父親と子供
ラグリスは3歳の頃の夢を見ていた。
ラグリスと妹の前には父親が立っており、真剣な表情で口を動かしていた。
「いいか? 今日はとても大事な日なんだぞ」
ラグリスと妹のユリィは同時に問いかける。
「「なんの日なのー?」」
「お前達が生まれた日だ」
幼い双子は言葉の意味を理解していなかったのでキョトンとしている。
それを見た父親は優しく微笑むと、しゃがんで双子に目線を合わせた。
「僕の可愛い子供達。お誕生日おめでとう」
父親は力強い両腕で双子達を抱き締めた。
「「えへへー!!」」
双子は満面の笑みを浮かべると父親に頬擦りをした。
「お前達には大切な話がある。ルシアの一族はもう僕達しかいない。だから、しっかりしないといけないよ」
ラグリスが無邪気に言った。
「じゃあ、おとうさんみたいになるー」
「そうか。頑張れよ」
「うん」
だが、すぐにラグリスが悩んだ様子で父親にこう呟いた。
「でも、しっかりするにはどうすればいいのー?」
「それはな。なりたい自分になることだよ。──はどんな人になりたい?」
「ゆうきがある人になりたいなー」
ラグリスは無邪気にそう言えば、続けて妹のユリィが父親に自分の考えを伝えた。
「やさしい人になるのー」
二人の意見を聞いた父親は満足な顔をしていた。
「目標があるのはいいことだ。頑張って近付ければいいな」
「「うん!!」」
──
「…………ぅ」
ラグリスが目を覚ますとゆっくりと起き上がろうと力を込めると、黒いヤギの角が生えた若い医者が厳しく声をかける。
「起き上がるのはダメだ!! もうしばらく安静にしてないと!!」
ラグリスは医者に優しく寝かされると質問をした。
「今はなんじ?」
「今は昼12時50分だ。それが何か?」
「気になっただけだよ。それより、すごく寝汗をかいたから着替えたくて……」
「わかった。着替えを持ってくるから少し待っててくれ」
医者は部屋を後にすると、ラグリスは顔を左に向け壁にかけてある鏡で自分の顔を見た。
「本当に男の姿になってるんだね。姿ごと変わるのは何年ぶりだろう……」
ラグリスは思いだしながら呟くとポツリと呟いた。
「しっかりしなくちゃいけないね。だって僕はルシアの血を引く男だから……」
言い終わると同時に医者が戻ってきた。
ラグリスは服を受け取ると医者に着替えさせてもらった。
医者は用事があるため、再び部屋を出ていく。
着替え終わったラグリスが再び眠りにつこうとした──その時だ。
辺りに魔法陣が浮かび上がると、ラグリスの体はどこかに転移した。
──
ラグリスが転移した先は森の中だった、ゆっくり体を起こすと首を左右に動かして辺りを見回す。
「ここは? 僕は治療室にいたハズじゃ……」
ヨロヨロと立ち上がると森を抜け出すために歩きはじめる。
「早く城に戻らないと……」
まだ安静が必要な体を引きずるように一歩ずつ歩いていくと、やがて大木が見える。
ラグリスは幹に凭れかかった。
「………」
その様子を崖の上から双眼鏡で覗く男の姿があった。
ラグリスの父親だ。
──本当に戦わなければならないのか……
暗い表情になりつつもルシファーに言われた通り、自分の子供を殺そうと決意するも、体は動いてくれなかった。
「なにサボってるんです?」
ルシファーの声がラグリスの父親に語りかける。
「姿を確認していただけだ」
その返事にルシファーは楽しそうな声色で告げた。
「あなたが双子のうちどちらかを殺さなければ、もう片方の子供を殺しますよ?」
「………」
「まぁ、せいぜい頑張ってくださいね」
しばらくするとルシファーの声は聞こえなくなった。
──やるしかないのか……
ラグリスの父親は強く拳を握るとボタボタと血を流す。
その血が何滴か地面に落ちると鉄の剣となった。
その剣を手にすると、ラグリスの父親は崖を降りて休んでいる我が子に猛スピードで向かって行くのだった──
──魔王カルマの城
城内はラグリスの姿が消えたことにより慌ただしくなっていた。
特に動揺が激しかったのはラグリスの先輩であるアストレアだ。
「まだ見つからないの!?」
メイドや執事を怒鳴りつける声が羅奈達がいる部屋に聞こえてくる。
「なに……?」
羅奈はアストレアの声で起こされると、ベッドからおりてブーツを履き、様子を見に行った。
アストレアからラグリスが居なくなったと羅奈に伝えられると、大慌てで部屋に戻って寝ているカルミオとオリアクスを起こすと、羅奈達を含め50人で城内や外を探し始めるが見つからない。ラグリスが姿を消してからもう30分も経っていた。
エルザとダウは部屋でラグリスの追跡をしている。
「エルザ様。ラグリス様の気配を辿ることに成功しました」
「ダウ。よくやった、ラグリスはどこにいる?」
「エーアの森です」
「かなり遠い場所にいるのだな。メイドと執事は城に残り、魔方陣でオリアクス達をエーアの森へと送り捜索にあたらせろ!!」
「分かりました!!」
ダウは言われた通りに羅奈達を集めると、魔方陣でエーアの森へと送った。
──
ラグリスは現在、自分に剣を向ける生き返った父親と話をしていた。
ラグリスは動揺のあまり震えた声で話す。
「本当に父さんなのかい? ……まさかテンジンに蘇生させられたの?」
「……違う。僕を蘇生させたのは別の奴だ」
父親は容姿は紺色のショートヘアに童顔でありながら細身の筋肉質だ。ボロボロの黒い貴族風の衣装は死んでいた年月を感じさせる。父親は赤色のつり目でラグリスを睨み付けた。
「それは誰なんだい?」
「言ったらどうなるか分からん。お前達に危害が及ぶかもな」
ラグリスは父親の発言が理解出来なかった。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ」
父親は無表情のまま淡々と話す。ラグリスはそれが恐ろしく見えた。
優しかった父親が自分を殺そうとしている。
ラグリスはその事実を認めたくなかった。
「本当に大きくなったな。ネーヴェ」
父親はラグリスの本名を口に出す。
「その名前で呼ばれるのは十年ぶりだね」
「ネーヴェという名前は僕がつけたからな。お前の名前を忘れることはないよ」
僅かに父親の口元が上がる。
「僕は……父さんの息子として頑張ってきたよ」
「……まだそんな事を言っているのか」
父親は強く溜め息を吐くと、ようやく剣を下ろす。
ラグリスは真剣な眼差しで言葉を発した。
「僕は男だからね」
ラグリスのその言葉を父親は呆れた様子で聞いていた。
そして、父親はこう告げた。
「またそれか」
その言葉にラグリスはムキになり反論する。
「僕は父さんの息子だと言ってるだろ!!」
「もう、いいだろ」
「僕は男なんだから、父さんと戦うことなんて平気だよ!!」
ラグリスはかなり無理をしていた。
そのことは父親にはお見通しだ。
「お前は男だからと気丈に振る舞う癖がある。いいかげんやめたらどうだ?」
「父さんに僕の気持ちなんて分からないよ!!」
「確かに。僕にはお前の気持ちは分からない」
「やっぱりそうじゃないか!!」
父親はうんざりした様子でこう言った。
「お前はいつまで、男として振る舞ってるんだ。お前は女の子だろう!!」