家族
「何だったの…。 さっきの音」
羅奈は不安から体を震えさせると気を紛らわすために乾いたタオルを濡らし。 再びラグリスの額にのせた。
ガチャリとドアが開く音がする。
その音の方へ羅奈は視線を向けた。
「お嬢ちゃん。 今帰ったぜ」
「悪魔の番人の顔が赤いな。 薬を買ってきたから飲むといい」
「カルミオさん!! どうしてここに?」
「本当は絶斬の所有者を守るためにきたんだが、 アナタも知っている通り、 面接に落ちてしまった。 なので勝手に守ることにした」
「そうだったのね。 そうそう。 ラグリスの呼吸が落ち着いてきたの。 そろそろ部屋を変えようと思うのだけどいいかしら?」
オリアクスは構わないと答えたので、 羅奈は電話をかけて予約していた部屋のカギをもらうことにした。
カギをもらった羅奈達はフロントの近くの部屋を開け、中に入った。
部屋はベッドが3つあり、 カーテンの色は紺色だ。 ベッドが3つもあるのでオリアクスは狭い部屋だと思っていた。
少しの沈黙の後にオリアクスは小さな声で羅奈とカルミオに伝えた。
「オレはラグリスを看ておくから。 お嬢ちゃん達は2階の食堂で先に飯を済ませてきな」
「なんだか悪いわ…。 それに――正直、 ラグリスの事が気になって食事が喉を通らないと思うのよね」
それを聞いたオリアクスが提案する。
「じゃあここで食べるか? 飯は部屋に運ぶこともできるぜ」
そう言ってオリアクスは部屋にあったメニュー表を羅奈に差し出した。
羅奈は適当に決め、 オリアクスとカルミオは肉料理に決まったようだ。
「オリアクスさん、 注文してもらっていいかしら?」
「ああ」
オリアクスは部屋にある電話の受話器を取ると注文を始めた。
──
羅奈達は食べ終わるとそれぞれ適当な位置に座るとカルミオがオリアクスに話しかけてきた。
「そろそろ魔界にいる両親に無事を連絡しなくては……」
「オレが魔界を出て一週間経ったな。 この部屋にあるのはフロントにしか繋がらない電話だからな。 オレはラグリスを看ているからカルミオとお嬢ちゃんは一緒に行って、 家族に電話をかけてこいよ」
「わかった」
それを聞いたカルミオはすぐに部屋を後にした。
「じゃあ行ってくるわね」
――バタン
ドアが大きな音を立てて閉まった事をオリアクスは確認すると寝ているラグリスを診るために傍へと歩く。
「呼吸は整ったみたいだな…」
ベッドの側にある椅子に座りラグリスの寝顔を眺める。
よかった。とオリアクスは心の中で優しく呟く。
「………オリ…アクス?」
ラグリスは目を薄く開き顔をオリアクスの方へと向けた。 その瞳には不安げに覗き込むオリアクスの姿が映る。
「すまない…お前の事を起こしてしまったか?」
「勝手に目が覚めただけだよ」
そう言ってラグリスは言いたそうに口をごもらせる。
「どうした…?」
しばし沈黙した後にラグリスはか細い声で告げる。
「……魔界に着いたら会いたい人がいるんだ」
「あの子の事か…」
オリアクスはため息まじりに呟くと含みのある態度でラグリスに問いかけた。
「その事をお嬢ちゃんには言ったほうがいいのか…?」
「黙っていてくれないかい? 一度に話すと混乱すると思うからね…」
「悪魔の番人のお前が絶斬の所有者であるお嬢ちゃんをほったらかして、 あの子に会っていいのか? 悪魔の番人の上層部の連中が黙っていないと思うんだが…」
「…僕の先輩が話をつけてくれたんだ。 だから大丈夫さ」
「……」
オリアクスはもう何も言わなかった。
ラグリスにとってあの子はとても大切な存在であることをオリアクスは知っていた。
「……ふぅ、 話が終わったらお腹が空いたな」
少し息を吐いたあと、 ラグリスはまるでオリアクスにねだるように語りかける。
それを察したオリアクスはやれやれと言いたげな表情で部屋の電話をフロントに繋げると、 料理をコチラに運んでくれるよう注文するのだった――…。
――その頃
カルミオは魔界専用の電話で家族と話していた。
「結局、 悪魔の番人の面接に……オリアクスには出会った……ケンカ……だと……それで……の…」
カルミオは柔らかな声でしばらく話続けると受話器を戻した。
羅奈はカルミオの後ろ姿を見つめていると、 カルミオはクルリと振り返った、
「…普通の電話ならそこにあるぞ。 早く家族に無事を知らせてくるといい。きっと心配していると思うぞ」
「………そうね」
羅奈は返答に困って作り笑いをする。
家族はこの世界にはおらず、 羅奈がいた世界で現在も暮らしていると思っているからだ。
「ボクは待っておくからな」
カルミオは羅奈が死んだ存在であることを知らず、電話するように告げると近くの壁に凭れかかり待っている。
羅奈は予想外の事に混乱するも怪しまれないように電話の前に立つが話したい相手がいない。
数秒間、 羅奈はその場で固まってしまう。
ふと、背後に誰かが立っている気配を感じとる。
羅奈は待っている相手に悪いと思い、 すぐにその場から離れ壁に凭れているカルミオの側までやって来た。
カルミオは怪訝な顔を見せながら羅奈に問いかける。
「電話しないのか?」
「実は親とケンカして家を飛び出したのよ……。まだ怒っていると思うと連絡がしづらくて……」
「そうだったのか…。 そろそろ部屋に戻るぞ」
羅奈はとっさに嘘をついた。
自分は死んだ存在と言っても信じてもらえないと思ったからだ。
特にカルミオは羅奈の事を疑っているため本当の事を教えるべきではないと考えていた。
それに気付かないカルミオは羅奈の前を歩くとラグリス達がいる部屋へと帰って行くのだった――。
「………」
羅奈達は気付かないでいた。
誰かが自分たちの跡をつけている事に。