双子の悪魔
「初めまして、 私は…羅奈。よろしく……お願いします」
羅奈は軽く頭を下げ、オリアクスを見やる。
警戒しているようで声は固い。
「オレは悪魔の番人のオリアクス・ルオルだ。 よろしくな。 オレは丁寧な言葉を使われるのが苦手だから、楽にして構わないぜ」
オリアクスはそう告げると頭を下げずに厳しい眼で羅奈を見ていた。
「……どうしたの?」
羅奈はどうして相手がそんな目を向けているのか理解できずにいた。
何か失礼なことを言ってしまったのか? と考えしまい羅奈は不安になってしまう。
助けを乞うようにラグリスを見るがアクビをしていた。
カルミオは羅奈が座っているソファの後ろに隠れていて出てくる気配すらない。
「おい……カルミオ。そろそろ魔界に戻ってきたらどうだ?」
「それは駄目だ。まだ仕事が残っている」
「カルミオの仕事は期限がないのだから、誰かに引き継いでもらえよ」
「……だが」
「この近くにお前の仕事仲間がいたぜ。ソイツに頼めばいいだろ」
「……わかった」
オリアクスは手を数回叩き羅奈の座っているソファに隠れているカルミオを呼び出す。
するとカルミオがおずおずと姿を現した。
「このお嬢ちゃんが絶斬の所有者とはホントか?」
「悪魔の番人が言うには本当らしいが…ボクとしては疑っている」
「おいおい、疑うなんてかわいそうだろ……。なぁ、お嬢ちゃん?」
オリアクスは苦笑いしつつ羅奈に声をかける。
「でも私は絶斬のことは詳しくないから。なにも言えないわ」
羅奈は落ち込んだようにそう喋るとオリアクスは何かを思いついたように立ち上がる。
そのまま歩いて羅奈の目の前にやってきた。
「分かんねぇって言うのなら聞けばいいだけだろ?」
「ラグリスやカルミオさんに聞いても教えられないみたいなの」
羅奈はため息を吐きながらポツリと呟く。
それを聞いたカルミオは目をそらし、 疲れからか寝ているラグリスはイビキをかいている。
「お嬢ちゃんは絶斬を持っているみたいだが、何が目的なんだ?」
オリアクスが疑問に思い問いかけるが、羅奈は味方か分からない相手に死んだ存在であることを伝えたくなかった。もし伝えたとしても信じてもらえないと思っていた。そこで羅奈は気が引きつつもオリアクスに嘘を言ってみることにした。
「悪魔を守りたいのよ」
「そりゃあ、オレだって同族は守りたいぜ? だがお嬢ちゃんは人間だろ。どうして人間が嫌われものの悪魔を守ろうとするんだ?」
オリアクスは疑問に思い問いかける。羅奈はこの質問は本音で答えたほうがいいと思い口を開く。
「私、差別することが嫌いなのよ。悪魔だって良いところがあるのに、皆が嫌っているからという理由で私は差別したくないわ」
それを聞いたオリアクスは感心していた。
オリアクスが出会ってきた人間は悪魔の番人をのぞき、 悪魔の存在を認めない、 悪魔は殺されても仕方がない邪魔な存在として扱われてきたからだ。
「やっぱし絶斬の所有者は他の人間とは言うことが違うんだな。お嬢ちゃんのことは気に入ったぜ」
「でも肝心の絶斬のことが何も分からないのよね。困ったわ」
「それだったら……」
「っ…?!!」
突然、 羅奈の頭にがオリアクスの手が置かれる。
すぐに羅奈の髪はぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、手をはなされた時にはキレイな髪が乱されていた。
「なっ……!?」
羅奈は動揺を隠せない顔をオリアクスに見せる。
オリアクスは羅奈の様子など気にもとめないのかただ口元をニヤリとさせて笑っていた。
「エルザに会いに行こうぜ」
「……その人は誰?」
突然、知らない名前を言われて羅奈は困惑する。
記憶を辿るもそんな名前は聞かされたことは一度もなかった。
その様子を見かねたのかカルミオが声をかける。
「エルザはボクとオリアクスの恩人だ」
「恩人…。でも、どうしてその人に会いに行かなければならないの? それに勝手に決めたらラグリスが怒るんじゃ……」
「悪魔の番人に反対はされないと思うぞ」
「えらく自信があるんだなぁ? カルミオ」
羅奈が返答しようと口を開いたと同時にラグリスは目を擦っていた。
「……いつの間に寝たんだろう?」
目蓋を擦り、ラグリスは一人呟く。
「あのね、ラグリス――」
羅奈はこれまでの話をラグリスに伝える。
話が終わった後にはラグリスは大分目が覚めてきたらしく眉をひそめてオリアクスに告げた。
「魔界に行くにしても手続きが必要だ。それに、まだカルミオさんは正式に羅奈を保護するって話になっていないんだ」
よく知っているオリアクスが何を言い出すんだ。とラグリスは言葉に付け加えた。
「そうだったのか…。勝手に決めてすまなかったな謝るぜ。そうそう、エルザがお嬢ちゃんに会いたがっていたんだ」
「どうして?」
「絶斬を作った悪魔だからだ。お嬢ちゃんに一目会いたいだとよ」
「じゃあ絶斬に詳しい──」
「いつになれば保護できるんだ? 今からでもいいから審査してくれ!!」
カルミオはその場で声を荒げる。
元々、カルミオは郵便配達と絶斬を見つけ出すという仕事を任されていた。
絶斬の所有者を保護するのが『エルザ』と言う名の人物に頼まれた仕事だからだ。
郵便配達の仕事はいつまでに配達することは決められていなく無期限だった。
オリアクスが訪ねて来たことはカルミオにとって予想外のことだったらしく、緊張による焦りにより普段より冷静な判断ができなくなっていた。
ラグリスはキツい物言いのカルミオに頭がきたのか睨み付けている。
「ね、ねぇ。二人とも落ち着いて!! ……順番に話しましょう? 私もアナタ達の考えを聞いてみたいわ」
羅奈はなだめるように二人に説き伏せる。
(また勝手に話が進んでしまうと理解できないわ。絶斬の事だって本当は呪われてるか曖昧に感じているのに…)
オリアクスはどうでもいいと言わんばかりにドアを開け飲み物を買いに部屋を出る。
それに気がついたのは羅奈だけでありラグリスとカルミオは気づかなかった。
――――――
羅奈達が話をしている中、オリアクスは廊下の椅子に腰をおろしていた。
「ハァ…」
ため息が反響しやがて消えていく。
オリアクスは考えていた。
絶斬の所有者である羅奈を魔界に連れて帰るのが自分の仕事だが今の羅奈の状態では難しいと思っている。
「ラグリスに言われたのでは無理か…。やはりエルザを連れて来るしかねぇか」
両手を組み顎に置きながら考える。
「ああ。 ダメだ…今は熱で寝込んでるのだった」
聞く者が一人も居ない廊下で口から紡がれるのは寂しい一人言のように聞こえる。まるで誰かに心情を吐露するようだ。
「ラグリスに相談してみるか……」
そう言って立ち上がると目の前の自販機に小銭を入れ、ボタンを押してジュースを買い再び部屋に戻る。
ガチャリと音をたてながらオリアクスはドアを開けた。
オリアクスが入ると羅奈が困った顔で声をかける。
「オリアクスさん……」
「お嬢ちゃん。不安な顔をしてるぜ?」
オリアクスは歩きながら辺りを見回すとラグリスとカルミオが居ないことに気がつく。
「二人はどうした? トイレにでも行ったか?」
羅奈の前にある椅子に座り。
これ以上は羅奈の顔を曇らせないように冗談を混じえて気さくな声色で話す。 だが羅奈の表情は変わらないままだ。
羅奈は言葉に詰まったのかしばらくその場に沈黙の空気が流れる。
「……もしかしてアイツ等がケンカしたのか?」
「………」
羅奈は黙って力なく頷いた。
「あ~…すまないな。オレかどっか行ってしまってよ」
「オリアクスさんのせいじゃないわ」
羅奈は言葉を強く話ながら首を軽く左右に振る。
(……もう訳がわからない)
羅奈はその思いを口にはださずに胸にしまい込む。
一方でオリアクスは自分が情けなくなったのか額に手を当てている。
このようなことになるのであれば早く戻ればよかったとオリアクスは心の中で強く思った。
「カルミオは疑いから入るタイプだからな。ラグリスは信じることから入る人間だから話はしやすいんだが……」
まるで懐かしむように喜色を浮かべながらオリアクスは語る。
「オリアクスさんは二人とどういう関係なの?」
羅奈はきょとんした顔をみせ、その様子にオリクアスはニヤリと口角を上げた。
「ラグリスはオレの昔馴染みだ。ラグリスが仕事で魔界に来た時は飯を一緒に食うことが多い」
「魔界の食べ物…気になるわね。有名な料理はあるのかしら?」
「巨大な魚の目玉と大きな骨を揚げた料理だ。目玉揚げは最高にウマイ。あとは牛の脳ミソや血を飲む。特に脳ミソはトロトロで絶品だ。血は好む悪魔と好まない悪魔がいる。ラグリスはいつも魚の骨を食べていたな」
(魚の骨を揚げたのは美味しいけれど、牛の脳ミソ…牛の血…うぇ…)
羅奈は想像するのをやめると、話題を変えた。
「ラグリスとの出会いが気になるわね」
「お嬢ちゃんがどんな想像をしているのか分からないが…。ラグリスのオヤジさんがオレの父親と仲が良かっただけだぜ」
「じゃあカルミオさんとはどういう関係なのかしら? なんだか怖がっていたみたいだけど……」
「カルミオはオレの弟だ。仕事の遅いカルミオのことを兄のオレが痺れを切らして魔界に連れ戻しに来たと思ってるのかもしれねぇな」
「カルミオさんのお兄さん!? ……驚いたわ。カルミオさんは何も言わなかったからてっきり一人っ子だと……」
羅奈は目を点にし、口をポカンと開けていた。
オリアクスは特に気にもせず返答する。
「お嬢ちゃんの事を疑っているようだからあまり近付かないでいたんだろうぜ…。少しはオレみたいに人と接すりゃいいのによ」
「疑いが晴れてほしいわね」
ため息混じりに羅奈はそう言うとオリアクスの頬をしばらくの間ジーっと見つめ悪魔の証を探すため視線をあちこちに泳がせた。
オリアクスは意味が分からずにジッと石のように動かなかった。
しばらく見つめていたがオリアクスの顔やゴシック調の服から出ている肩を見てもどこにもない。
それどころかカルミオと顔が似ていることに羅奈は気がついた。
「カルミオさんと顔がそっくりだわ」
「オレとカルミオは双子だぜ? なんだお嬢ちゃんは分からなかったのか。ハハハハ」
オリアクスは大口を開けて笑った。
人をバカにしたのではなく、本当に楽しげに笑う。
それにつられるかのように羅奈も手で口を隠しながらクスクスと笑うのだった。