叫び
「グッ!!」
ラグリスの顔が苦痛の表情に歪む。
血が一滴、また一滴と地面に落ちていく。
「さっさと絶斬をよこせ!!」
「ヒっ──!!」
男が痺れをきらし怒鳴り声をあげるが、羅奈はとても怖がっている。
「羅奈!! それを渡してはダメだ! 元の場所に戻れなくなってしまう!!」
ラグリスの頭では羅奈と出会い、丁寧に説明してから絶斬を渡そうと考えていた。
だが、予想外の結果になってしまったことに怒りを覚えている。
「余計なこと喋るんじゃねぇ!!」
ラグリスの怒りも知らずに男がそう言うと地面に向かってラグリスを突き飛ばした。
「うわ!!」
ラグリスは勢いよく地面に倒れ込んだ。
「これ以上余計なことを言われると困るからな」
そう言って男はラグリスに近づくと、手に持ったナイフを胸に向かって振りかざしした。
「ラグリス!! 危ない!!」
羅奈が必死に声を絞りだし、ラグリスに危機を知らせようとする。が、ラグリスは慣れているかのようにすぐに立ち上がると首から流れている血を指に付けた。
「死んでくれよ」
そう言って、男の首に向かって何かを飛ばす。
――グサッ!!
鋭く小さな音がする。それは男の喉元の方から聞こえた。
「っ…!!」
その音の正体は、男の喉元に鋭く黒い針が刺さった音だった。
「ぁ…がっ!!」
「君が余計な指示をしたせいで……羅奈がスゴくかわいそう」
男はもがき苦しむとその場に倒れ、数秒も経たないうちに指一本動かなくなった。
倒れたのを確認するとラグリスは男の顔面を踏みつける。
憎しみを込めるように、何度も何度も踏みつけた。
「キャっ!!」
羅奈は異常な光景に目を背けラグリスから逃げようと走りだす。
「どこに行くつもりだい?」
ラグリスは冷たく言うと素早く羅奈の手を握り、自分の方へと倒すと羅奈を引きずるようにして歩きだす。
ズルズルと引きずられていく体に痛みがはしり摩擦により背中が痛みを訴える。
「は、離してよ!!」
羅奈は困惑しながらも本気の力で手を振り払う。すると目の前に男のピクリとも動かない死体がソコあった。その事実に羅奈は全身を震わせた。
「ホラ、急がないと日が暮れちゃうよ? あと絶斬は自分で持つんだ。逃げるそぶりを見せたら……許さないからね?」
ラグリスの冷たい声に羅奈は恐怖のあまり何も言えず、黙って着いていった。
(早く……隙を見つけて逃げ出さないと!!)
見知らぬ他人、見知らぬ世界。そして人が目の前で死ぬ恐怖。
羅奈は生き返る話よりも今はラグリスから逃げることで頭がいっぱいになっていた。
その考えを読んだのか、ラグリスが不気味な笑みを浮かべながら羅奈にこう告げる。
「もし君が逃げる素振りを見せたら生き返ることはできないし、この世界に閉じ込められてしまうから気を付けて? そうなってしまったのは君が絶斬を手にしたからだよ」
ラグリスは羅奈が悪いのだと決めつけた。これには羅奈も黙るつもりはなく反論する。
「そんな!! だって、あれは持ちたくて持ったわけじゃ…!! それに私はアナタを助けるために従ったのよ?」
「僕は助けを乞いたつもりはないよ? どうやら君が善意で起こした行動が裏目に出てしまったようだね」
「そんな……私は!!」
「この場所は敵が多いんだ。君のことは僕が守るから、早くここから移動するよ」
ラグリスは羅奈の手を離すまいと力強く握りその場を後にするのだった。
――2時間後
あれから休むことなく歩き続け、森の中を抜けた羅奈達は崖の上に出た。 歩いていた途中でラグリスに掴まれたままだった羅奈の手はすでにほどかれている。
「うわ…高いね〜」
ラグリスが驚きながら崖下を覗くと、突然クルリと振り向き後ろにいる羅奈に手を差し出した。
「ぇ…?」
戸惑いを隠せない羅奈は殺されることに怯え、訳も分からず差し出された手を握る。
「じゃあ、行こうか」
ラグリスは羅奈の手を力強く握ると躊躇いもなく崖下に飛び降りた。
「いやぁぁぁぁ!!」
羅奈の高い声が辺りに響き渡る、ラグリスはその声に片手で耳を塞いでいた。
「アハハっ!!君はうるさいけど面白い子だ!」
羅奈とラグリスは宙に投げ出されたまましばらく落ち続けると羅奈の体はラグリスに抱えられ、崖を滑り落ちると無事着地した。
「もう少しで着くよ」
ラグリスがそう言うと羅奈を地面におろし足早に歩き出した。
「アナタ一体何者なの?」
羅奈が慌てた様子で走って追い付く。
「僕は人間だけど?」
ラグリスは疑問を含ませた声で答える。 羅奈に見せた涼しい顔は何かを隠しているようにも見えた。
「…ッ!!」
突然、羅奈がガクッとその場に膝をついた。
「貧血?情けないなぁ」
そう言いながらラグリスが羅奈の傍に行くとあることに気がついた。
(なに?! 急に…頭痛が…!)
ラグリスに悟られないようにするが、徐々に羅奈は考えることすら不可能な状態にまでなってしまった。
ラグリスは心配した様子で羅奈の側にいるが、羅奈には側にいられることが恐怖になっていた。
ラグリスは絶斬を睨むかのように注意深く見つめている。
よくみると羅奈が手にしている絶斬から弧を描くように白い煙が出ていたのだ。
「羅奈…何か身体に異変は感じないかい?」
ラグリスは内心驚きながらも冷静を装っていた。
「頭が痛む…だけよ」
羅奈は息を荒くしながら答える。
『コロセ…早ク…』
どこからか聞こえる高い少女の声。
その声は憎しみが込められているようにも聞こえた。
「誰…、誰なの!?」
羅奈は突然聞こえた声に驚き、頭を抑えながら立ち上がると空を見上げながら声の主に問いかける。
『…それ…せ』
その声は途切れ途切れで何が言いたいのか全く分からない。
「……羅奈?」
ラグリスは怪訝な顔をして羅奈を見つめていた。
羅奈はしばらくの間返事を待ったが何も聞こえてはこなかった、それどころかあれほど痛かった頭がなんともなくなっていた。
「今のはなんだったのよ」
息を荒くさせながら急にラグリスのほうに顔を向けると、少しの間が空きラグリスの返答が返ってきた。
「その…君が絶斬を持ってるからだよ」
たどたどしく答えるラグリスの声を聞くと羅奈は自分の手に握られている絶斬を見つめる。
「この絶斬って一体何なの?」
羅奈が気になり聞いてくる。
(生き返るのが難しくなるってどういう意味なのかしら…?)
羅奈は前に言われた言葉を思い出していた。
しばらくの間、 黙っていたラグリスはあまり言いたくなさそうに口を開く。
「それは呪われた大鎌なんだ。君にとってはかなり酷なことだよ」
その返答に羅奈は言葉を失った。
「呪いを解くために僕がいるんだけどね…」
ラグリスは意味深な発言をすると薄く笑みを浮かべ、羅奈を見つめる。
「じゃあ…生き返るの為にはどうすればいいのよ?」
「呪いを解くしかないね、でもどう解くかは知らないよ」
まるで羅奈の反応を楽しむかのようにラグリスはそう言うと羅奈の目の前を歩いていった…。
(しばらくはこの人と一緒にいるしかないわね、とにかく一人で行動するのは危険すぎるわ。安全な所に着いたらもっと詳しく話を聞かせてもらうしかないわね)
羅奈は前向きに考えながらも足取りを重くさせながらラグリスに着いていくのだった。
(これが夢でありますように)
事故で死んだ自分に言った所で虚しさがやってくるだけというのを知りつつそう思うしかない羅奈であった。