エーレ・アルン
アストレアに紹介されたエーレは深く頭を下げた。
エーレの姿はふんわりとした癖毛で髪色は黒。血のように赤色の瞳に黒く長い尻尾の先には逆三角のになっている。わずかに尖った耳、口からは二本の牙が出ていて端正で柔和な顔が特徴の十代後半の少年だった。
服装は高価な黒のモッズコートで金のボタンは全て留めている。
白いスキニージーンズに茶色のブーツを履いていた。両手首には金色の細い腕輪をしていて光を反射して眩しく輝いている。エーレが身に付けている物全てがブランド物だ。
「ぼくの名前はエーレ・アルン。種族は悪魔の18歳です。皆さんよろしくお願いします」
高く優しい声が羅奈達の耳に入ってくる。
「よろしくね。エーレさん」
「「よろしく」」
羅奈とオリアクスとカルミオは挨拶をかわす。
「!?」
エーレは羅奈を見ると早足でこちらに向かってきた。
「え? あの……どうしたの?」
羅奈は訳が分からずに困惑することしかできなかった。
オリアクスとカルミオは早足で歩いてくるエーレに警戒している。
目の前までくるとエーレは羅奈の両手を優しく握り、こう呟いた。
「な、なんて可愛い子なんだ!!」
エーレの顔は真っ赤になっており、鼻から血が出ている。
「キャアッ!!」
羅奈は短く悲鳴をあげ、警戒していたカルミオとオリアクスは驚きのあまり固まっていた。
「ああ、悲鳴をあげさせてしまってごめんなさい。でも絶斬の所有者がこんなに可愛い子だったなんて知らなかったんですよ」
羅奈の両手を握ったままエーレは嬉しそうに微笑んでいた。
鼻血がエーレの口元へと垂れていく。
「それは分かったから、早く鼻血を止めてちょうだい!!」
羅奈は焦りながらそう呟くと、言われた通りにエーレはデニムのポケットからハンカチを取り出し鼻血を拭う。
その様子を見ていたオリアクスはこう呟く。
「なんか、変わった奴だな。なぁ、カルミオ?」
オリアクスは横目でカルミオを見ると、歯をギリギリと動かしている姿があった。
「あの男。気に入らない……!!」
いつも大人しめのカルミオにしては反応が珍しく、悔しがるような表情を見せていた。
「どうしたんだ?」
オリアクスは訳が分からずカルミオに問いかけるが、カルミオは話そうとはしなかった。
ようやくエーレの鼻血が止まると、羅奈はホッとしたのか安堵の笑みを見せる。
「エーレさんは私を護衛するために来たってアストレアさんが言っていたけど。戦えるのかしら?」
その問いかけにエーレは頷く。
「戦うことは出来ますが、ぼくが出来るのは防御魔法と悩み相談くらいですよ。絶斬の所有者を精神的にケアするためにやって来たのです」
「悩み?」
「例えば不安で眠れない日々が続くとか。愚痴を聞いてもらいたいだとか。そんなことをぼくにお話ししてほしいんです」
うーん。と羅奈は少しの間聞いてもらうことがないか考えるも、特に思いあたることはなかった。
「気持ちはとても嬉しいんだけど。今のところは特に悩みはないのよね」
それを聞いたエーレはガックリと肩を落とした。
「そうですか。あまり、ぼくがいる意味がなくなってしまいますね」
(ほかになにか……あっ!!)
「そうだわ。ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「なんですか?」
「天使と悪魔についてなんだけど。どうして仲が悪いの?」
エーレは軽く咳払いをすると丁寧に説明をはじめた。
「絶斬は魔界の王子であるエルザが作ったというのはご存知ですか?」
「ええ」
「エルザは悪魔達を束ねる王族です。ですから絶斬は本来、魔界の物となります」
「エルザさんが作ったのだから、そうなるわね」
「しかし。誰が言い出したかは不明ですが。魔界の絶斬は実は天界の物だったということになったのです」
「おかしい話ね。絶斬はエルザさんが作ったのに天界の物だなんて」
「そうですね。そしてその話を信じた天使は絶斬を天界に持って帰ろうと、レッヒェルンという組織が立ち上がりました」
「そんな……。ただの言いがかりじゃない」
「レッヒェルンの主張はこうだといわれています。『天界にあった絶斬を返しなさい。このままでは天界は滅びてしまいます』」
「それって前に聞いたことがあるわ。滅びるのが嫌だから。絶斬を取り戻そうとしているのよね。そして二度と同じ絶斬は作ることが出来ない……」
「滅びを食い止めるには絶斬を天界にある封印の台座へと置かなければならないと言われています。ですが誰かが持ち出したようですよ」
「誰かが持ち出した……」
羅奈は絶斬を手にした場所を思い出す。
(まさか……!?)
羅奈の考えが合っていれば、その原因は自分にあると思っていた。
(私が最初に絶斬を手にした場所は台座に置かれていたわ。もし、その場所が天界にある封印の台座だとしたら……!!)
エーレは羅奈の考えに気付かず、話を進める。
「絶斬をエルザの所から持ち出したのは、堕天使かと思われます」
その言葉にオリアクスがエーレに問う。
「堕天使は伝説の存在と聞いたぜ?」
「ぼくも詳しくは分かりませんが。恐らく、本当に存在しているのでしょう」
「だとしたら大変な事になるな。レッヒェルンだけじゃなくて堕天使まで絶斬を狙ってくるのかよ……」
その話を聞いて黙っていた羅奈が口を開いた。
「戦いは激しくなるということね」
「とにかく絶斬はぼく達の所にあります。今は戦いに備えて体を休めなければなりません」
エーレはそう言えば一礼し、ラグリスの先輩であるアストレアに話を任せたのだった。
「とにかくエーレはしばらく魔界にいてもらうから。絶斬の所有者さん達は戦闘の準備をしときなさいな」
「そうね。でもまずは一眠りすることにするわ。昨日の戦いから一睡もしていないのよ」
羅奈はそう言えばオリアクス達と一緒に客室に向かった。
──荒れ地
昼過ぎの荒れ果てた地に堕天使ルシファーは降り立った。
傍には魔法で転移させた棺がある。
「姉さんにラグリスの復活を断られるとは思いませんでした」
ルシファーは赤い本を魔法で取り出すと文章に目を通す。
「なるほど。かなり難しい魔法だけど、こうやればいいんですね」
ルシファーは不気味な笑みを浮かべると、傍にある棺に向かって手を差しのべた。
「蘇れ!!」
感情がこもったハッキリとした声色で告げれば、棺が紫色に光だす。
ズズズッと重い音を鳴らしながら棺が開き、中からラグリスが姿を現した。
ボロボロの黒い衣装に紺色の短髪に童顔のその姿は10年前に殺されたラグリスそのものだ。
「貴様は……!!」
ラグリスは殺意をこめた瞳で睨み付けると、ルシファーを殺そうと、自分の指を噛んで血を流させ鉄の剣を作り出す。
それを構えてルシファーを斬りかかろうとするも、剣先は人差し指だけで止められてしまった。
「グッ……!!」
「せっかく蘇らせたのに、すぐに死なれると困るんですよね」
ルシファーは剣先を掴むと小枝を折るように壊す。
「僕を殺した貴様がいう言葉ではないな!!」
ラグリスは壊れた鉄の剣を鎖に変化させると、ルシファーの全身に巻き付けていくも、ルシファーが鎖に人差し指を触れさせれば鎖は粉々になった。
ラグリスはルシファーの強さを知っていたので壊された事を冷静に受け止める。
「なんのために蘇らせた!! 答えろ!!」
「利用価値があるから蘇生させました」
「なに!?」
「ルシアの一族は天使に致命傷を負わせる存在なので一度殺しましたが、あなたは封印を解く鍵となるのです」
「封印……鍵だと!?」
「10年前は死なないと思って攻撃したのに、あなたがすぐに死ぬから……」
「貴様、僕を殺した後に子供達に手を出してはいないだろうな!?」
「二人には呪いをプレゼントしました」
「!?」
ラグリスはルシファーのその言葉に驚きを隠せなかった。
「まず、あなたが自分の子供を殺してきなさい。できないというなら今すぐ拐ってきて目の前で拷問してあげましょう!!」
「卑劣な……!!」
ラグリスは怒りをあらわにするも、自分では傷一つ負わせられないことに悔しさを感じていた。
「どうするんです?」
──コイツを野放しにするのは危険すぎる。僕の意見など聞かず、子供達と共に利用するつもりなのだろう。ここは従ったフリをしてなんとか奴を殺す方法を考えるか
ラグリスは落ち着いて考えると、ルシファーの前に膝まずいた。
「……分かった。貴様に従おう」
その言葉にルシファーは笑うと魔法陣を描き、ラグリスを子供がいる近くへと送り込むのだった。