影
「ハァー……ハァー……」
羅奈がラグリス達の所まで息をきらしながら走ってくると、 落ちているヤーグの片腕を見つけ短い悲鳴をあげた。
「羅奈。 遅かったね」
ラグリスは頭まで覆った鎧の姿で話しかけると羅奈は警戒しながらこう呟いた。
「だ、誰!?」
「僕だよ」
頭の鎧を外すと男になっているラグリスの顔が見える。
「ラグ……えっ!? 男!?」
羅奈はいつも見慣れている顔ではなく、 性別そのものが違う姿に衝撃を受けていた。
「詳しい話は後で……。 天使の首を跳ねてくれよ」
ラグリスは放心状態のヤーグを指さした。
「わかったわ」
羅奈は躊躇うことなくヤーグの所まで走っていくと絶斬を振りかぶろうとした、 そのときだった。
拳大程の大きな氷塊が羅奈の背後から飛んでくる。
羅奈は音に気付くと絶斬から斬撃を飛ばし、 氷塊を真っ二つにした。
「まさかオリアクスさん……!!」
オリアクスは気付いていない様子の羅奈の背後に立つと、 氷の鉤爪を軽く振るった。
「くっ…!!」
羅奈は絶斬の刃で受け止めると蹴りをオリアクスの腹に当てた。
オリアクスはわざと蹴りをくらい、 後ろによろけ地面に鉤爪を突き刺すと周りを凍らせていく。
羅奈は後ろへ下がると滑りそうになるのをこらえてオリアクスから目を離さなかった。
「そう怖い顔するなよ」
オリアクスが羅奈に話しかける。
「私に攻撃してきたってことは、 戦うってことよね?」
「別に絶斬の所有者を殺そうとは思っていない。 戦うのが嫌なら絶斬を渡せ!!」
「これは絶対に渡さないわ!! それに私の一番の目的よりも、 私はアナタを連れ戻すって決めたのよ!!」
羅奈はオリアクスに向かっていくと絶斬を勢いよく振り回す。
オリアクスは素早い動きでかわすと羅奈の背後に移動し、 本気の蹴りを背中にくらわせた。
「キャっ!!」
羅奈は勢いよく蹴り飛ばされると地面に頭をぶつける。
羅奈は立ち上がると、 目の前には鎧を身につけたラグリスが守るように立っていた。
「大丈夫かい?」
「このくらい平気よ。 それよりオリアクスさんを止めないと。 天使の首を跳ねることはできないわ」
「そうだね。 でも、 オリアクスと戦うなんて……僕には……」
弱気な言葉を吐くラグリスに羅奈は叫んだ。
「私だって本当はオリアクスさんと戦いたくないわ。 でも今はそうも言ってられないのよ!! ラグリスはオリアクスさんに戻ってきてほしくないの!?」
「戻ってきてほしい!! ……ほしいけど。 オリアクスが決めたことだから、 僕達が何を言ってもきっと無駄なんだよ」
ラグリスは諦めていたが、 羅奈は諦めてはいない。
「その気持ちがあるのなら、 戦うのよ!! 絶対にオリアクスさんに戻ってきてもらうの!! だって、 私達の大切な仲間を見捨てるわけにはいかないのよ!!」
羅奈は大声でそう言えば、 ラグリスはハッとした。
「そうだった……。 僕はオリアクスのことが大切だったんだ!! よし!! 羅奈。 絶対にオリアクスを連れ戻そう!!」
ラグリスは決意を固めると側にアンドロスを従える。
羅奈はラグリスの横に立つと絶斬を構えた。
話をずっと聞いていたフィリアが羅奈に話しかける。
──羅奈ちゃんは、 そこまで大切に思っていたんだね。
(もちろん。 フィリアちゃんも大切な仲間の一人だわ)
──ありがとう羅奈ちゃん。 即興だけど試したいことがあるの。
(何かしら?)
──少し疲れるかもしれないけれど、 いい?
(いいわよ。 好きに使ってちょうだい!!)
月明かりに照らされた羅奈の影が、 フィリアの形を作る。
──羅奈ちゃんの影を借りるね。
影になったフィリアは羅奈の左側に立ち、 ヤーグに呼び掛けていたオリアクスに向かって巨大な光の球体を飛ばした。
「なにが起こってやがる!!」
オリアクスは氷の防壁を地面から出すも光の球体はそれを貫通し、 オリアクスに直撃する。
「ぐあぁ!!」
オリアクスはヤーグの隣に倒れるもすぐに起き上がると、 オリアクスの目の前には影のフィリアが立ち塞がった。
「わたしの呼び声に応えなさい!!」
フィリアの影がそう言えば大きなドラゴンの影を形作りオリアクスに向かって炎を吐く。
「なぜ影が勝手に……!!」
オリアクスからみた光景は地面から炎が出てきたり光の球体が出てくるといった予測しづらいことばかりが起きていた。
「チッ!!」
オリアクスは炎をギリギリでかわし、 影のフィリアを仕留めようと氷塊を飛ばし地面を抉るも影のフィリアにダメージはない。
オリアクスは影の本体である羅奈を倒そうとするがラグリスの姿しか見当たらなかった。
「所有者はどこに!!」
羅奈はフィリアがオリアクスの気を反らしてくれたお陰で背後にまわることができた。
羅奈は何も言わず、 絶斬の斬撃を飛ばす。
「そっちか!!」
反応が遅れたオリアクスは斬撃を氷の防壁で防ごうとするも間に合わず、 斬撃は直撃し、 オリアクスを吹き飛ばした。
「アンドロス。 オリアクスが立ち上がった瞬間に、 背後に回るんだ」
ラグリスはアンドロスに小声で話すと、 アンドロスは小さく頷いた。
「ぐっ……!!」
オリアクスはダメージが大きかったのか、 ボロボロになりながら立ち上がると背後にいるアンドロスに気がついた。
「お前達はどれだけオレを連れ戻したいんだよ」
オリアクスは鼻を鳴らしながら笑みを浮かべた。
「だがオレは戻らねぇ!! マーラーを蘇生させるために絶斬を奪う!!」
オリアクスの真剣な表情を見た羅奈達は、 なぜオリアクスが天使側についたのかようやく理解できた。
ラグリスがオリアクスに話す。
「天使にそう言われたのかい? オリアクス。 それは嘘に決まっ──」
「嘘じゃない!!」
その声は空高くから聞こえた。
オリアクスを含めた全員が声のする方へと顔を上げる。
「え!? 確かに首を跳ねたハズ……!!」
羅奈は驚き、 オリアクスは蘇生させることを半信半疑に思っていたがそれが確信へと変わった。
「本当に蘇生させたというのか!! ならマーラーも……!!」
空には羅奈が殺したはずの天使、 ヴォールの姿があった。
「まさかヴォールか!? テンジン様のおかげだ!!」
放心状態だったヤーグは仲間のヴォールが復活したことで元気を取り戻した。
「我が首を跳ねたことは許さんぞ!!」
ヴォールは羅奈に向かってきた。