伝説の存在
ラグリスと父親が戦闘をしている、同時刻のことだった。
──
昨日に開かれたレッヒェルンの緊急召集のことをソラトは自分の部屋で思い出していた。
その場で立ち上がると机の上に置いてあるクマのぬいぐるみを手に取り、ベッドに腰をおろす。
「まさかルシファーが現れたなんて……」
白いクマのぬいぐるみを抱きしめながらソラトは不安な表情で呟くと、部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ドアノブを回し部屋へ入ってきたのは、テンジンに蘇生させられた恋人のヤーグだった。
ソラトの姿を見つけると、ベッドに腰をおろし隣に座る。
「かなり大変なことになってきたッスね」
「うん。ヤーグが生き返ってすごく嬉しいのに、ルシファーの話で一気にテンションが下がったね」
元気がないソラトをヤーグは優しく抱きしめた。
ソラトは驚くも、優しい恋人の気持ちが嬉しかった。
「オレっちがついてるッスよ」
抱きしめ終わるとソラトを離す。
「ありがとう。ねぇ、アンタはテンジン様のことどう思ってる?」
「テンジン様に蘇生させてもらったのは、とても感謝してるッス。でも、本当は早く死んでほしいッスね」
「そう……。実はウチも同じことを思ってるんだ。テンジン様が死ねば、レッヒェルンは解散になると思うし。そしたらやっと解放される」
ソラトは申し訳なさそうに呟くと、言葉を続けた。
「孤児院にいるみんながとても心配。ちゃんと食べてるのかね……」
ソラトはレッヒェルンの組織に来る前に、ヤーグと一緒に孤児院の先生をしていた。
「ウチ達がどうしてレッヒェルンに来ることになったか覚えてる?」
「孤児院に多額の寄付金と引き換えに、レッヒェルンに入るように言われたのがキッカケだったッスね」
「そうだね。もう天界は滅びを待つしかないよ。今さら絶斬を封印の祭壇に置いても、滅びが止まるとは思えないんだけどね。それにしても絶斬の所有者が悪魔と一緒にいるなんて……人間界に住めばいいのに、もしかして居場所がないのかね?」
「でも、どうして悪魔と一緒なんスかねぇ? 人間は悪魔を嫌うのが当たり前なのに……」
「親を人質に取られているとか? 詳しい事は分からないけど。悪魔といて良いことなんて一つもないんだ。ねぇ、ヤーグ。聞いてほしいことがあるんだよ」
「なんスか?」
「ウチは、しばらくレッヒェルンを離れようと思ってる」
その言葉にヤーグは驚きを隠せなかった。
「ルシファーが現れたんスよ!! 奴は危険すぎる!!もし出会う事になれば殺されてしまうッス!!」
「ルシファーなんて伝説の存在だよ。そんなのいるわけないじゃない。それに、ウチには考えがあってね」
「考え?」
「絶斬を封印の祭壇に置けば、天界の滅びは止められると言われているけどね、滅びる前に人間界に逃げればいい。もともとウチは住めればどこでもいいのさ。滅びが進んでいる天界は、もう終わりだろうさ」
「確かに、人間界なら天使達は暮らしやすくなってるッスね。働きに出かけている天使も大勢いる。でも、孤児院の皆はどうするんッスか?」
「魔方陣でまとめて人間界に転移させるんだよ。もう天界の半分以上は滅んでるし。孤児院もいつ滅びるか分からないからね。だから、今日にでも皆を人間界に転移させようと思ってるよ」
その言葉を聞いたヤーグは本気で怒った。
「そもそも、人間界とはかなり離れているんスよ!? もし、無事に成功したとしてもソラトが倒れてしまうッス!!」
「だから、ヤーグに手伝ってもらうのさ」
ヤーグはその言葉に反対した。
「まとめて転移させるなら、皆で孤児院を出て、直接人間界へ行ったほうが安全ッスよ!!」
「天界から人間界までは早くて2週間かかるんだ!! 子供達の体力がもたなかったら、どうするのさ!!」
変わらないソラトの意見に、ヤーグは折れた。
「そこまで言うなら、好きにするッスよ。テンジン様に怪しまれないように、休暇を取るといいッス。普段は会うことを禁じられているけど、今回は仕方ないッスからね。あと、オレっちも着いていく」
優しいその言葉にソラトは満面の笑みを浮かべた。
「ヤーグ。本当にありがとう!!」
「そうとなれば、オレっちとソラトはテンジン様に休みを取ることを報告に行くッスよ」
「そうだね」
「くれぐれも、本来の目的を忘れないようにするッスよ」
ヤーグは絶斬を取り戻すことが、最優先と思っていた。
「それは理解してるよ。ウチはレッヒェルンの一人だからね」
ソラトとヤーグは部屋を後にし、長い廊下を歩く。
「孤児院の皆に会うのは半年ぶりッスね」
「そうだね。元気だといいんだけど」
「そういえば、ソラトは知ってるッスか?」
「なにを?」
「ルシアの一族の生き残りがいたらしい」
「確か生き残りは一人じゃなかった?」
「それがもう一人いるみたいなんスよ」
「ラグリスだっけ。その男のことでしょ?」
「いや、ソイツはもう死んでるッスよ。オレっちが言いたいのは、新しい奴が出てきたってこと」
「ソイツはどこにいるんだい?」
「魔界のどこかにいるらしいッス」
「じゃあ孤児院に行ったあとに、ソイツを見つけ出して殺そう。ルシアの一族は殺さないとね」
「なにせ、天使に致命傷を与える存在ッスからね。天使に致命傷を与えられるのは悪魔と絶斬だとずっと言われていたのに、ルシアの一族が現れてから、負傷する天使が多くなったと聞いているッス」
「天使の脅威になる前に早く殺さないとね」
ソラトとヤーグはテンジンがいる部屋へとたどり着いた。
──
ルシファーは赤い屋根が特徴の大きな家の前に立っていた。
そこはソラトとヤーグが働いていた孤児院だった。
背中から2枚の白い羽根をだすと、 左翼を黒色にしていく。
「さて、始めましょう」
ルシファーが指をパチンと鳴らすと、目の前の大きな孤児院が建物の内側から大爆発した。
家の中にいる者達は叫びをあげる暇もなく、全員死んだ。
燃えさかる炎は孤児院を全て焼き付くし、なお激しく燃えていた。
「クハハハ!!」
その光景をみてルシファーは上機嫌に笑うと、左翼のみ羽ばたかせ、漆黒の羽根を何枚か地面に落とす。
悪魔の仕業に見せるためだった。
「いずれは天界と魔界の両方を滅ぼしてやる!!!!」
右翼の白と左翼の黒を羽ばたかせると、ルシファーは燃えさかる孤児院を後にした。