〜3章〜
俺は流石に会社を休んだ。
貴重な有給を1つ潰すこととなったが。
昨日の事が鮮明に思い出され?。
『貴方には関係ないことです』
『邪魔が入りました』
なんだったんだ。朝の彼女は穏やかな感じがしたのに。
あの後来た御影刑事も俺に何も語らないまま帰っていった。
彼女に会えば何かわかるかもしれない。思い立って重かった身体が動き始める。会社には行くつもりはないので、私服を適当に手に取り電車のホームへ向かう。
イチョウ並木も目にくれずただ走る。まだ、昨日と同じ時間に間に合う。そう確信を持って。
ホームに着いた俺はきょろきょろと例の少女を探す。しかし少女の姿を見つけられないまま、電車を何本か見送った。
「ん?あれは…」
駅の柱の下に見慣れた姿を見る。
「御影さん、なんでここにいるんですか?」
「江崎か。ちょっと野暮用だ」
真剣な顔で俺を見たあと、仕事とは違う興味の眼差しで迫る。
「単刀直入に聞く。お前は『黒の死神』について何か知っているか?なぜ奴と関わった?」
は?『黒の死神』?なんだそれ。昨日から疑問符で頭がいっぱいだ。返す言葉がなく、硬直してしまう。
「……知っていることはなさそうだな。すまん。今のことは聞かなかったことに…」
「待てよ。なんなんですか。御影さん。『黒の死神』ってなんだ?昨日のことはなんなんだ?貴方が関わっていることはなんですか?」
出てきた疑問を次々にぶつける。あまりにも一方的で怒りさえ湧き出てくる。
御影は俺の質問攻撃を静かに受け止める。
「……場所を変えよう。関わってしまった以上、伝えなければな」
駅の近くにある小さな喫茶店。茶色で統一された落ち着いた雰囲気の隠れ家だ。
奢ってもらったコーヒーを啜りながら落ち着きを取り戻した俺は改めて問う。
「教えてくれ。御影さん。貴方が求める『黒の死神』について」
御影はふぅ、と一息ついて話はじめた。
「発端は俺が担当した1つの事件からだった。ある人形技師が死んだことによるものだった。警察はこれを事故で片付けた。彼は持病があったし、外傷も無かったからな。それに、だ。争った形跡が見つからなかった。そこにあったのは、彼が書いた人形の設計図と1体の人形」
俺は黒い液体と空気を口に含み飲み込んだ。
「俺はそれを事件とみなしている。根拠なんかない。ただの勘だ。警察は残された図と人形を持ち帰り解析した。だが、事件になるようなものは全く見つからなかった。そして、怪奇な事が起きた。保管してあった人形がいつの間にか失くなっていた。」
「その中の一つが『黒い死神』なのか?」
すっかりぬるくなったコーヒーを口に含む。
「そうだ。俺もこの目で動く前の奴を見た。収監したときのな」
「あのデカイ鎌はなんだ。何かブツブツと呟いていたが」
御影はゆるく首を振った。
「わからない。俺も昨日初めて見た」
わからない事だらけだ。人形が勝手に動く?そんなのありえない。大体、コケそうになった俺を助けてくれた天使だぞ。
……言っておくが、決してロリコンではないぞ。
とりあえず御影と別れ、帰路に着く。
ぐるぐると思考を巡らせて足を進める。
どれだけ考えふけっていたかというと……
「いてっ!あ、すいません。前見てなくて…」
誰かにぶつかってしまった。
「いいえ。大丈夫ですよ」
柔らかな女性の声。記憶に新しいこの声は。
き、昨日の女の子!
「また、会いましたね」
にこやかに紡がれる言葉。警戒した俺は彼女、『黒い死神』の手元を見た。しかしそこに大鎌はなく、そこにあったのは。
「ニャー」
黒い猫。ただのネコ。オッドアイとコウモリの翼と二本の尻尾以外は。
彼女の白く細い腕に抱かれて毛づくろい。朱と碧の目に睨まれ俺は竦んだ。
「ジロジロ見るな。下等生物が」
……え?喋った!?ってか今、罵倒されたよな俺。
死神少女(名前知らないし)は黒猫モドキを撫でながら囁いた。
「ダメよ、ジョーカー。大切な……だから」
え?なんて言った?上手く聞き取れない。
ジョーカーと呼ばれた猫をモフモフと撫でている少女を見て次第に冷静になってくる。
流石俺の精神力。
「貴女。いやお前の目的はなんだ」
間髪入れず黒猫がたしなめる。
「口を慎め下等生物め」
「……お前もな」
死神少女が口を開く。
「ついて来てください。あなたが知りたいことはお伝えします。……警戒しなくて大丈夫です。あなたに刃を向けることはしません」
昨日向けられたばっかりの人に言われてもな。
死神少女はその場から華麗にターンを決めると、スタスタと前を歩きはじめる。
「まっ、待って!お前の名前を知りたい」
くるりと振り返った彼女は当然のように言い放つ。
「名前なんてありません」
古く擦り切れた「立ち入り禁止」の文字が書かれたテープをくぐり、荒廃したビルを上がる。
ボロボロの見た目とは裏腹に、中は埃1つない。
黒猫にそのことを聞くと、目の前の少女がいつも綺麗にしているのだと教えてくれた。相変わらず見下してくるが。
錆び付いた階段を軽々とのぼっていく。エレベーターは故障し、使えないらしい。
着いたのは屋上だった。所々、ひびの割れ目から草が顔を出し、風に揺れている。周りのビルに比べれば背が低いこのビルも風通しはいいようだった。彼女の長い髪もそよそよと流れている。
「さて。何からお話しましょうか」
「お前らの正体を教えろ」
少女の揺れる髪で遊んでいた黒猫が盛大なため息をつく。何か言いたげだったが、少女に止められ大人しくなる。
「まず、先にお聞きします。あなたはこの時代で非科学的と言われるものを信じますか?」
非科学的。魔法やなんかの類だろうか。
「信じるわけないじゃないか。あんなの本やアニメの話だろ」
「……これをみてもそう言えますか」
少女がすぅと手を屋上の床にかざす。途端にその場所が陥没した。俺は呆然と立ち尽くした。
「私は別の世界から来ました。ここではない別の空間から。えっと、パラレルワールドと言えば伝わるでしょうか」
静かに話を聞きながら、どうにか足りない頭で理解しようと努める。
「今は仮にanotherworldとでも言いましょう。そのアナザーワールドでは今やったようなことが普通に溢れています。魔法のような物だと思って頂いて結構です。」
「お前らにとっては異能力だろうな」
黒猫ジョーカーが口をはさむ。
「そして私はあなたが聞かされたように、人間ではありません。マスターに作られた歯車人形です。」
「名前もつけてもらえなかったのか」
「私は作られて自我と目的を与えられてから間もなく、この世界に送られました」
「自分から来たと言うわけではなさそうな言い方だな」
「……ジョーカー。説明お願いできる?」
黒猫がなんとも面倒くさそうに説明する。
「お前らにとってのアナザーワールドは元々繋がりは全くなかった。それぞれに孤立して干渉なんてしなかった。だが、何者かによって2つの世界は無理やり繋がれた。まだ、今のところは誰もが行き来出来るものではないようだが。後に面倒くさい事が起こりそうな兆候がある。」
「なんだ。その兆候って」
「ごめんなさい。それは今教えられないです。マスターの命令にありませんから」
「そして、無理やりくっつけた本人は、この世界の何処かにいる。それしか今は情報がない。だからこの人形は歪みを直すために送られた殺戮人形」
さ、殺戮!?
「元は違う用途での殺戮だったみたいですが、命令が上書きされていました。今はただ、マスターの障害となる人や物を排除します。理由は現時点では不明です」
「昨日は俺も殺そうとした。それに、関係ないとまで言われた。何故俺につきまとう」
少女は空を仰いだ。
「マスターは私に、殺戮ともう一つ、命令を出されました。探し物です。私はあるものを探しています。それはマスターにとって必要なもの。それがあなたの中にあるのです」
「なんだそれは」
「普通、一つの身体に一つの魂が掟です。しかしあなたの身体には別の魂。マスターには必要な魂が住み着いています。それを回収するのがもう一つの使命です」
「本当は殺してから回収のが一番手っとり早いが、色々面倒があるからな」
「お前たちはつまりどっか遠くの魔法世界から来て、マスターと呼ばれる魔法使いのいいなりになってるってことか」
「…………」
「…………」
二人(一人と一匹)が黙りこんでしまった。
「……そういう解釈で構わないと思います」
少女は困惑した表情をしていた。人形でも、表情は豊かなんだな。下から、バカだこいつ、と囁く声は聞こえなかったことにしよう。
「お前らも魔法は使えるらしいなどんなのがあるんだ?」
俺は子供に戻ったようにワクワクした。
「異能力と言え。下等生物」
「ジョーカー。見下す癖治してよ」
二人の、のほほんとした空気は変わらない。
「私は、重力を自在に変化させる能力です。軽くしたり、重くしたり」
なるほど、だから昨日、軽々と跳んでいたのか。
「ジョーカーは暗視能力です。暗視は暗闇でも視界が働きます。」
すげー!本当に魔法、いや、異能力があったとは。
ん。そう言えば。
「なんでお前には名前が無いんだ?」
「先ほども言った通り。この子は自我を持ってすぐここにきた。名前などつける余裕も無かったのだろう」
「そんな無責任な魔法使いは一体どこのどいつなんだろうな。せめてそのマスターとやらの名前くらい覚えてないのか?」
「私のマスターは……、雨宮猩(アメミヤ ショウ)と言います」