本音
「やれやれ、 まだ言ってるのかい……」
ラグリスは重い溜め息を吐くと誘拐犯扱いしている母親が口を開く。
「ここにいる皆でコイツをやっつけるんだよ!!」
母親はどうにかしてラグリスをこらしめたいと思い発言したが、 周りからは呆れている声が複数聞こえた。その中で母親の子供はバカなことはやめよう。 と必死になっていた。
このままでは戦闘になると思ったメモを持つ女悪魔が全員に声をかける。
「お母さん達で避難した者は最後ですので、 これで全員の避難は無事完了ですね。 皆さん。 あとは雨が上がるのを待つだけですよ」
羅奈達は体が濡れており寒さのあまりくしゃみをする。
すると見かねた子供が声をかけてきた。
「母ちゃんを探しに行ってくれてありがとう。 おれ。 お姉ちゃん達に何かお礼をしたい。 ね、 母ちゃん?」
「二人にはあげるけど、 誘拐犯には何もあげないんだから!!」
耳に穴が開くほど誘拐犯と言われたラグリスは内心イラつきながらも悪魔の番人の仕事のため表情を作っていた。
ずっと黙っていたカルミオが口を開いた。
「残念だが。 お礼は受け取れないぞ」
その言葉を聞いた母親は怒りをあらわにした。
「どうして!! アタイの子供がお礼してやるって言ってんのよ!!」
「ラグリスにお礼をやらないと言うのなら、 ボクは受け取るつもりはない」
「ハァ!? 何その態度気に入らない!! もう知らないっ!!…悪魔のアンタが拒否するなら隣にいるお嬢ちゃんも何もあげないんだからね!」
母親は羅奈を指差して怒鳴ると、 羅奈は冷たい声色でこう告げた。
「その子には悪いけど。 アナタがラグリスを誘拐犯扱いする以上、 私もいらないわ」
ごめんね。 と羅奈は母親の子供に謝る。
子供は表面上は気にしていない様子で無邪気な笑顔を羅奈達に見せるのだった。
──数分後
酷かった雨がようやくあがり、 太陽が顔を出した。
悪魔達は家に帰るために歩き出した。
羅奈達は母親と子供に別れを告げ、 エルザが待つ塔へと歩みを進めた。
──
現在、 羅奈達は塔の中の客室に座っていた。
目の前にはエルザが座っている。見習い執事のダウは風呂を沸かしに行っているため姿はない。
「ラグリス。 かなり不機嫌でブサイクな顔をしているがどうかしたのか?」
「エルザ、 ブサイクは余計だよ…!」
ふむ。 とエルザは珍しいものを見るような瞳をラグリスに向けた。
ラグリスは起こった出来事を話すとエルザは頷きながらこう告げた。
「その母親なら性格が悪いと評判だ。 私の所にも武器の注文にやって来たことがあってな。 ひどいクレームを受けたものだ」
「どんなクレームだったんだい?」
「武器の刀身を虹色にしてくれと頼まれた」
「それを断ったらクレームを言われたんだね」
「うむ。 クレームを言った後に顔を真っ赤にして帰っていった」
エルザが大きく頷くと見習い執事のダウが話しかけてきた。
「皆様。 お風呂が沸きました。 どうぞゆっくりとお浸かりになってくださいね」
「ダウさん。ありがとう!」
「やっと温かい風呂に入れる…」
その言葉を聞いた羅奈とカルミオはさっそく風呂へと向かっていく。
ラグリスは二人の背中を見送った。
エルザはラグリスに声をかける。
「ラグリスは風呂に入らないのか?」
「……うん。あの子に会わせてくれないかい?」
「わかった。着いてくるといい」
エルザとラグリスは客室を出て地下室へと降りていく。 奥にある扉を開けるとベッドの上に少女が寝かされていた。
その少女の顔と髪型はラグリスに瓜二つだった。
「熱は引いたがまだ目覚めない。長い夢でも見ているのであろう」
ラグリスはベッドの側にある丸いイスに腰をおろすとベッドの上に寝かされている少女の手を両手で優しく握る。
「そう……かい。いつになったら起きるのだろうね。この子は」
エルザは立ったまま少女のことを見下ろしこう呟いた。
「私にはその者が目覚めることを拒否しているように思うのだが……」
「……あんなことがあったんだ。 現実を見たくないんだろうね」
「……汝に聞きたい。天使が憎いか?」
「当たり前さ。あんな酷いことをされたんだからね」
「……そうだったな。しばらく二人でゆっくりしておくといい」
「ああ、わかったよ」
それを聞くとエルザは部屋を出ていった。
ラグリスは少女の頭を優しく撫でながらこう言った。
「早く起きてくれないと羅奈に会わせてあげないよ? 悪魔を見ても差別しないんだ。 変わってるだろう?」
ラグリスは少女の名前を呼び、 こう続ける。
「ユリィが目覚めたらお友達が沢山待ってるよ。 オリアクスとカルミオという名前の悪魔もいるんだ。 僕達と同じ双子さ」
ラグリスが優しく語りかけていると、 ドアがガチャリと開く。
「ラグリス。 青にユリィを会わせるのか?」
ラグリスは少し考えたあと頷きながらこう答える。
「そうだね。 連れてきてくれよ」
「では待っていろ」
ーーガチャリ
再びドアが開くと羅奈が立っていた。
その格好は頭にタオルを巻き、部屋着としてゆったりとした黒のワンピースを着ていた。
羅奈が歩いて座っているラグリスの前までやってきた。
「エルザさんにここに来るように言われたのだけれど、 その子は誰かしら?」
ラグリスは苦しそうな笑みを羅奈に見せる。
「双子の妹だよ。 今は眠ったまま起きないけどね」
「どうして?」
「天使に呪いをかけられたんだよ。 それで目が覚めなくて……。 あとは、 えっと……ーーっ」
それを聞いた羅奈はラグリスが無理をしていると感じていた。
一方のラグリスは無理をしているのではなくずっと羅奈に言い出せないことがあり言葉を詰まらせていただけだ。
ラグリスはずっと後悔していた。
──僕が無理矢理連れてきたから羅奈はここにいる……。
ラグリスは涙を浮かべていた。
「……大丈夫。私がついてるわ」
羅奈は座ったままのラグリスを優しく抱き締めた。
──やっぱり、怒ってるよね。生き返るためには天使を殺さないといけないんだし。
ラグリスの胸には後悔が込み上げてくる。
「……僕、ずっと頑張らないとって思っていたんだ。だって僕にしか妹は守ってやれないからね。君を絶斬の所有者にしてしまって本当にすまないと思っている。僕が声をかけたせいで羅奈は天国に行けなくて……。僕と出会わなかったほうが良かったと思っーー」
「私はアナタと出会えて良かったと思っているわ。生き返るチャンスをくれたんですもの。だからもう我慢せず泣きなさい」
「羅奈。教えておくね。生き返るには堕天使を殺すしかない」
──本当にごめんよ、羅奈。
「そう……なのね。でも私は自分の意思で悪魔側についたのよ。どんなことをしてでも私は生き返るわ」
ポンポンと羅奈は優しくラグリスの背中を叩く。その優しさに申し訳ないと思ったラグリスは羅奈の胸の中で大粒の涙を流し、声を上げたのだった。