青い羽根
──天界
「よいですか? レッヒェルンにおいて気高く強き天使よ。 アナタには命を下します」
「美しきテンジン様のお望みとあらば、 なんなりと」
テンジンはベッドで眠っているカウトを横目に目の前にいる黒いフードを被った天使に声をかけた。
「カウトの代わりに絶斬を奪いに行きなさい。 エルザ・ヴォール」
「はっ…!!」
背中から青色の羽根を生やすとヴォールは窓を開けて音速の速さで魔界へ向かった。
その様子をテンジンと一緒に見ていたゴスロリを着た少女。 ハウイエルはその場で祈りを捧げていた。
「ヴォールお兄様。 どうかお気をつけて」
──
羅奈達は休憩室の椅子に座っていた。
そしてエルザは休憩室の奥の部屋にある仕事場に絶斬の修理のために籠っている。
羅奈はラグリスに声をかけた。
「そういえば。カルミオさんはどこに行ったの?」
「郵便配達の仕事が入ったと言って、この塔を出ていったよ」
「そうだったの…大変ね」
「ふむ。なるほど……そういうことか」
エルザが部屋から出てくると羅奈は声をかけた。
「どうだったの?」
「かなり大切に使ってるみたいだな。 これなら10日もあれば終わりそうだ」
「良かった」
羅奈は胸を撫で下ろすとラグリスがエルザに声をかけた。
「チェックしただけで、 何もしていないのかい?」
「そうだ。 とりあえず報告をと思ってな。 今日はこびりついた血を落とす作業から始める」
「せっかくなんだし、 羅奈にやらせてあげたらどうだろう?」
「え、 私が?」
突然の指名に羅奈が驚くとエルザは気にもせずこう言った。
「構わぬぞ。 血を拭くだけだからな。 ダウも手伝ってくれ」
「でも、 エルザ様。 今のこの姿じゃあ」
羅奈の肩に乗っているダウは今の姿では何も出来ないと思っている。
だが、 エルザは違っていた。
「青が拭いたあとの汚れをチェックしてほしい。 そのくらいはできるであろう?」
ダウはエルザが必要としてくれていると思い嬉しかった。
エルザは絶斬を持ってくると机の上に置いた。
ラグリスは濡れた布を羅奈に渡す。
「さぁ、 キレイにしましょうか」
「はい、 羅奈様」
エルザとラグリスは二人の頑張る姿に微笑んでいた。
──
持ち手にこびりついた血は何度かこすると汚れが落ち、 キレイになった。
「これでいいかしら?」
ダウに聞くとトコトコと移動しつつ汚れがないか確認する。
「大丈夫だと私は思います」
「羅奈、 交代だよ。 あとはエルザと僕がやるよ」
「分かったわ」
そう言って羅奈はラグリスと場所を交代し、 血で染まった濡れた布を渡す。
「さて、 あとは仕上げだな」
ラグリスは持ち手を、 エルザは刃を拭きはじめていく。
「…?」
エルザはピタリと手の動きが止まった。
ラグリスも動きを止めてエルザを見る。
「どうしたんだい?」
「……なにか──」
──バリィィン!!
窓ガラスが割れる音が羅奈達の耳に入ってくる。
エルザは音のするほうへ走り出し部屋を出た。
「向こうからだね、 羅奈。 君はここで待っていて」
「でもっ!!」
「絶斬を持っていない君がいても邪魔なだけだよ!」
ラグリスは羅奈にきつく言うとエルザの後を追いかけた。
ダウと一緒に取り残された羅奈は納得がいかない様子でこう呟く。
「血を拭いただけで、 まだ使えるじゃない!! 私も行くわよ!」
「羅奈様。わたしはここに残ります、どうかお気をつけて」
「ダウさん。行ってくるわね」
羅奈は絶斬を両手に持つと走り出した。
現在。 エルザ達は全身をすっぽりと覆うフードを被った男と部屋の中で話していた。
エルザの後ろにはラグリスがいる。
そのフードを被った男は青色の羽根が生えた天使でやや猫背の姿勢がエルザには印象的に映る。
「エルザくん。 ずいぶんと可愛らしい姿になったねぇ」
「私の事を知っているとは、 何者だ」
「忘れたのかぁ? ワタシだよぉ」
その顔は20代前半でクセのあるミディアムヘアーの薄いクリーム色、 紫色の瞳が特徴的だ。
「!?」
エルザは知っている顔だが、 ラグリスは知らなかった。
「誰だい?」
ラグリスは声をかけた。
「青羽根のヴォールだ。 レッヒェルンと言われている7人のメンバーの一人だ」
「レッヒェルン!!」
思うところがあるのか、 ラグリスは青羽根のヴォールを睨み付けこう続けた。
「青羽根。 白羽根の天使を知らないか!!」
「ワタシが教えると思うかぁ?」
ヴォールは舌を出して挑発する。 ラグリスはズボンのポケットからバタフライナイフを取り出すと構えた。
「ラグリス、 落ち着け!!」
エルザは挑発に乗らないようにラグリスに忠告するが無駄に終わった。
ラグリスはバタフライナイフ一本で相手に向かっていく。
「君を倒して情報を聞き出す!!」
「来てみなぁ!!」
ヴォールは手の平から小さな火の魔法を放つ、 ラグリスは左に避けると黒い針を飛ばした。
「これでどうかな!!」
「いくら足掻こうが無駄だ!!」
ヴォールは大量の火の玉をラグリスの周りに飛ばし爆発させた。
ラグリスは反応に遅れ、 爆発に巻き込まれた。
「ラグリスっ!?」
エルザは歯を食い縛ると手の平から光の球体を相手に向かって飛ばす。 青羽根のヴォールはニヤリと笑い球体を避けるとラグリスに向かって高らかに挑発をする。
「もう終わりかぁ!!」
爆風がやむとラグリスは自身の血で形成した背丈以上の銀色の盾で爆発を防いでいた。
ラグリスは盾に軽く触れるとバシャッと赤い血の液体に戻し、 その血を鉄で出来た槍に変化させる。
「ヒヒヒヒ。 なかなか面白い能力だねぇ」
大げさに手をパチパチと叩きラグリスに伝える。
「今のアンタは弱いねぇ、 そんなんじゃあワタシに勝て──」
──グサッ!!
ラグリスは槍を相手の心臓めがけものすごい速さで飛ばすと槍は気を抜いていた天使に 簡単に突き刺さり体に貫通した。
噴き出す血にヴォールは負けを認めて笑みを浮かべていた。
「ゴフっ……ククク、 やる…ねぇ。 最後にいいこと……教えてやる。 白羽根の天使…は…レッヒェルンに…いる…っ……」
天使は大量出血のあまり仰向けに倒れて気絶する。
ラグリスはその様子を複雑な表情で見つめていた。
「じゃあ白羽根の天使を殺せば、 僕にかけられた呪いも……」
エルザが怪訝な顔をしながらラグリスに語りかけた。
「その呪いはいつからかけられたんだ?」
「僕が7歳の時さ」
「そうか」
──ガララ
「ハァハァ……ここかしら?」
「羅奈! どうして君が…」
肩で息をしながら羅奈がスライドドアを開けて入ってくると、 目の前には気絶したヴォールが倒れていた。
「青い羽根の天使!?」
羅奈は絶斬を構えると、あることに気が付いた。
「この天使、絶斬を偽物呼ばわりしていた…」
「何だって?!」
ラグリスは驚き、エルザは話を飲み込めていなかった。
エルザは気になりラグリスに問いかける。
「さっぱり分からぬぞ。説明せよ」
「倒れているコイツが、エルザが作った絶斬を偽物と呼んだのさ」
「許さぬ!! 青よ。首を跳ねてしまえ!!」
「っ……!!」
羅奈は震える手をなんとか抑えると、絶斬を振り上げ勢いよく相手の首を跳ねた。
エルザはその様子を無表情に見つめ、ラグリスは疲れきった様子だ。
羅奈はエルザがこの場にいなければ、ラグリスに首を跳ねることへの恐怖や辛さを話しているところだろう。
羅奈達は血まみれの部屋を後にすると工房へ戻っていった。
──
しばらくして、誰もいない部屋にテンジンが姿を現した。
「ヴォールまでも……。これは早急に策を練らなければ……」
テンジンは狐の尻尾を逆立て思い切り振り下ろした。
すると大きな魔方陣が一瞬にして描かれていく。
「絶対に許しません!!」
仲間を殺され、涙を流すテンジンはヴォールと共に天界へと姿を消した。