冷めた瞳
「……お嬢ちゃん、遅すぎねぇーか? もう一時間も経ってるぜ」
オリアクスは不思議に思いポツリと呟いた。 カルミオはオリアクスと同じ事を思っており、 気になっていた。
「気にはなるが――さすがに覗くわけにはいかないだろう…」
自分達は男であり羅奈は女だ。
いくら心配しているとは言っても、 入浴中の相手の事を考えたら気を引いてしまう。
「オレ、お嬢ちゃんが心配だから声をかけてみるぜ」
「服だけ確認するんだぞ!! いいか、オリアクス!! 覗くなよ!!」
オリアクスはカルミオの言葉を無視すると立ち上がり、 脱衣場のドアノブに手をかけ中に入る。
その部屋にある篭の中に気になる物を見つけた。
「……どうして…お嬢ちゃんの服が残っているんだ? インナーがない…着たのか?」
オリアクスは羅奈が着ていた白いワンピースを手に取ると風呂場を覗く。
「誰もいない…」
風呂場はお湯で濡れていて、さっきまで羅奈が入っていたことが分かる。
「本当に…どこ行ったんだ?」
オリアクスは風呂場を後にしてカルミオに知らせる事にしたのだった――。
―――
薄暗い牢屋の中で羅奈がうつ伏せで倒れていた。
「………」
まだ気絶していて目を覚ます気配すらない。
薄暗い中でコツ…コツ…と誰かの足音が響き、どんどん近付いてくる。
その人物は黒いフードを深く被っており髪が歩く度に揺れる。
――ギィィ…
やがて倒れている羅奈の目の前で止まると両手で相手を抱え牢屋を後にしたのだった―。
抱えた状態で違う部屋に移動し、 そこの奥にあるベッドに羅奈を寝かす。
「まだ…覚めないか」
ポツリと呟かれた声は若い男の声をしていた。
羅奈のことが心配なのか離れようともしない。
「う……っ」
数分が経ってから。 ようやく羅奈は目覚めた。
しばらくの間、瞼をこすると男に気がついたのか、 まじまじと顔を見つめていた。
「…お前が絶斬の所有者だね?」
羅奈は会ったことすらない相手に質問されて戸惑いの表情を見せる。
キョロキョロと辺りを確認するも知らない場所だった。
「………」
「おいおい。 無視をするんじゃないよぉ……」
男は羅奈の肩を両手で軽く叩き、自分に注意を向けさせようとする。
「アナタは……?」
「ワタシはエルザ…名前くらいは知っていると思う……」
被っていたフードをとると、 エルザと言った男が羅奈に顔を見せる。
その顔は20代前半でクセのあるミディアムヘアーの薄いクリーム色、 紫色の瞳が特徴的だ。
全身をすっぽりと覆う黒いコートとやや猫背の姿勢が羅奈には印象的に映る。
「……名前しか聞いたことがないけど。 それよりここから出してくれるかしら?」
「ワタシの質問に答えてくれたら元の場所に戻してやるよぉ」
エルザの予想外の返答に羅奈は警戒を強めた。
「…本当に戻してくれるのね…?」
力強い声色でそう告げると、 エルザは口元を上にあげた。
「モチロン。お前は絶斬の所有者と名乗っているそうだが…ホントかよぉ?」
「本当も何も…絶斬を持っているんだから当たり前じゃない!!」
エルザの人をバカにした喋り方に羅奈は苛立ちを覚えた。
羅奈は早くこの場所から出たくて焦った顔をしている。
一方のエルザは羅奈の驚きや怒りの表情が面白く感じたようで、適当な質問をして羅奈の事を弄んでいた。
数分が経過した所でエルザは絶斬について問いかける。
「そもそもどうやって絶斬を手にいれたんだ?」
「気がついたら手に持っていたわ」
羅奈は嘘をつくとエルザの目は疑いにみちていた。
「じゃあどうやって封印を解いたんだよぉ? 絶斬は封印されていたから普通は目にすることもないんだぞぉ」
「封印……?」
羅奈は思わず目を点にした。
今まで聞いたこともない話しだったからである。
さらにエルザはこう続けた。
「あ? 本当に知らないのかぁ? だとすればお前が持っている絶斬は偽物ってことだなぁ」
「偽物…!! どうしてアナタはそんなに詳しいの!?」
「ワタシの父が作った大鎌だ。 だが、お前が持っていたのは偽物…。お前にもう用はない!!」
最初こそ棒読みで話していたエルザだったが言葉を続けるにつれ、声色に怒りが混ざっていくのを羅奈は感じとっていた。
「忌々しい女め…ワタシの前からキエロ!!」
エルザはそう告げると左腕を降り下ろし、羅奈を強制的にオリアクス達の所へ送り返す。
「待っ――」
羅奈は慌てた様子で言おうとしたものの体を青白い光が包み一瞬にしてエルザの前から姿を消したのだった。
一方、その頃。
「――で、 オレが見に行ったらお嬢ちゃんの姿はなかった。 カルミオ、お前はどう思う?」
「……どうせ逃げ出したのだろ? あの子供は戦う事を嫌っていたからな…きっと今頃は路頭に迷ってるとボクは思うぞ」
カルミオは吐き捨てるように言うとオリアクスは苦笑しつつ口を開こうとするも、目が覚めて身体を起こそうとするラグリスの姿が目にはいった。
心配になりオリアクスすぐに駆け寄る。
その様子をカルミオはひどく冷めた瞳で見つめていた。
「オリアクス……羅奈は? どこかに行ったのかい?」
「ああ。 ホテル内は全て探したが、どこに行ったか検討もつかないぜ」
オリアクスは申し訳なさそうに言うとラグリスは大丈夫と告げる。
「悪魔の番人。 どうして絶斬の所有者が居なくなったと分かるんだ?」
「僕は絶斬の所有者が離れたことが分かるようにエルザに魔法をかけてもらってるんだ。 絶斬は必ず天使に狙われるからね…」
ラグリスはカルミオにそう伝えると再びベッドに入ると、オリアクスは記憶を遡らせながらこう言った。
「お嬢ちゃんが居なくなった時オレは天使の気配すら感じなかった……」
この場にいる全員が何かに気づいたらしく一点に視線を集中させる。
すると青い光が現れ何かを吐き出すように人影が床に落ちてきた。
――ドスン!!
鈍い音を立てながらオリアクス達が見たものは羅奈だった。