アンドロス
天界に戻ったオリアクスは目の前にテンジンが立っているのを確認した。
「オリアクス。絶斬はどうしました?」
オリアクスはバレないように嘘をついた。
「あと一歩のところで逃げられました」
「そうなのですか。悪魔の番人が付きっきりですものね。一人でいる所を狙うしかないようですね」
テンジンは悪魔の番人に邪魔されてしまったと思っていた。
ふと、 テンジンはヤーグがいないことに気が付いた。
「ヤーグはどうしたのですか?」
「……」
黙るオリアクスに凄まじい威圧感とともにテンジンは告げた。
「正直に言わないと──」
「……分かりました」
オリアクスは正直に話すとテンジンから本気のビンタをお見舞いされた。
「せっかくのチャンスをあなたは逃したのですか!!?」
「絶斬の所有者は──」
「言い訳など聞きたくもありません!! 至急ヤーグの支援をしてきなさい!! これで絶斬を奪えなかったら、 マーラーを燃やします!!」
「は、はい!!」
そう言ってオリアクスは魔方陣を描くとワープするのだった。
「ゲホッゴホッ!!」
一人残ったテンジンは咳き込みながら亡骸の保管室へと向かう。
保管室に着いたテンジンは側にあった男天使の亡骸を魔法で蘇生させた。
「うぅ……」
「意識が戻ったようですね。ヴォール」
レッヒェルンの一人、 ヴォールがゆっくり起き上がると辺りをキョロキョロと見回す。
やがて微笑んでいるテンジンに気付くと目を丸くさせ驚いた。
「テンジン様!?」
「アナタに頼みがあります。裏切る可能性がある男を始末してほしいのです」
テンジンは頭にオリアクスを思い浮かべながら話す。
「その男とは?」
「オリアクスという名の悪魔です。今は天使側についています」
「なぜ悪魔が天使側にいるのですか!?」
「蘇生したい者がいるらしいですよ。 ですが、 絶斬を手入れるチャンスを逃したのです。 再びチャンスを逃すようであれば殺してください」
「わかりました。全てはテンジン様のために」
ヴォールは棺から降りるとテンジンの前に膝まずいた。
「期待していますよ。ヴォール」
「はっ!!」
テンジンはヴォールに魔方陣を使い、魔界へワープさせたのだった。
──
夜の荒れ地でラグリスはヤーグと戦っていたが力の差は歴然だった。
「くっ……!!」
ラグリスはヤーグの攻撃を盾で防ぐことしか出来ず防戦になっていた。
反対にヤーグは連続で鞘から抜いた剣を振るい、心臓に狙いを定めている。
ラグリスは盾を血に戻すと槍に変化させ剣を弾いた。
「なかなかやるっスね!!」
ヤーグはそう言えばラグリスの腹に回し蹴りをしようとするが、ラグリスは素早く槍の持ち手を血に戻し手槍にしてヤーグの顔面目掛けて飛ばした。
「甘いっス!!」
ヤーグは小さな防壁を目の前にだし、手槍を防ぐ。
ラグリスは残りの血を左手に塗ると鋼鉄の鈎爪にして腹の肉を抉ろうとするも寸前のところで手首を捕まれてしまった。
「っ!!」
ヤーグはラグリスを見下すように言った。
「吹き飛べ!!」
ヤーグは巨大な球体をラグリスの腹を目掛けて飛ばすとラグリスはかなり遠くまで吹き飛んだ。
服はボロボロになり、あちこち破けており血が流れている。
「グゥ…アァ!!」
ラグリスは苦しみの声をあげて倒れたままだ。
ヤーグは転移してラグリスの前に来ると首を持ち上げた。
「これでしまいだな!!」
ヤーグがラグリスの首に力を込めた瞬間、 バキッと骨が折れる音がした。
「グアァァ!!」
ヤーグが苦痛に歪む顔をしている。その理由はラグリスがヤーグの手首の骨を折ったからだ。
ラグリスは首から手を離され地面に落ちるとユラリと立ち上がった。
「午前12時を回ったようだな」
ラグリスがそう呟いた瞬間、体はフッと消え、その動きに反応できていないヤーグの背後に移動すると回し蹴りを背中にくらわせ吹き飛ばした。
「ガアァ!!」
ヤーグは背中から地面に激突し、 立ち上がると折られた手首を含め全身の傷を魔法で回復させている。
──アイツ、まさか!!
ヤーグは何かに気づいたのかラグリスを見つめていた。
「この性別の時に戦えるなんて最高の気分だ!!」
ラグリスは現在、男の体になっていた。
「アハハハハハ!!」
狂喜の笑みを浮かべるとラグリスは腹の古傷を全て開かせ大量の血が地面に落ちる。
やがてその血が集まり通常のライオンよりも何倍もも大きく、立派なたてがみを持つ赤いライオン。 アンドロスを召喚した。
「お前、その血の能力……もしかしてルシアの一族か!!」
まだ回復途中のヤーグが驚きの表情で告げた。
ルシアの一族とは血を武器にしたり獣を召喚したりと様々な力を持つ者達をさす言葉だ。
また、 絶斬なしで天使に致命傷を負わすことができる唯一の一族だった。
「天使には関係ないだろ!!」
ラグリスはヤーグを指さしアンドロスに襲わせる。
アンドロスは音速で走るとヤーグは対処出来ずに腕を噛み千切られる…が、すぐに再生していく。
「レッヒェルンを舐めるな!!」
ヤーグは全ての傷を回復し終わると、離れた距離にいるラグリスの足元に竜巻を発生させた。
ラグリスはわざと竜巻に巻き込まれ鋭い刃で肌の肉を傷つけられると、流れた血が鋼鉄の鎧に変化していった。
全身を鎧で身を固め、手には赤色の剣が握られている。
竜巻が止むとラグリスは空高くから落下していく。
ラグリスは鋼鉄でできた手袋を人差し指で触れ、それを血に戻し鎧の上から背中に塗りたくる。
そうして鉄の大きな羽根を形成させると、羽ばたかせながらヤーグに近寄った。
「お前は僕が倒す!!」
「自分が有利な状況だと思うなよ!!」
「うるさい!! お前がオリアクスをそそのかしたクセに!!」
「テメェはうるせーんだよ!!!!」
ヤーグは巨大な火の玉をラグリスに目掛け飛ばす。
「僕も舐められたものだね!!」
そう強く呟くと踵落としで火の玉を粉砕し、手に持っている剣から赤色の斬撃を飛ばし地面に着地する。
「絶斬の所有者と似たような攻撃しやがって!!」
ヤーグは最高クラスの強度を誇る防壁を自身の目の前に出すが斬撃はそれを貫通し、ヤーグの腹を貫いた。
「アンドロス!!」
ラグリスの呼び掛けにより、ライオンのアンドロスが音速でヤーグの背後に移動すると鋭い爪で背中滅多刺しにした。
ヤーグは背中から血を流すとラグリスはそれを見逃さなかった。
「お前の血を借りる!!」
「オレの回復力を甘くみるな!!」
ヤーグは最上級の治癒魔法を自分にかけていたその時、 ラグリスは指をパチンと鳴らすと治りかけている背中の傷口が一気に開き、 激痛がヤーグを襲う。
ヤーグは痛みに耐えながらラグリスを殺す方法を考えていた。
──もうこれしかねぇ!!
ヤーグは切り札の準備に取りかかろうとする。
「来ないならこっちから行くよ!!」
ラグリスは剣を構えると憎しみを宿した瞳でヤーグに向かって走っていく。
「バカがただ突っ込んでくるだけじゃねぇか!! 舐めてんじゃねぇ!!」
ヤーグは感情を剥き出しにして吠ると殺意を込めて魔力を解放する。
ヤーグの周囲が灼熱の炎に包まれると線状の炎が地面から出現し、それは十の数に分かれると炎の龍へとその姿を変えた。
「なんだ、その程度かい?」
「くたばれ!!」
人間を丸呑みするほどの炎の巨龍が十体同時にラグリスを襲う。
「レッヒェルンとはその程度かと言ってるのさ」
ラグリスは鼻で笑うと口を開けて襲いかかってくる姿を目の前にしても動じることはなかった。
空いていた左手にも瞬時に剣を精製して力強く足を踏み込む。
狙うは一点のみ。二つの剣を振るうとラグリスは鎧に出現させた羽根で空高く跳んだ。
吠える炎の龍の群れを難なくすり抜けて斬っていく。
「一匹、二匹、三匹……」
「な、……バカなっ!!」
空を舞いながらラグリスは炎の龍を斬り刻んでいく。
その巨龍は、剣の一撃の元に次々と叫び声をあげて倒れていった。
ヤーグは瞳孔を開き、信じられないと思った。
「七匹、八匹……!!」
裂かれた緋龍が消滅していく。跡形も残さず、動くのはラグリスの剣の軌跡のみであった。
「ふざけんな!!オレが、……オレがお前みたいな生き残り風情の一族なんかに負けてたまるか!!」
「言いたいことはそれだけかい?」
気付けば一気に差を詰めるラグリスの姿があった。
魔力の大半を消費して召喚した炎の龍を消滅させられたヤーグに残ってる手段は、もう一つしかない。
「オレはレッヒェルンの一人、ヤーグだ!!」
その動きはラグリスより速く剣を握り斬りつける。
抜刀するように振り抜く瞬間、すでにラグリスは目の前から消えていた。
「あ……?」
「これでお前はもう戦えないよ」
刀を握ったままヤーグの腕が勢いよく弾け飛ぶ。ヤーグよりもさらに速くラグリスがヤーグの腕を斬り飛ばしていた。
「オレの腕がぁぁぁ!!」
ヤーグが絶叫するなか。
ライオンのアンドロスはその場で待機しており、 いつでもラグリスの指示を聞けるようにしていた。
「アンドロス。呼びかけに答えてくれてありがとう」
ラグリスはアンドロスに礼を言うと、落ちているヤーグの片腕を憎しみを込めて蹴り飛ばした。