契約
アガリアとヤーグの口論が終わると、 ソラトが呟く。
「やっと終わったかい。 そろそろ食事の時間だから食堂に向かうよ」
ソラトが部屋の時計を指差すと夜7時をさしていた。
「もうそんな時間ッスか。 わかったッス」
ソラトは先に歩くとヤーグとアガリアが続く。
ヤーグは後ろを振り返るとオリアクスに声をかけた。
「オリアクス。 お前も来るッスよ」
「あ、 ああ」
オリアクスは言われた通りに着いて行った。
──
食堂に着いたヤーグ達はバイキング形式になっている様々な料理を皿に乗せていく。
この食堂にはオリアクス達しかいなかった。
オリアクスも沢山の料理を皿に乗せようとするものの食欲がなく、 皿には野菜炒めしか乗ってなかった。
取り終わったオリアクスは4人がけの席に座ると後に続くようにヤーグ達が座る。
食べ終わり食器を片付けていると、 アガリアがオリアクスに無邪気に声をかけてきた。
「オリアクスさんって拷問されたことあるー?」
「ない」
「アハハ、 じゃあ体験してみるー?」
「……いい」
オリアクスはアガリアの残酷な一面を見てドン引きしていた。
オリアクスの反応はアガリアにとってどうでも良かった。
「オリアクスさんは白羽根って知ってるー?」
その言葉を聞いたソラトがアガリアを本気で怒る。
「アガリア!! 悪魔の前でその話はやめな!!」
オリアクスは何かを隠していると思い、 ソラトに話しかけた。
「悪魔の間じゃあ、 その話は知らないな。 そんなことよりテンジンを呼べ」
「はぁ!? ウチ達でさえ会うことを禁じられてるんだよ!!」
召集以外は誰も会うことを禁じられていた。
「悪魔のオレには関係ねーよ。 早く会わせろ」
その言葉を聞いたソラトはオリアクスの胸ぐらを本気で掴む。
「いい気にならないことだね悪魔の分際で!!」
ソラトは鬼のような形相になり殺さんとばかりに怒りをぶつける。
「オレの胸ぐら掴みやがって!!」
そう言ってオリアクスはソラトの胸ぐらを掴み返す。
「全員いい加減にするッスよ!!」
我慢していたヤーグの大声によってソラトはハッとした。
ソラトはオリアクスの胸ぐらから手を離すと舌打ちした。
「何よこの悪魔!! さっさと出ていきな!!」
「うるせ──」
オリアクスは本心をソラトに伝えようとすると、 誰かの魔法で勢いよく吹き飛ばされ、 近くにあった椅子や机に体をぶつけた。
「グッ!!」
「あら? ずいぶんと賑やかですね。 ソラト、 胸ぐらを掴まれて痛かったでしょう?」
「テンジン様!? どうしてここに…」
「「テンジン様!!」」
靴音を鳴らし、 テンジンがヤーグ達の所までやってくる。
テンジンは構えをとっていた左手をおろす。
ヤーグ達はその場に膝まずくと一部始終を見ていたテンジンがソラトに説き伏せるように呟く。
「せっかく悪魔が来てくれたのだから、 怒ることはダメですよ。 話があるようですから奥の部屋で……三人はそこで待ってなさい」
「「「はい!!」」」
オリアクスはテンジンに案内されるまま着いて行った。
案内された部屋は沢山の薔薇が咲き誇った部屋で薔薇の香りがオリアクスの鼻孔をくすぐる。
白い二人用のテーブルと椅子。 テーブルの上に置かれたティーポットの中身を自分用のカップに注ぐテンジンの姿がそこにあった。
テンジンは一口飲むと声をかけた。
「そこにお座りになって」
テンジンは狐の尻尾を揺らしていた。 白いフードの影で顔は見えないが声色は落ち着いていた。
オリアクスは警戒しながら椅子に座るとテンジンも続いて椅子に座った。
「単刀直入に言う。 オレの親友のマーラーを蘇生させてもらいたい」
「マーラー……ああ。 あの子供の悪魔ですね」
「亡骸は天界にあるのか?」
「ありますよ。 アタシは亡骸を集めるのが趣味なので」
テンジンは目を細めてニッコリと笑う。
その言葉に言葉にオリアクスは引いていた。
テンジンは続ける。
「亡骸の保管室に私と行きましょう。 自分の目で確かめたほうがいいでしょう」
そう言えばテンジンは尻尾を一振りすると赤色の魔法陣が描かれていく。
二人は保管室に飛んだ。
──
地下深くにある保管室についたオリアクスはその場を見渡す。
そこは無数の灯りがある部屋で、 亡骸を保管しているだけあってかなり寒い。
ふと、 オリアクスは近くの台座に保管されている遺体の前に移動する。
棺の顔にあたる場所に透明なガラスがあり外から遺体の顔が確認出来るようになっていた。
「こちらに来なさい」
遠くからテンジンの声が響くとオリアクスは近寄った。
「マーラーはこの子ですね?」
オリアクスがガラス張りの所を確認すると6歳くらいの少女の顔がそこにはあった。
眠ったままの姿で状態はかなりキレイだ。
「間違いない」
──お前が生きていたら一緒にお嬢ちゃんを守れたかもしれないのに…。
そう思っているとテンジンが声をかけた。
「蘇生させる前に、 条件があります。 絶斬を奪い返してきなさい」
「奪い返す?」
その言葉にオリアクスは疑問をもつ。
絶斬はエルザが作った大鎌で魔界の物だとオリアクスは思っていた。
だが、 テンジンは奪い返すと言っていた。
オリアクスは意味が分からなかった。
「絶斬は本来、 天界の物だったとだけ伝えておきましょう」
「……これ以上詳しく教えてもらえなさそうだな」
「アナタは悪魔ですからね。 さぁ、 絶斬の所有者を殺し、 絶斬をここに持ってくると約束なさい。 約束を守ればマーラーを蘇生させましょう」
「………………わかった」
長い沈黙のあとオリアクスはそう言えばテンジンは呟いた。
「跪きなさい」
「……は?」
「マーラーを蘇生させたくないのですか?」
「わかりました。 この身はテンジン様のために」
オリアクスは恐れも何も抱かない表情で答える。
だが、 テンジンにはオリアクスの意志の強さがひしひしと感じられた。
この悪魔なら、 本当に絶斬を奪うことが出来ると思っていた。
「期待していますよオリアクス」
テンジンは不気味な笑みを浮かべ、 舌舐めずりをした。
──これほどまでに意志の強さがあるとは。 やはりマーラー同様、 何かしらの秘めた力はあるようですね。
オリアクスの頭に手を置くと優しくなでる。
「……テンジン様?」
オリアクスが不思議に思い顔をあげるとテンジンは頭から手をおろす。 テンジンはオリアクスの頬を撫でクイっと軽く顎を持ち上げる。
「アナタには粉になるまで働いてもらいます」
「わかりました。 テンジン様」
オリアクスは身も心もテンジンに捧げたのだった。