ダウという名の少年
オリアクスと羅奈は塔の入り口の大扉の前に辿り着いた。
羅奈はふと上を見上げると灯りがついていることに気が付く。
「エルザさん居るかしら?」
「お嬢ちゃんは、エルザとは初対面だったな」
「ええ。どんな悪魔なのかしらね」
「変わった悪魔だぜ」
「魔界が大変なことになる前にエルザさんに会いましょう」
羅奈は不安を含んだ声で言うと、重い音を響かせ扉が開かれた。
「皆様。お待ちしておりました」
中から出てきたのは大人びた雰囲気の10代前半の少年だ。
首筋まである薄い金髪と緑色の大きな瞳が特徴的で子供用の燕尾服を着ており、 外見は人間の男の子に見える。
羅奈は突然の出来ごとに戸惑いを隠せないのに対し、オリアクスはあらかじめ予想していたように口を開いた。
「緊急事態だ。だから上に登らせてくれよ」
「分かりました。エルザ様にはお会いになられますか?」
「もちろんだ。おい少年、エルザの容態は?」
オリアクスの問いかけに少年は淡々と告げる。
「大分よくなられましたよ。ですが今はお眠りになっているご様子……。いつ起きるか分かりませんね」
「もし、オレ達が会いたいと言ったらどうするんだ?」
「私がエルザ様を叩き起こします」
「おいおい…」
「…さぁ、立ち話もなんですから中へとご案内いたします」
そう言って少年は振り返ると急ぐように歩く。
羅奈達は不思議に思いながらついていった。
いくつもの燭台のロウソクには灯りがついており少し不気味な雰囲気の中進んでいく、会話はなく足音が響きわたるだけだ。
羅奈達の前を歩く少年は左を向き、立ち止まるとポケットから鍵を出して開けた。
「中へどうぞ。お好きな場所へお座りください」
そこは大きな丸いテーブルに椅子が四つ並べられていた。
テーブルの上には白いクロスがかけられており皿とナイフとフォークが置いてある。
羅奈とオリアクスは立ったまま呆然としている。
オリアクスは案内された意図が分からず語尾を強めながら言った。
「少年。オレ達は食事をしに来たわけじゃねぇ!! エルザに会いに来たんだ!!」
「エルザ様が眠っている時はこの場所にてお待ちしてもらうよう言われております。料理は召し上がらないと仰いますなら、お出しはしません」
「…あの、早くエルザさんに会わせてほしいのよね」
羅奈は申し訳なさそうに呟くも少年は淡々と告げるだけだ。
「とりあえず、そこにお座りくだ──」
──ドンドンドン!!
突然出入口の扉を叩く音が羅奈達の耳に入ってくる。
少年は急いで様子を見に行った。
しばらくすると男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「エルザを出せって言ってんだよ!!クソガキが!!」
少年が慌てて止めようとするも男は突き飛ばし中へと入っていく。
「おいエルザ!! 居るんだろ!」
声は大きく響き渡り羅奈達の方へ近づいてくる。
「お嬢ちゃん、テーブルの下に隠れてな」
「う、うん」
オリアクスはテーブルクロスの中に羅奈を隠すと目の前の椅子に座る。
──バンッ
乱暴に開かれた扉はオリアクス達がいる部屋だった。
男はブツブツ言いながらエルザを探している。
オリアクスは気をひくため男に声をかけた。
「アンタもエルザに用なのか?」
「ああ」
「エルザなら、今は寝てるぜ」
「なら、叩き起こすまでだ!!」
男は怒りを露に叫ぶと扉を勢いよく閉め再び探しに行った。
「ふぅー……。アイツに殺されてもしらねぇぞ」
オリアクスは呆れた顔で言うとテーブルを3回叩く。
羅奈は机の下から出てくると不満そうな顔で声を発した。
「うるさい人だわ。 ここは自分の家ではないのよ?」
「ハハハ。 同感だ」
「今の人、魔界に侵入してきた天使かしら?」
「ラグリスが来ない以上は違うだろ。それにアイツの気配は人間だ。エルザに会いに来るやつはチンピラばかりだからな」
「……そう」
──
今、部屋の外には二人の足音が響いている。
男の走る音と少年が追いかける音だ。
男は片っ端からドアを無理矢理抉じ開けエルザを探している。
「お待ちください!! エルザ様はお休みになっているのですよ!!?」
少年が怒りを露にし、行動を静止させようと走ってきた。
「失せろクソガキ!!」
そう言って男は振り向くと近づいてきた少年を蹴り飛ばした。
「ゲホっ…!!」
その場にしりもちをついた少年は、苦しさのあまり腹を押えていると男は少年に殴りかかろうとした──
──ザシュ!!
「ァ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
男の右腕から大量の血が吹き出す。
痛みのあまり絶叫しボタボタと床を真っ赤に汚していく。
少年は何が起こったのか理解できずただ自分の目の前に現れた人影をみることしかできなかった。
「大丈夫かい? ダウ」
振り向いたその人物は少年ーーダウがよく知っている存在だ。
「ラグリス様!!」
ダウはパァっと花が開いたように満面の笑みを浮かべた。
ラグリスは血がついたナイフを片手に微笑みを返すと右腕を押さえてる男にキツく言い放つ。
「僕は用がないならすぐに帰れと言ったよ!! 君は人間なんだから、これ以上魔界を荒らさないでくれ!! 君の行動のせいで、エルザに用事のある人間が魔界に来れなくなったらどうするんだ!!」
「…………っ!!」
右腕を押さえたまま男は何も言わずラグリスを睨み付けている。
男の目的は絶斬を探すこと。それにはエルザと会い絶斬を引き渡してもらわねばならない。
だからエルザに会わないといけないのだ。
「俺は絶斬の情報が必要だ。だから、それを作ったエルザに会わせろ!!」
男がそう怒鳴った瞬間──男の首が何者かに跳ねられ床へと転がるのをダウとラグリスは緊張した様子で見ていた。
「どうやらエルザは相当機嫌が悪いようだね。魔法を使ってすぐに殺さなくてもいいのにさ」
ラグリスは納得がいかない様子だが、ダウの反応は違っていた。
「エルザ様は絶斬の情報を男に渡しても、悪事に利用される可能性が高いだろうと言っておられました。あの男はエルザ様に理不尽な注文を言っていたので、殺されてスッキリしました」
──コツコツコツ
一つの足音がラグリス達の耳に入ってくる。
「ラグリス、お前も来てたのか!!」
オリアクスはこれまでに起こった出来事を知らず歩いてやって来た。
「オリアクス。メモを残してくれて助かったよ」
「お前が来てることをお嬢ちゃんに言ってくるぜ」
「羅奈にはもう少し待ってもらえるように伝えてくれよ? さすがに生首が転がっているからね。刺激が強す──」
オリアクスとラグリスが話をしている中、ダウは黙々と死体を運びだし片付けている。
「さすがはエルザ様だ。綺麗に首をはねてくれたおかげで片付けがとても楽です」
この塔に住んでいる主──ダウはエルザの事を誇りに思っていた。
「キャアアアア!!」
突然、高い女の悲鳴が辺りに響き渡る。
それまでの空気が一変し全員に緊張が走った。
「まさか…羅奈!!」
「おいラグリス!!」
ラグリスはようやく声の主に気が付いたようで慌てて走って行った──