楽しそうな声で再び男は語り始める
男は本をパタリと閉じた。鈍い音が明かりの揺れる室内に静かに響いた。
彼は一人黒い椅子に座り、銀色の狼の尻尾をゆったりと揺らしていた。尾の動きはまるで彼の思考を映すように緩やかだが、どこか不穏なリズムを刻んでいる。
「この章は……悪くなかった」
男の声は低く、かすかに笑みを帯びていた。椅子から立ち上がり、隣の書庫へと移動する。無数の本が壁を埋め尽くし、古い紙の匂いが漂う。
男の目は迷いなく、青い表紙の本へと伸びた。
「ようやく……新しい登場人物が顔を出すか」
ニヤリと笑うと、薄く開いた唇の間から鋭い八重歯が覗いた。
「少し眠いな……だが、アイツが来るにはまだ時間がある」
その独り言は、まるで誰かに語りかけるように書庫の静寂に溶けた。
彼は青い本を開きページをめくる音を響かせながら朗読を始めた。
その声は深くも穏やかで、まるで物語そのものが命を帯びるかのようだった。
「汝も我と同じ本を読むがいい……拒まないでくれよ? 」
パタン。と本を閉じる音が再び響く。彼は本を近くの古びた机に置いた。
「ふぁぁ……っ。眠気覚ましに風に当たることにしよう」
書庫に男以外誰もいないはずなのに楽しげに微笑むと、茶色の重い扉を開けた。その先には螺旋階段が伸びている。彼は軽やかに階段を上り、雨上がりの冷たい風が吹き込む屋上へと出た。
「ふぅ……風に吹かれながら、あの本を読み進めるのも一興か」
男は力を込めて指をパチンと鳴らした。その瞬間、手の中に黒い本が現れる――まるで虚空から引き寄せられたかのように。彼は本を開き、ページのざらりとした感触を楽しみながら、静かに呟いた。
「第二章……魔界へ」
風が銀色の尾を揺らし、夜の冷気が本のページをそっとめくった。