静寂
羅奈の目に映ったのはラグリスとダウの姿だ。 二人とも向かい合わせになって白い布を広げていた。
それを先に見ていたエルザが声をかける。
「二人ともどうしたのだ?」
「あ、 エルザ様。 おはようございます」
「ああ」
ダウが一礼をするとラグリスがエルザに話しかけてきた。
「敵を殺したと思ったら逃げられてこの白い布だけが残ったんだよ」
エルザは面倒なことになったと言いたげな表情を見せつつ提案する。
「では、 ライオンに匂いを嗅がせて探してもらえ。 さすれば見つかるだろう」
ラグリスはエルザが適当な返事をしていると思っていた、 時を同じくしてダウが呼んだライオンが遠くから走ってくる。
「ダウ。 あとはお前に任せた」
「はいっ!!」
ダウはその場をライオンと後にするとエルザはその場に座り込むのだった。
ラグリスは暇そうにしている羅奈に話しかける。
「羅奈。 エルザとは話したのかい?」
「ええ。 私が苦手とするタイプではなかったわね」
「よかった。 部屋の中で何かあったのかい? 僕には君の顔色が悪く見えるんだけど…」
「実は――」
羅奈はエルザが侵入してきた天使を殺した事を話す。
「エルザなら間違いなく殺すだろうね」
「…もし、 ラグリスだったらエルザさんと同じで天使を殺したの?」
「僕はすぐに殺さないよ。 相手に敵意や殺意があれば躊躇うことなく殺るけどね」
「……そう。 敵意すら出してなかった相手をすぐに殺したからビックリしたわよ」
ラグリスはそれを聞いてしばらくの沈黙の後にこう呟いた。
「敵意がないってことはなんだったんだろう?」
「私に聞かれても困るわ……。天使じゃないの?」
「天使が全員、絶斬を狙っているわけではないんだ。 とりあえず今はゆっくり体を休めようか」
ラグリスは励ますように羅奈の肩を軽く数回叩いた。
「実を言うと、 昔の僕はエルザが苦手だったからすぐに側から離れたのさ」
「昔はエルザさんに仕えていたの?」
「違うよ。 僕とエルザの両親が仲がよくてその時に遊んだことがあるんだ。 その時はオリアクスも――そういえば随分と遅いなぁ」
「オリアクスさん。 怪我してないといいのだけれど…」
あれから30分程経つが、 オリアクスは戻ってこない。 ラグリスはオリアクスの魔法を知っている。 だから勝つと信じてた――。
月明かりが塔を照らす中、 オリアクスは目の前を羽ばたく青い小鳥を追いかけ息を切らしながら走っていた。
「おい小鳥!! 敵の気配がしないぞ!!」
「ピィ!! オレッちをしんじろ!!」
青い小鳥は小さな羽を小刻みに動かし飛ぶ速度を上げるも何かの気配に気付きその場でピタリと止まった。
後から着いてきたオリアクスは疲れたのかその場に座りこむ。
「急に止まるなよ…!!」
「ピィっ!! てきのけはいがする!!」
「………ん?」
小鳥は大声でそう言うがオリアクスは違和感を感じていた。
「この気配は天使か。ダメだ、どこにいるのかも分からねぇ」
「ピピ。オレッちはてんしのこときらい。てんじんさまなんてくたばればいい…!」
「おかしいな。 青い小鳥の記憶は消したハズ…。 情報だけ聞き出して、 今度は完全に記憶を失わせるか。 にしても天使が天使を嫌いってどういうことだよ」
「それはあとではなす」
オリアクスはこのまま先に進むことは危険だと感じ青い小鳥に声をかける。
「…予定変更だ。 おい小鳥、 いったんお嬢ちゃん達と合流するぜ。 そのナントカって奴の事は皆の前で話せよな」
「ピィピィ!! てんしたちをねだやしにするならオレッちはおまえたちにはなす!!」
「お前が天使を嫌いなのはよく分かったからあまり大声で騒ぐな!! この気配はどこからくるか、 まだ分かったわけじゃねーんだからな」
「ピィっ!! オレッちつかれたから、おまえのアタマのうえにのる」
青い小鳥はオリアクスに自分の体を預けるかのようにその場所を独占するもオリアクス本人は不服な顔をする。
「――ぅぉ!!」
急に大きな影がオリアクスを横切る、 すると見覚えのある声が耳に聴こえてきた。
「オリアクスさまっ!! ご無事でしたか」
「お前はエルザのところの小さい執事か!!」
その声はダウだった。 燕尾服を靡かせながらオリアクスの元へ駆け寄る。
「エルザ様はもう目覚めて、 今は皆さんと合流しています。 オリアクス様はこの先へお進みください。 そうすれば皆さんが貴方をお待ちしております」
「小さい執事。 この場所は敵の気配がするようだから気を付けろよ」
「お気遣い感謝します。 さぁ、 早く皆さんの所へ向かってください」
オリアクスはその場を全速力で走り去っていく。 だんだんと小さくなる背中を見送るとダウは目の前を走るライオンと共に敵を探すのだった――。
「これは。 敵の気配が完全に消えてしまいましたね。 エルザ様に報告しないと」
ダウはライオンを指笛で呼ぶと、 来た道を戻っていった。
――しばらくしてオリアクスは羅奈達と合流した。 羅奈はエルザに状況を説明すると、 今晩は部屋の一室を借してもらい一夜を過ごすこととなった。
案内された部屋は広く羅奈達はそれぞれ好きな場所に座る。
すでに食事と風呂は済ませており、あとは眠りにつくだけだった。
――ギィィ
ドアが開いた先にいたのはエルザだった。傍には帰ってきたダウが控えている。 よく見ると紙を手にしており内容を伝えるためエルザの口が開く。
「どうやら警備を固めたお陰で天使達は引き返したようだ。門の中入ってきた者共は悪魔が蹴散らし重傷を負わせたようだ。しばらくは姿を見せぬことだろう」
その報告に羅奈達は安堵の息を吐くとラグリスが話をはじめた。
「羅奈が絶斬の所有者だって事を悪魔達に伝えたいから食事会を開こうよ」
すると黙って聞いていたオリアクスがラグリスの顔を見ながらこう言った。
「悪魔を呼ぶと言っても。その隙にまた天使がやって来たらどうするんだ? 体がデカイ悪魔に門番の仕事をやってもらうのかよ?」
「交代制で悪魔達が門番の仕事をすればいいじゃないか。あと、大きな悪魔は呼ばないよ。狂暴すぎて僕達の手に負えないからね」
それを聞いたエルザはこう呟いた。
「私は構わぬぞ。だが招待する人数はダウと私が決める。ラグリス、異論はないな?」
「うん。 エルザが決めるなら悪魔達も反対はしないだろうしね」
「……」
それを聞いたエルザは何も言わずダウと共にドアを閉め戻っていった。
しばらくの沈黙のあとに羅奈はポツリと呟く。
「それにしてもどうして天使が魔界に攻めてきたのかしら…?」
それを聞いたオリアクスは何かを思い出したのか羅奈の前に椅子を移動させそこに座ると話始めた。
「お嬢ちゃん。 どうやら狙いはエルザのようだぜ」
「それはラグリスも言っていたわ。 でも私は一度、絶斬を取られたのよ。エルザさんが相手を殺してくれたから取り返せたけれど」
「そうだったのか」
「エルザさんって何をしている悪魔なの?」
オリアクスはその言葉を聞くと短い沈黙のあと呟いた。
「確か、エルザは武器職人だと思うぜ。剣やナイフを作ってそれを売っているみたいだな」
「そうなのね。天使が来たり絶斬をとられたりで今日は散々だったわ」
羅奈は肩をトントンと叩く。
「気になっていたんだけど、オリアクスさんの頭の上に乗ってる鳥はペットかしら?」
「違うぜ。オレが魔法を使って敵を変化させたんだ。オレの支配下にあるから反抗できないんだぜ」
オリアクスは幼い子供のように無邪気に笑う。 羅奈はその姿に引いていた。
「ピイピイ。てんじんをたおせ。てんじんはくたばるべきだ」
急に小鳥が羅奈に話しかけてきた。
「一度だけ名前は聞いたことあるわ。なぜ倒さないといけないの?」
「ピィ! てんしたちをむりやりたたかわせているからだ。へいわにくらしているてんしがおおぜいいるのに、てんじんはむさべつにえらび、ぜつきをうばってこいとめいれいする」
「無理矢理だなんて酷すぎるわ。でも全ての天使が絶斬を奪おうとしてるわけではないのね」
「ピィ。ほとんどのてんしはへいわにくらせればいいとおもっているが、ぜつきがてんかいにないと、てんかいがほうかいしていく」
「だから絶斬を天界に戻そうとしているのね。事情は分かったけど、 もう一本、絶斬を作れないの?」
「二度と同じ物は作れないと言われてるぜ。魔界にもとても必要な物だ。なぜなら、絶斬がないと魔界を襲う大災害に見舞われてしまう。いわば楔の役目とエルザが言ってたな」
「ピィ!? まかいもほろぶのか? じゃあてんかいはどうなる?」
「滅ぶのを待つだけだな」
小鳥は納得がいかない表情を見せるとオリアクスが小鳥の頭を指で挟む。
用済みになった小鳥の記憶を消去しているのだ。
小鳥は目をつぶったまま動かないので 羅奈とラグリスは寝ていると思っていた。
「しばらくオレは門番の仕事につくからお嬢ちゃんとラグリスは休める時に休んどけよ」
「ありがとうオリアクスさん。おやすみなさい」
羅奈は部屋にあるベッドに入る
「ああ。おやすみ」
羅奈は布団をかけるとすぐに寝息をたてていた。