コウモリ
背中からコウモリに似た大きな羽根を生やしたエーレは、上空にある巨大な魔法陣から放たれた特大の魔法を見つめつつ右手を前に翳す。
エーレは心の中で力強く呟いた。
──集中しなければ!!
向かってくる特大の魔法を透明な防壁を出現させて威力を弱めようとする……が、わずか数秒で砕け散ってしまう。
「アハハハ!! ガラ空きだよぉ!!」
コウモリに似た羽根を羽ばたかせているエーレに向かって、地上にいるアガリアは魔法で作り出した自分の身長と同じ大弓を構える。
設置された矢は光輝く粒子と共にすぐさま放たれた。
凄まじい早撃ちどころか、そのスピードはとどまる事を知らずエーレに向かって風を切りながら突き進む…が、標的にされたエーレはどこか余裕を醸しながら仕方ないですねと呟いた。
──言葉は聞こえなかったけど、あの悪魔なに笑ってるんだよ!!
アガリアはエーレの態度にイラつき舌打ちをすると、さらに矢を飛ばしていく。
上空にいるエーレは自分に向かって飛んできた弓を空中で静止させ、人差し指をクイッと折り曲げ矢の本数を数十本に増やす。その全てをアガリアに向けて元より速い速度で撃ち返していく。
その僅かな時間を使いエーレは特大の魔法を対処するために意識を集中させた。
──ギリギリまであの魔法を引き付けろ!!
エーレは心の中でそう呟くと何十枚もの薄い防壁を自分の目の前に出しては破壊されていくのを繰り返していく。
一方のアガリアは矢の本数が増えた事など気にもせず、目の前に両手をパンと音を鳴らしながら合わせると、バラバラに飛んできた矢を一纏めにし爆発させた。
「絶斬がないんだから、もう諦めろよ!!」
アガリアはエーレを嘲笑った瞬間だった。
「……は?」
上空にある魔法陣から放たれ、エーレに向かって一直線に進んでいた魔法が突如消えた。
アガリアは一瞬の隙がうまれた事に気づかないまま、瞬きを繰り返している。
「な、なんで!? ちゃんと発動し──」
アガリアが言い終わる前に何かに首筋を噛まれてしまい、その反動で地に倒れる。
「あ゛あ゛ぁ゛!!」
もがき苦しむアガリアに噛み付いたのは一匹の小さなコウモリだった。
ゴクゴクと喉を鳴らしながらアガリアの血を吸っていくと、牙をはなし離れていく。
「さて、仕上げといきましょうか!!」
どこからかエーレの声が聞こえるも、アガリアは呼吸するので精一杯だ。焼けるような激痛がアガリアを襲う。
「ガハッ……!! ぐぅぅ!!」
喉元から血を流していくのをエーレは確認すると指をパチンと鳴らす。
その音を聴いたアガリアは目の前の光景に言葉が出なかった。
──魔法がボク目掛けて向かって……!?
アガリアは地に体を預けてなどおらず、空中で静止したままだ。
どれだけ全身に力を込めても指一本動かせない。
そして、アガリアの目の前にはエーレに向けて放ったはずの魔法が自分に向かって迫って来ている。
「ハハ、天使はもう終わりですね!」
アガリアのすぐ傍には片腕を負傷したエーレがいた。
エーレは目を細め不気味な笑みを見せると、アガリアは血を吐きながら口を動かす。
「えは…怪我…し…て」
「はい? ぼくは怪我などしていませんよ?」
エーレの言った通り、体はどこも怪我しておらず腕の怪我はなかった。
──どういうことだよ!?
アガリアは頭が追いつかないでいるとエーレはその場から姿を消し、地上へと転移した。
エーレは地上からアガリアに魔法が当たる瞬間を黙って見ていた──が。
バンッ!! バンッ!!
エーレの左方向から銃弾が2発射される音が聴こえると、コウモリに似た大きな羽根で自分の体を包むように防ぐ。
「まさか、最高の威力を誇る弾丸が羽根に貫通しないとは思いませんでしたの。随分と硬いんですのねコウモリさん。アガリアは幻術に引っ掛かったみたいですが、私には効きませんの」
エーレは声のする方に視線を動かすと、そこには黒いゴスロリ衣装に銃を二丁持ったハウイエルの姿があった。
「ぼくの自慢の羽根を褒めてくれるとは…ありがとうございます」
エーレは挑発するようにお辞儀をするがハウイエルは見向きもせず、空にいるアガリアに向かって手をかざした。
「アガリア、帰りましょう。皆が待ってますの」
そう言って魔力を手に込めたその時──
「ぐぅっ…!?」
突然、ハウイエルが痛みに耐えきれず声をだした。
まるで刃物で切られた感覚がハウイエルを襲い、前に伸ばした手首は抉れて血がボタボタと地面に垂れていた。
「逃がしませんよ!!」
エーレが魔法で召喚した数匹のコウモリを鋭い刃に変えて転移の行動を阻止するが、ハウイエルは冷静に考える。
──刃に変わるだけのコウモリを撃ち殺すことは簡単ですの。でも、こちらに隙を作るのが目的なのかそれとも…
ハウイエルがエーレに近づくために走りだし、エーレの周りに飛んでいる数十匹のコウモリを刃の姿に変わる前に撃ち落とすと簡単に進んでいく。
刃以外の攻撃が来ることなく仕掛けようとしているエーレの姿がハウイエルの目に映る。
ただのコウモリを刃に変え飛ばす。という単調な攻撃を前にハウイエルはさっさと戦いを終わらせるため、エーレが新たなコウモリを出す前に怪我をしていない左手で引き金を引いた。
──バンッ!!
発砲音とは違う何かが大きく破裂した音が聴こえると、エーレは邪悪な笑みを見せた。
──私の銃が暴発した!?
確かに撃ち殺した数十匹のコウモリ。その残骸の一部が銃口に入り込み塞いだのだろう。
エーレの目には手の痛みを耐えるように歯を食いしばるハウイエルの姿が映った。
「私の仕事はアガリアを連れ戻すこと!! 無粋な悪魔に構ってる暇などありませんの!!」
ハウイエルは斬られて抉れたままの右手を空にいるアガリアに向け最後の力を振り絞り自分とアガリアを天界へと移動させようとした──その瞬間。エーレが出した体が小さいコウモリがハウイエルの膝に噛みつき血を吸ったと同時に二人の天使は天界へと転移した。
誰も居なくなってしまった大地に、エーレはその場に腰を下ろすと重く息を吐いた。
「こちらに絶斬がない戦闘は、こんなにも心細いのですね。これでは皆の士気が上がりません。ですが……天使達の血は追跡用コウモリに吸わせたので居場所は分かるはず」
エーレは気を引き締めると座ったまま人差し指に魔力を込め、魔法陣を描くと城にワープするのだった。