テンペスト
翌日の夜。
エーレは城内にある地下室で天使達の追跡を行っていた。
いくつものランプの明かりが灯る中で、冷たい石垣の床の上にエーレは胡座をかき、一人疲れた様子で呟いた。
「ずっと座りっぱなしだから尻が痛いです。……ラグリスさんの言う通り、メイドか執事にクッションを借りるべきでしたね」
エーレは溜め息を吐きながら広げた右手に魔力を集めると、ドス黒い大きな球体を出現させた。
その球体はエーレの手から勝手に離れると数十匹のコウモリを形作る。
「「「ギィー!!!」」」
元気よく飛び回るコウモリ達に向かってエーレは声をかけた。
「身体が灰色の小さなコウモリを追いかけ、天使達の居場所を特定してください。名前はテンペスト、その子がリーダーです」
「「「ギギッ!!!」」」
その言葉を合図にコウモリ達は一斉に透明になると、壁をすり抜けて先に行った仲間を追いかけていった。
「さて、休憩しに──!!?」
突然、エーレは何かに気付くと床に右手を置いた。
「見つけた!!……すぐにテンペストの視界を繋げないと!!」
エーレは右の赤い瞳を黄色に変えると、コウモリ達のリーダーであるテンペストの視界をその目に映し出す。
──……ここは、どこかの治療室?
透明になったテンペストが窓に張り付き中を見ると、丸い椅子に座った三人が何かを話していた。
どうやら治療をしているようだ。
三人の内、一人が溜め息をつきながら話す。
「ハウイエルさんが来てくれなかったら、ボクは死んでた──い゛た゛た゛ぁ゛!!!」
「アガリアは遊びすぎるのが悪いクセですの。でも、あのコウモリの悪魔は危険──染み゛る゛ぅ゛!!」
アガリアとハウイエルが話している間に、治療を施しているエーアストが口を動かした。
「ウヌ達の怪我は大したことないぞ。コウモリに噛まれたと聞いた時は驚いたが、二人とも軽症だから安心しろ。あと、塗り薬が染みたくらいで大袈裟すぎる」
エーアストは呆れた声色でそう言えば、薬の片付けを行う。
「さ、アガリア。治療が終わったからもう戻りますの」
「うん。エーアストさん、ありがとう」
治療室を後にすると、まるで本当の姉弟のように笑いながらハウイエルとアガリアは夜ご飯を食べるため、食堂へと向かった。
医務室に残ったエーアストは窓を見ながら意味深に呟く。
「灰色のコウモリか、ずいぶんと久しぶりに見た」
──テンペスト。すみませんが、寝てもらいます。
透明の姿で窓に張り付いているテンペストにエーレは真剣な声で語り、意識を乗っとるとエーアストをジッと見つめる。
──ガラッ
エーアストは窓を少し開けると、姿の見えないテンペストに声をかけた。
「さて、灰色のコウモリよ。話をしよう」
エーレは警戒心を強めると、透明のまま窓から離れて周りの様子を伺った。
──ぼく達しか、この場には存在しない。
疑問がつきないエーレを他所にエーアストは口を動かした。
「聴こえなかったか?」
─この男……確かに天使の気配がするのに、敵意が全くない。それどころか慈悲の目でぼくを見つめている
反応しないテンペストにエーアストは左手を前にかざすと、テンペストの小さな身体は一瞬にしてエーアストの手に掴まれていた。
──透明化が強制的に解除された!?
天使の魔法では絶対に解除が不可能とされている、高度な魔法の一つが透明化だ。
あまりにも予想外の出来事にエーレは一瞬動揺するも、すぐ冷静になり仮説を立てた。
──この者は天使ではない
エーアストはエーレの仮説など気にもせず話しけた。
「心配するな。この部屋全ての音を外部に聴こえないように魔法で遮断している。だから、話し相手になってくれぬか?」
エーレはしばらくの間、沈黙したあとに声を発した。
「何が目的ですか?」
「やっと喋ってくれたな。とても嬉しいぞ」
エーアストはとても優しい声色で感情を表すと話を続ける。
「お前はアルン一族の悪魔だろう?」
──!?
エーレは動揺のあまり沈黙してしまう。
すると、エーアストはテンペストに真剣な声で語りかけた。
「……これで我が誰か、理解できるだろう?」
エーアストはテンペストの両目に魔法をかけると、真の姿が目に映った。
「魔王カルマさま──!?」
テンペストを通し、エーレはカルマの顔を凝視する。
息子であるエルザと同じ銀色の長髪を結んでおり、頭にはギザギザとした大きな狼の耳に瞳は青色。
大人の姿のエルザをより凛々しくした美形の顔でエーレに語る。
「時間がないので手短に話すぞ。我がなぜ天使側にいるか……。それは友の亡骸を探すためだ」
「………では、悪魔達を裏切ったのではないと?」
「そうだ。亡骸を探すのと同時に天使達を内側から滅ぼそうと、魔法で姿を変えてレッヒェルンの組織へと潜入した」
「魔界には、二度とお戻りになられないのですか?」
「ずっと天界にいるつもりはない。何かこちらで動きがあれば戦いにも身を投じるつもりだ。それと、これを我が子達に届けてほしい」
カルマはそう言って鍵のかかった引き出しを開け、手紙と飲み薬を取り出すと魔法で小さな球体にし、赤い小袋に入れテンペストの首にかけた。
「承りました」
「最後になるが、悪魔のマーラーとテンジンについてだ。現在レッヒェルンにいるマーラーは自我を取り戻してはいるものの、テンジンにより常に監視されているため魔界に戻してやることができない」
「マーラーさんはなんとしても戻ってきてほしいと思っています。特にオリアクスさんとカルミオさんが何度もその事を言っていました」
「我とて同じ気持ちだ。何の罪もない魔界の民を天使の戦争の駒にされてたまるか!!……それと、テンジンはいつ死んでもおかしくない。薬と偽り毒を何年間も飲ませてきた」
「テンジンに毒の耐性がつかないといいんですがね」
「薬の配合はこれまでも、その都度変えているので大丈夫だ。天界で医者として潜入してる間に悪魔でも飲める回復薬を完成させた。数は7個と少ないが、これも持っていくといい」
「これはローマロンと呼ばれるとても貴重な薬ですね。カルマ様。本当に感謝いたします。では、失礼します」
テンペストが一礼をすると、カルマは声をかけた。
「ああ。ここまでご苦労だった。お前を含めた全てのコウモリ達を我が城へと戻してやろう」
そう言うとカルマはエーアストの顔に戻ると魔法を使い、テンペストを城へ転移させた。