アガリアの過去
──これは少年が幼い頃の話
古い建物の中に入った先には少年が立っていた。
白を基調とした服を着て、多くの棺を前に少年の瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ床に落ちていく。
目の前の2つの棺に少年は涙声で話しかける。
「おとうさん……おかあさん」
少年以外にも周りには大人や子供が数人おり、人々の泣き声だけが室内に反響していた。
──ギィ…
少年の背後にあるドアが開いて誰かが入ってきた。
数人の足跡が聴こえるが少年は振り返ることはせず、両親の棺を見つめていた。
数人は室内の一番奥にあるパイプオルガンを背に並んで立つと、その集団にいた男が大きな声で言葉を紡いだ。
「孤児院の者だ。身寄りがない子供はコチラに来なさい!!」
その声に少年は顔をあげると、自分の周りにいた子供達がその人物の所まで歩いていく後ろ姿が目に映った。
「そこのボウヤは? 両親はいるの?」
白いフードを目深に被った、孤児院の者の一人が少年を指さした。
「おかあさんとおとうさんは……しんじゃった」
「じゃあ、こっちに来な」
言われた通りに少年は行くと指をさした人物が前に立つが、その人物の隣にいる顎髭を生やした中年の太った男がフードを被った者に声をかけた。
「おい、お前だけだぞ。フードを取らないのは!! 子供が怖がると駄目だから外せ!!」
──あの人……苦手なタイプ。
少年はその声に少しだけ恐怖を感じていると、目の前にいる者がフードを外し素顔を晒す。
「ボウヤ。どう、怖くない?」
その素顔は短いポニーテールにしたピンク色の髪につり目の青い瞳が印象的な十代後半の少女が優しく微笑んでいた。
「うん。大丈夫」
「ウチはソラトって名前さ。よろしくね」
少年はまだ流れていた涙を拭うと、緊張した様子でこう告げた。
「ぼ、ぼくはアガリア、8さい。よろしく…ソラトさん」
お互いに自己紹介が終わるのを確認するとソラトの隣にいる男が声をかけた。
「ソラト。そっちの孤児院は空きがあるのか?」
「先日、働き先が見つかって孤児院を出た子がいたので空きはありますが、ウチの孤児院は小さいので受け入れるのは一人しか無理なんです」
「そうか。アガリア…だったな。お前は私の孤児院に来るかソラトの方を選ぶのか、どうするんだ?」
急に聞かれたアガリアはしばらく考えると、口を動かした。
「ぼく。ソラトさんの所がいい!!」
それを聞いた顎髭の男はこう呟く。
「じゃあソラト、その子を頼んだぞ。里親を見つけるかどうか…アガリアとよく話し合って決めるように」
「はい。では、半年後の集会にてお会いしましょう。それでは……」
顎髭の男は軽く一礼すると、自分の所に集まった数人の孤児達を引き連れて出ていった。
「さて、アガリア。ウチ達も行こうかね」
ソラトがそう言って床に左手を置くと、魔法陣が描かれていく。
その様子を見たアガリアは驚きのあまり声をかけた。
「ソラトさん。これはいったい……」
「ああ、今から孤児院に転移するのさ。この魔法陣の上にウチと乗れば着くよ」
ソラトは完成した魔法陣の上に乗るとアガリアも恐る恐るその上に乗る。しばらくして光に包まれたかと思えば、一瞬にして孤児院の前に到着した。
「ここが…孤児院?」
アガリア達は赤い屋根が特徴の大きな家の前に立っていた。入り口はスライドドアになっており、ソラトは先に入るとアガリアも着いていく。
「さて、アガリアは皆に挨拶しなくちゃね」
「う、うん」
白い廊下を歩くソラトはそう言いながら振り返ると、アガリアは少し緊張した様子だった。
それを察したソラトは緊張をほぐそうと優しく微笑みこう告げた。
「これからウチ達は同じ所に住むからね、今日から家族になるのさ」
「みんなと…かぞくに?」
「ああ、そうさ。さて、皆が集まる部屋の前に着いた。先にウチが入るから、アガリアは名前を呼ばれたら入って挨拶するんだよ」
「うん」
ソラトは中に入り、しばらくするとアガリアの名前を呼ぶ。
アガリアは自分より年下の子供達に挨拶をすると、仲良くなるために子供達と外遊びをする事になった。
「良かった。アガリアは皆と仲良くやっていけるみたいだね」
「そうッスね。このまま子供達が大人になるまで、平穏な日々が続くといいッスけど…」
「きっと大丈夫。見なよ、あの子供達の楽しそうな笑顔、久しぶりに見れて嬉しいよ」
「ああ。子供には笑顔ではしゃぐ姿がよく似合うッスねぇ。遊び終わったら、皆でアガリアの歓迎会をしよう」
外で鬼ごっこをするアガリアと子供達をソラトとヤーグが室内から安心した顔で見ていた。
──
アガリアは幸せだった過去を思いだしながら、エーレに向かって叫ぶ。
「孤児院の皆を…ボクの居場所を奪った悪魔め!! お前は許さない!!」