男は溜め息をついた
「ククッ……くしゅん!!」
彼は手にしていた古びた本を閉じ、呟いた。
「今回の絶斬の所有者はずいぶんと危なっかしいな。その無謀な行動は見ていると背筋が冷える……さて、次の章の本を取りに行くか」
男は書庫へ戻ろうと一歩踏み出した。その瞬間、背後から静かな声が響いた。
「エルザ様。まもなく魔界に到着するようです」
振り返ると、そこには燕尾服に身を包んだ華奢な少年が立っていた。薄いクリーム色の髪が風に揺れる、少年の名は知れず、ただエルザに仕える者としてそこにいた。
「そうか……やっとか。オリアクスくんがちゃんと連れてきたようだな」
エルザは低い声で応じ。少年の顔を見据えた。
「待つ間に本の続きを読みたいのだが」
我慢しきれないといった声色でエルザが言うと、少年は困ったような、しかしどこか冷ややかな笑みを浮かべた。
「無理ですよエルザ様。もうアナタはお休みの時間です。せっかく微熱までが下がったのに、こんな冷たい外に長居するなんて……。もし熱が上がってしまったら寝るだけの生活になりますよ」
「むぅ。残念だ」
エルザの声にはわずかに苛立ちが滲むが、少年は動じず寝室の鍵を手に持つと軽やかに振り返り、手招きした。
「さぁ、早くベッドに戻りましょう。私にとってエルザ様の健康は何よりも大切です」
「皆まで言うな。それくらい理解している」
螺旋階段を降りた後書庫を抜け、さらに部屋を出て寝室へと続く廊下は冷たく、エルザと少年の足音が反響する。
「着きました。さぁ、中へどうぞ。何かありましたら伝えに来ます」
──ギィ
寝室の扉が開くと、冷ややかな空気がエルザを包んだ。部屋は殺風景で、ベッド一つと、窓から差し込む薄い月光だけがその空間を満たしていた。
エルザは靴を脱ぎ、横向きに寝ると分厚い布団に身にかけた。布団の冷たさが熱がある体に染みる。腰にある長い尻尾を自分の身体に巻き付けるようにすると、その体温で暖かくなった。
「アイツが訪ねてくるまで、眠るとしよう……」
そうしてエルザは眠りについた。少年はそれを確認し静かに扉を閉めた。