〜5章〜
「ちょ、ちょっと待て。なんでその狂った人形師が死なないんだよ」
大人しく聞いていた江崎が言う。
黒猫は前足を伸ばしてストレッチをする。堅苦しい話をするのは苦手だと言わんばかりに。
「人形にはな、『コア』と呼ばれる物がある。お前らの心臓や脳にあたるものだ。奴は自分をも改造して作った人形に乗り移る能力に発展した。たった1度負けただけでな。」
「そっか。で、その後どうなったんだ?」
……………。
「はぁ…。はぁ…。流石にきついですわ。でも猩に頼るのはわたくしのプライドが許しません」
少女はボロボロだった。新調したフリルの服は無惨に破け、綺麗に整えた髪も乱れる。
人形は静かに見守る。しかし人形とて無傷では済まなかった。レーザーに貫通された左腕はもう使い物にならない。片手で器用に大鎌を操ってみせる。
人形は薄く赤に濡れた鎌を持ち直し、臨戦態勢をとる。少女も力を振り絞って向かおうとした時だった。
「うぐっ……。ぐぐ……。」
人形が急に悶えはじめる。あれだけ無表情だった顔に苦悶の表情が張り付く。
地に膝をつき、倒れ込む。
「な、なんですの?あなた大丈夫ですの?」
少女が思わず戦闘を、忘れて人形少女に近寄る。ガクガクと身体を震わせる人形は、その時初めて命令に背いた。
「私を倒して…。壊して…。とどめを刺して…。じゃないと、あなたをまた追わなきゃいけない……。ぐっ……。私は……そんな…こと…したくない!」
最後は勢いで言い切った。
支配の糸を断ち切るように。
小さな隙間に見えた光をこじ開けるように。
傀儡人形が命令を望まないですって?なぜこんなにも人間的になったのでしょう?目の前の人形は身体以外にも壊れはじめていた。
こんなに苦しんでいる彼女をわたくしが殺れるのか。
「心あった人形の願いを叶えてやれ。気高き少女よ」
闇から声がする。鈴のように澄んだ声だった。闇に浮かんだ小さな二つの赤と青の月は成り行きをただ見守った。
江崎が口を開く。
「それってお前じゃないのか」
「さぁニャ」
黒猫はそれだけ答える。
「俺にもできることはないのか?その兆候とかに対して」
「なんの為に動く?お前はただ魂の保管庫となっていればいいものを」
「俺は記者だ。情報集めは得意なほうだ。それにあの娘の為に。な」
黒猫は黙った。
「………。探し物は見つかった。次は歪みを直さねばならない。今のところは兆候をしらみつぶしにやっていくしかない。兆候はあの娘の索敵スキルがあれば見つかる。兆候はアナザーワールドの能力の欠片がこの世界にも流れてきてしまっているんだ。アナザーワールドでは死んだ能力者は能力の欠片を落とす。それがこの世界の住人に憑依してしまうと世界のバランスが崩れるんだ」
「その欠片をお前達は探しているんだな」
黒猫は頷いた。
「能力の欠片に飲み込まれた生き物は正気を保てない。だから殺すのが手っとり早いんだ」
屋上の扉が開き、死神少女が帰ってきた。
「ジョーカー、終わったよー。ピカピカにしてきたよー。」
かつては、血に濡れるだけの存在として作られたと思うと、憐れみを抱いた。
黒猫が小声で、けどはっきりと俺に言った。
「あの娘にはこのことを話すな。」
俺は無言で頷く。
こちらに向かってパタパタと走っていた少女がピタリと足をとめる。
真剣な面持ちで黒猫を見る。
「ジョーカー」
黒猫が答える。
「あぁ。わかってる。来たな、お前のマスターが」