは異空間なのかもしれない。
日本とは、地球とは別次元の…。
色々と考え込んではみたが結局はゲームに参加しなければ何も変わらない。
その結論が出たタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響いた。
突然のことでかなり驚きはしたが先程の失敗の件もあり、今度は落ち着いて対処することが出来た。
スピーカーから聞こえてくるであろう声に耳を傾ける。
「全校生徒は体育館へ集合して下さい。繰り返します。全校生徒は体育館へ集合して下さい」
機械的な音声が淡々と用件を告げて直ぐに聞こえなくなった。
これが運命ゲームなら俺の他に後6人はいるはずだ。
漠然としたこの状況で些細ながらも目的が出来たことに安堵しながら俺は重い足取りで体育館へ向かった。
以前ネットで見掛けた運命ゲームに関する情報に水道関係がなかったことを思い出し、道中見掛けた蛇口を捻ってみた。
水が出た。
流石に飲めるのかどうかを確認することは出来なかったがこの調子ならトイレを使用することは可能だろう。
水を止め、再び体育館へ向けて足を動かした。
体育館へ着くと中には既に人がいた。
俺を含めて男女7人、これが今回の運命ゲームの参加者たちなのだろう。
「おい、おめーも気がついたらここにいたってクチか?」
その中の1人、ヤンキー風の今時の若者が俺に声を掛けてきた。
恐らく俺が来るまでの間にお互いの間で簡単なやり取りを行い、自分たちの置かれてる状況下について確認しあったのだろう。
俺からの肯定を示す短い返事を聞いた若者は疲れきった顔で溜め息をついた。
どうやら期待された返答ではなかったようだ。
どこか申し訳なく感じた俺は若者に向かい謝罪をすると彼は慌てて手を振った。
「いやいやいや! お前が悪い訳じゃねーよ! 気にしないでくれ」
見た目に反してなかなかの好青年のようだ。
「そう言って貰えると助かる」
「私たちはみんな気がついたらここにいたんだ。場所は人それぞれ違うが共通点は夜の12時前に時間を確認していること。その後、意識を失っている。君も何か思い当たることはないか?」
説明をしてくれたのはスーツ姿のサラリーマンだ。
この2人と俺が男性陣のようだ。
しかし思い当たることか…あ。
「何かあるのかい?」
「最後に時間を確認したのは12時前だった。俺は会社で意識失って気付いたらここにいた」
「そうか…ありがとう。どうやら君も私たちと同じ共通点を持っているようだね」
当たり障りのない情報、いや情報とすら呼べない俺からの話だったがサラリーマンの男性は嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。
そしてサラリーマンの男性からの話を聞いて確信した。
やはりこれは運命ゲームのようだ。
この人数に日付変更前に失った意識の共通点。
運命ゲームに酷似している。
みんなにも説明するべきだろうか。
きっとこの後案内人が出てきて運命ゲームの説明をするはずだ。
その時の混乱を避ける為にも事前に軽く話しておくべきなのか。
案内人に全て任せた方が個人的に楽だ。
改めて周囲を見回す。
男性は三人、女性は四人。
恐らく今日から毎日一人ずつ死んでいくだろう。
人の生き死には特に興味はない。
面倒だ、やはり黙っておこう。
その後軽く全員で自己紹介をした。
今後の展開をある程度把握している俺にとっては名前など覚える必要はないのだが、この環境では名前も知らない他人、というのが少々心許ないようだ。
自己紹介を終えるとみんなの顔に少し安堵が広がっていた。
この中から誰か一人が今日必ず死ぬ。
名前など不必要と判断し、他の自己紹介は聞き流した。
俺を除く全員がひと塊りになり、各々の情報を提供していた。
みんなが起きた教室や各専門教室、窓の開閉の有無などを話し合っている。
そんな塊を眺めるように俺は輪から外れこの先の展開を考えていた。
初日のゲームは然程難しくはないはずだ。
勿論過信は禁物だが。
日が経つに連れ難易度が跳ね上がるゲーム。
そもそもゲームの種類も回数もこちらの常識が通用するとは思えない。
思い込みは死を招く。
ふと思い付いたかのようにヤンキー風の若者が声を掛けてきた。
「おい兄ちゃん、あんたはなんかないのかい?」
全員が何かを期待するかのようにこちらへ目を向ける。
仕方ないと判断し、校門から外へは不可視の壁が邪魔をして出れないことを伝えた。
「おいおい…マジかよ。ってことはあれか? 完全に閉じ込められてんのか?」
その言葉を皮切りに一同に動揺が走る。
きっとみんなどこかで敷地外に出れると確証もなく思っていたのだろう。
気持ちは分からなくもない。
俺は事前情報があったので比較的冷静ではいられるが運命ゲーム自体の知名度はまだ低い。
知ってる人はいないだろう。
水道の件も話そうと口を開いた時だった。