ラグリスの性別
──バサッバサッ…
カウトは夜の大空を猛スピードでとんでいた。
「っ!! 雨か…」
カウトの額に雨粒が当たり頬をつたう。
数秒後、激しい雷雨となりカウトの全身に叩きつけられるように当たる。
──ゴロゴロ
「あともう少しだけ飛んだら休憩するか……」
そう思った矢先、突然辺りが光に包まれる。どうやらかなり近くに雷が落ちたようだ。
いよいよ危なくなってきたことをカウトが理解した瞬間、次の落雷が左羽根に向かって落ちた。
「グァッ!!」
左羽根から炎があがり一瞬でカウトの全身を包み込む。
慌てて羽根を体の中にしまうと地面に吸い込まれるように落ちていった――。
──その頃
無事にホテルについたラグリスと羅奈は部屋のドアを開け中に入る。 すると電気が付いてることに気がつく。
二人の目の前にはオリアクスが腕を組みながら椅子に腰かけていた。
何故か分からないが表情は不機嫌だ。
「お嬢ちゃん逹は随分と遅かったな……心配したんだぜ」
「オリアクス、僕等は天使と戦っていたんだ。君なら遅くなる理由が分かるだろう?」
「お前達は戦わなくていいから、天使殺しならオレに任せろ。…ん?」
オリアクスは羅奈の様子がおかしいことに気が付き声をかけた。
「お嬢ちゃん、体を震わせてどうしたんだ?」
「天使を殺した光景を思いだしていたの。あともう一人の強い天使と一人で戦ってる時にフィリアという子が助けてくれたけど、味方かどうかわからないし……」
オリアクスがその名前を聞いて確信したのか羅奈にこう告げた
「今、フィリアは絶斬と共にあるのか。だからエルザの奴、所有者が戦えなくてもフィリアが殺すと言っていたんだな……」
「オリアクスさん。どういうこと? 絶斬ってやっぱり呪われてるの?」
「エルザが絶斬を作ったんだぜ? 呪いなんてのは人間達が好き勝手に言ってることだ。気にしないほうがいい。フィリアのことだが、絶対に敵にならない。だから安心していいぜ」
「なら安心ね。……今日は眠れそうにないわね。寝たら悪夢を見そうだわ」
それを聞いたラグリスが落ち着かせようとする。
「羅奈、君は怖がる事はないんだよ。オリアクス、羅奈に夢を見せる魔法をかけてあげて」
オリアクスは羅奈を抱きかかえるとベッドの上に寝かす。
羅奈は不安な表情でオリアクスを見つめた。
「お嬢ちゃん。今からいい夢を見せてやろう。誰か会いたい人はいるか?」
オリアクスに急に言われて羅奈は困った反応を見せる。しばらくの沈黙の後に羅奈はこう答えた。
「家族といる夢を見たいわ…。ケンカしたまま家を飛び出してしまったから…」
羅奈はオリアクスに死んだ存在と思われないために嘘をつく。オリアクスはそれに気がつくことなく自分の手の平を羅奈の額に当てた。
「ゆっくりと目を閉じてくれ……」
「うん」
オリアクスの手は淡い薄紫色に包まれる。すると、羅奈は全身がポカポカと暖まっていくような気がした。
冷えた体には心地よくすぐに眠りについた。
オリアクスは空いているベッドの布団を自分の体に羽織り、椅子に座ると安堵の息を吐いた。
「ふぅ…成功したみたいだな」
「ありがとう、オリアクス」
「ああ。……天使と戦うのはお嬢ちゃんにはしんどいみたいだな」
「戦いに慣れてないのもあるけれど一人で戦う力はあるようだよ、でも殺すには首をはねるしか方法がないからね。天使も強くなってきてるし僕だけではキツいよ。羅奈は戦う気持ちも殺す気持ちもあるみたいだけど、精神的に耐えられないみたい。あと、戦闘経験が少なすぎるよ……」
ラグリスは溜め息を吐くと自分の肩を叩く。
「お嬢ちゃんは人間だし、今まで戦いとは無縁で、他の人間と同じように天使を崇拝してきたんだろ。それが急に天使達に命を狙われ本気で殺されようとしてる……。気持ちがしんどくなるのも無理はないぜ。とにかく、魔界に行ったらエルザと悪魔達に相談するか…。お嬢ちゃんの事を認めてくれるといいんだがな」
「大丈夫さ。僕は人間だけど最後は悪魔達が認めてくれたじゃないか」
「実際は大変だったんだぜ。ラグリスは知らないだろうが、最終的に悪魔達がお前を認めたのは魔王カルマ様が全ての悪魔を集め、人間と共に共存せよと告げたからだ」
「そうだったんだ……。カルマ様に感謝だね。魔界にいる全ての悪魔が僕を認めてくれたのかい?」
「さすがにそこまでは……。だが、人間が魔界を歩いても襲われないくらいにはなったハズだぜ」
「じゃあ羅奈を連れて行っても大丈夫そうだね。魔界に着いたらやることが沢山あるね」
「そうだな。熱があるエルザの看病とお嬢ちゃんの紹介と天使のこと…。せめてエルザの熱が早く下がればいいんだが……」
「後のことは魔界に着いてから考えようよ。僕は汗をかいたからお風呂に入ってくるよ」
「お前。熱があるんだろ? 休んどけよ」
「大丈夫さ。熱は少しマシになったからね」
ラグリスは脱衣場のドアを開けると入っていった。
オリアクスはそれを確認すると眠っているカルミオに自分が羽織っていた布団をかけてやりその場に座ってラグリスが出てくるのを待っていた。
──
ラグリスは湯に足をつけゆっくりと全身を浸からせる。
「ゲホっ!! っ――くしゅっ…!!」
やや大きくくしゃみをすると声が反響した。
ラグリスは足を組み壁にもたれかかる。
「うーん…。 ここらへんの傷が痛むや…オリアクスに相談してみよう」
そう言いながら上半身の傷をさすると浴槽から上がり、 体と頭を洗った。
「ふぅ……ん?」
ラグリスは鏡に映る自分の姿に違和感を覚えた。
「ああ…なんだ。 今日は逆の性別か…。全くややこしいなぁ」
ラグリスは苦笑しながらシャワーのお湯で体を流すとその場で立ち上がった。
「ふむ。やっぱりまじまじと見つめてしまうなぁ」
そう言ってラグリスは自分の胸をペタペタと触る。
「ハァ。 …いつになったら呪いが解けるんだろう」
ため息を吐き少し寂しげな表情をすると風呂場から出て脱衣場に向かった。
──
今、 羅奈は夢の中にいる。
羅奈が見ている光景は病室のベッドの上で右足だけを伸ばした状態で座っており、目の前には病院食が置いてある。
左足首にはギプスが巻かれていた。
「無理して全部食べなくてもいいから、とりあえず手をつけたら?」
羅奈は聞きなれた声に反応して左を向き思わず口が動いた。
「理緒お姉ちゃん」
「羅奈。好き嫌いしちゃダメよ」
羅奈に姉と呼ばれた女は心配する表情を見せると言い聞かせるように語りかけた。
「一口でも食べて」
姉は椅子に座ったまま羅奈を優しい眼差しで見ている。
「わかったわ。いただきます」
羅奈は箸を持つとご飯を食べ始めた。
皿に盛り付けてあるオカズを半分ほど食べた後に羅奈は一人言のように呟いた。
「そういえば……ママは来ていないの?」
「ママは仕事終わりにお見舞いに来ると連絡があったの。アンタは早く足首を治して学校に行かないと」
「こんなのすぐに治るわ。だから大丈夫よ」
羅奈のあっけらかんとした様子に理緒は呆れつつもキツく言いつける。
「アンタの足首はまだ腫れてるんだから、ギプスが外れたらリハビリを頑張りなさい」
「ええ。……ねぇお姉ちゃん」
「……ん?」
「今日は平日だから大学のハズじゃ……」
「アンタはアタシの心配より自分の事だけ考えてりゃいいのよ」
「……もしかしてお見舞いに来るために休んでくれたの?」
「まあ、 ね。 数日前に妹が階段から落ちて救急車で運ばれたって聞いたら大学なんて後回しでいいの。まぁ、捻っただけで手術はしなくて大丈夫と医者に言われたのだから、しばらくは安静にしてなさい」
「ありがとうお姉ちゃん。大好きよ」
「ウフフ……妹に言われたら恥ずかし──え…? 羅奈の髪が赤くなって……もしかしてアタシの毛染め使った!!?」
「使ったわ。学校で地毛が茶色なのを担任に厳しく言われたから、目だたないように染めたのよ。慌てて染めたから色の確認なんてしなかったわね」
「羅奈は昔から髪の毛が黒くなかったし…。でも、アタシの毛染めを勝手に使った事は謝りなさい!!」
「………ごめんなさい」
「それでよろしい。じゃあアタシはバイトに行ってくるからリハビリ頑張るのよ。退院したら羅奈の大好きなガトーショコラを作ってあげるからね」
「うん。お姉ちゃんのガトーショコラ楽しみにしてるわね」
「その前にちゃんとリハビリしなさいよ。じゃあね」
「お見舞いありがとう。理緒お姉ちゃん」
姉はその言葉に優しい笑みを浮かべ、長く艶のある黒髪を揺らしながら病室を後にした。