呼び捨て
羅奈は湯船に浸かりながら、 雨に濡れた体を温めていた。
「お風呂は最高ねぇ」
肩にお湯をかけながら言うと、 隣の男湯からカルミオとオリアクスの声が聞こえてくる。
「カルミオ!! オレの所にあるシャンプーの中身が入ってないぞ!!」
「なら、 貸してやる」
「助かるぜ!!」
その会話を聞いた羅奈はこう思った。
(ケンカばかりってわけじゃないのね。 普段は仲良しのようね)
羅奈は湯船から上がると、 風呂場を後にした。
風呂上がりの羅奈達はそれぞれ置かれた部屋着を着ると、 スライドドアを開けて城内へと出てきた。
「気持ちよかったわねぇ」
羅奈は手をうちわがわりにし、 機嫌よく一人言を呟く。
「お嬢ちゃんも風呂上がりか」
羅奈の背後からオリアクスが声をかける。
「ん? ……ああ、 オリアクスさんね。 女の子みたいな声がしたから、 一瞬誰か分からなかったわ」
羅奈は振り返って13歳の姿になっているオリアクスに返事をする。
「オレの本来の姿は見せたことなかったからな」
「ええ。 初めてみるわ。 にしても、 女の子みたいな容姿ね。 背は私のほうが少しだけ高いけど」
「オレは150センチだけど、 お嬢ちゃんはどれくらいあるんだ?」
「私? 私は153センチよ」
それを聞いたオリアクスは怪訝な表情をしたまま、 こう言った。
「そう言えば、 お嬢ちゃんの年はいくつなんだ?」
「そういえば教えてなかったわね。 私は16歳よ」
オリアクスは羅奈の事をずっと年下だと思っていたので驚きを隠せなかった。
「年上の女の子に、 オレはずっとお嬢ちゃんと言ってたのか……失礼なことをしたな」
オリアクスは羅奈をどう呼べばいいのか、 しばらく悩んだ後こう呟いた。
「これからは羅奈ねぇと呼ぶことにするぜ」
「なんだか、 オリアクスさんのお姉さんになったみたい」
羅奈は照れくさそうに微笑む。
「オレのほうが年下なんだから、 羅奈ねぇは呼び捨てでいいぜ」
「じゃあ、 オリアクスって呼ぶわね」
遠くから実年齢の姿になったカルミオがやってくると、 二人の会話を立ち止まって聞いていた。
二人はそのことに気付かずに話を続ける。
「でも、 オリアクスってこんなに可愛いかったのね。 私、 知らなかったわ」
「か、 可愛いとか言うな!!」
オリアクスが顔を真っ赤にしていると羅奈は心の中でこう思っていた。
(本当に可愛らしいわね。 今すぐ抱きしめたいくらいだわ)
羅奈は幼い子供が好きだった。 可愛さのあまり、 オリアクスを抱きしめようと羅奈は近づいてくる。
「な、 何するつもりだ!!」
オリアクスは羅奈が何をしようとしているのか理解できずにいた。
羅奈がオリアクスの前に立つと笑みを浮かべながらこう呟く。
「ねぇ、 オリアクス。 ぎゅってしていいかしら?」
「ハァ!?」
予想外の出来事にオリアクスは恐怖を感じていた。
気になったカルミオが一歩、 また一歩とオリアクスの背後に近付いてくる。
「ほら。 私がぎゅってしてあげる」
「──っ!!」
オリアクスはされるがまま、 優しく抱きしめられる。
風呂上がりの羅奈はとてもいい匂いがしていた。
それはオリアクスの好きな匂いで、 その表情はうっとりしていた。
「ブフッ!!」
オリアクスの背後に立つカルミオはされるがままの兄の様子をみて、 吹き出していた。
「カルミオ!! 殺されてーのか!!」
オリアクスは振り向くと、 耳まで真っ赤にさせながら本気でカルミオに怒る。
「その割には、 離れないんだな」
その言葉を聞いたオリアクスは、 羅奈を引き剥がすようにした。
「また、 オリアクスのこと、 ぎゅってさせてね」
「ま、 まぁ。 また今度な」
オリアクスは素っ気なく答えるものの、 顔は真っ赤なままだ。
「オリアクスのこと。 呼び捨てになったのか?」
その問いかけに、 羅奈は穏やかな表情で答えた。
「ええ。 カルミオさんのこと、 呼び捨てにしてもいいかしら?」
「構わないぞ。 ボクはなんと呼べばいい?」
「オリアクスと同じ、 羅奈ねぇちゃんがいいわね」
「……無理だな」
カルミオは澄ました顔でそう言えば、 オリアクスが声をかける。
「まさか、 呼び捨てにするんじゃねーだろうな?」
「そのつもりだ」
カルミオの言葉に、 羅奈が意地悪な笑みを浮かべながら口を開く。
「年上の人を呼び捨てにするのはダメよ。 だから私のことはお姉さんって呼んでね」
「ホラ、 羅奈ねぇもそう言ってるぞ」
「……」
呼び捨てすることに慣れていたカルミオにとって、 お姉さん。 と呼ぶのはとても恥ずかしいと思った。
「…………ねぇ」
ボソっと呟かれた言葉に、 羅奈とオリアクスはわざと聞こえないフリをした。
「大きな声で言ってみて?」
「オレにも聞こえるくらいにな」
カルミオは恥ずかしがり、 しばらくの間、 体をモジモジさせるとハッキリとした声色で告げる。
「ら、 羅奈ねぇ……」
「か、 可愛い!! そうだわ。 カルミオのこともぎゅってしてあげる」
羅奈は実年齢の13歳の姿であるカルミオを見つめる。
オリアクスと同じ黄色の角が生えており、 濃い緑色のストレートヘアは顎の所まであり、 大きな青色のタレ目に落ち着いた少女のような声をしている。 羅奈はその姿にメロメロだった。
カルミオが恥ずかしがる前に、 羅奈の両腕はすでに背中に回っていた。
「なんて可愛いの~!!」
「や、 やめろぉ!! 恥ずかしいだろう!!」
羅奈は本当にうれしそうに頬擦りすると、 オリアクスは大笑いしていた。
──天界
「さて。 ヤーグも復活させましたし、 少し仮眠をとることにしましょう」
テンジンは亡骸の保管室を後にしようとした、 その時だ。
「……ちょっといいですか?」
テンジンの背後から幼い子供の声が聞こえた。
振り返るとそこには、 目元がフードで隠れ、 白のローブを着た子供が立っていた。
「……どうやってここに?」
「そんなことは、 どうでもいいですよね。 テンジンさま」
子供がフードを取ると、 薄いクリーム色をした長髪に紫色の瞳が特徴の10歳にも満たない中性的な容姿の少年がそこにいた。
「──!?」
テンジンは驚きを隠せない表情になると、 こう続けた。
「まさか、 アナタの羽根の色は……!!」
少年がその言葉に答えるように背中から二枚の羽根をはやす。
その両翼の色は穢れを知らない白色だった。
「やはりルシファーでしたか」
「テンジンさま。 お久しぶりですね」
ルシファーと呼ばれた少年は、 お辞儀をする。
「お身体の具合はどうですか?」
「……悪くなる一方ですよ」
「それは大変だ。 早く絶斬を奪い返さないといけませんねぇ」
ルシファーはテンジンの容態など、 どうでもよかった。
「……。 なんの用です?」
テンジンはルシファーの意図が分からずにいた。
「実はレッヒェルンに入ろうと思いましてね」
その一言にテンジンは衝撃のあまり固まってしまう。
「ルシファー。 これ以上、 天界に近付かないでください!! アナ─」
テンジンの言葉をルシファーは遮った。
「酷いなぁ。 私だって天使ですよ? 天界が滅ぶって時くらい、 手助けさせてくださいよ」
ルシファーは良からぬことを企む表情をしながら、 魔方陣を出現させ、 一つの棺が現れた。
「すごく貴重な死体があるんです。 その死体と引換にレッヒェルンに入らせてくれませんか? もしかしたら、 すぐに絶斬を奪い返すことが出来るかも……クハハハ!!」
「………そこまで貴重なのですか?」
「ええ、 それはもう!! 手に入れるのに苦労しましたよ」
テンジンはしばらく悩むとルシファーに言った。
「……その死体の名前を教えてください」
「ラグリスという名前です」
テンジンはその名前に驚きを隠せなかった。