〜2章〜
ギリギリセーフ!
会社の朝礼に汗だくになって参加する。
肌寒い朝に汗かく人はもちろん俺だけ。
「江崎!遅いぞお前!いつもいつも全く…」
上司に呆れ顔をされ。
「せんぱーい、遅いですよ。皆さん待っていたんですよ」
とマイペース後輩女性にいなされる。
「あぁ、すいません。電車が遅れたもので」
もはや遅刻の代名詞になってそうなセリフをはく。
「今日の電車は通常運行でしたよぉ」
フォローっていうものを知らないのか、お前は。
「まぁ、いい。今日も仕事頑張るぞ!」
はい!と仕事場に声が響く。
朝礼が終わると同時に席につき、カタカタとキーボードを打つ音に変わる。
今日の俺の担当は、電車の中で見た殺人事件。ちゃんと見とけばよかったな。
薄れていきそうな記憶を無理矢理掘り起こし、画面に字を並べていく。
うーむ。やはり記事にするには情報が少ないな。
「課長。現場鑑賞行ってきます」
「わかった。今度は電車遅れないといいけどな」
皮肉もいいところだ。覚えておけ、タコ(みたいな頭の)課長め。
現場では警察やら野次馬やらで埋め尽くされていた。
入口の近くで警察に呼び止められる。これもいつものことだ。
「記者の江崎です。現場を見せて下さい」
社員証を見せると、すんなりと通してもらえた。
現場は散々な有様だった。というかどうすればここまでやれるのかというくらいに、綺麗だったのだ。
普通、殺人現場は争った形跡などで荒れているはずだが、何もなかったかのようにモノが動いていないのだ。それどころか、毛の1本さえ鑑識で見つからないと言う。
几帳面に並べられた本に釘付けになる。外国から輸入された文面が並び、目に止まった一冊を取ろうとすると。
「触るな。被疑者にでもなりたいのか?江崎」
太い声がして、指を引っ込める。
「また会いましたね、御影さん」
熟練の刑事をねめつける。
短く剃られたヒゲをいじりながら俺を見る。
「また事件の担当はお前か。上司もいい仕事してるとは言えないな」
「それを是非本人に聞かせてやりたいですね」
ふん、と鼻で笑われた。
「好きなだけ見ていくがいい。前と同じで何も見つかりやしない」
30代にして素晴らしい視力の俺を舐めるなよ。
と、思ったもののこの日の収穫は乏しいものだった。
気になるのは綺麗すぎる殺人現場と変死体だけ。
被害者は大きな刃物で背中を切り裂かれたような後があった。大きな刃物なんてないだろうけど、そういうとこでしか説明がつかないのだ。
特に書く事もないので、夜風に当たろうと会社の屋上にあがる。
適当に選んだ缶コーヒーを片手に手すりに寄りかかる。
ふと、隣の廃墟ビルを見る。人影が見えたからだ。あんなところに人がいるなんて無いことだ。長い髪がなびいてるのをみると、女の人のようだ。
女はビルのヘリに立つと、こちらに向かって跳躍した。え?ジャンプでここまで来る?
あっという間に間が詰まり。綺麗に着地。俺のすぐ後ろ。
あきらかに人間離れしている。ややあってから振り返ると、また驚いた。
「……!朝の女の子じゃないか!」
彼女は俺の姿を見ても動揺しなかった。
無表情な視線が突き刺さる。
手に持っているのは、死神が持ちそうな大鎌。
とても女の子が持てそうな代物ではない。
「何してるんだ?あ、映画かなんかの撮影?君は女優かな?さっきのはワイヤーだよね?」
変に動揺してるのは俺だけ。
少女は一瞬無表情のままだったが、笑顔を作り。
「すいません。貴方には関係ないことです」
そう言って、俺に詰め寄る。
「見られたからには生かしておけません」
な、何を言ってるの?この子。覚えたセリフの一部か?俺の頭の中は映画の撮影だと納得させる。
大鎌を高く振り上げ、重さを活かしたスイングが襲う。あまりにも突然過ぎて動けない。死ぬと理解した時には目の前に刃が迫っていて。
止まった。目と鼻の先に大鎌の刃がある。
「……邪魔が入りました。指令変更。標的を大村悟に変更。実行する」
目の前の少女がブツブツと喋っている。
「命拾いしましたね。江崎誠、さん」
すうっと大鎌が引き、少女は地面をひと蹴りして夜の闇に消えていった。
今更のように、腰がくだけて座ってしまう。
なんなんだ。今日は。
屋上にある鉄扉が勢いよく開け放たれる。
入ってきたのは御影だった。
「大丈夫か?はぁ…はぁ…間に合わなかったか」
酷く息を切らせている。
「ここに黒いワンピースの女の子は来なかったか?お前は無事なようだが」
なんのはなしだ。大体御影がなぜあの少女を知っている?
つぎの日、大村悟が殺害されたと言うニュースが流れた。
少女と俺が初めて出会った夜の日付だった。