私が死んだ日
激しい雨の降る昼間の交差点に人々が集まっていた。
「信号が青になったから女の子が渡ったんだよ。そしたら向こうからトラックが右折してきて、でも雨でスリップしたんだ……。本当だったらトラックは女の子に接触することもなく右に曲がれたはずなんだよ」
目撃者の男が落ち着いた態度で警察と話をしている。
どうやら事故が起こったようだ。頭にはヘルメットを被っている、この近くで行われていた工事を一時中断して警察の質問に答えていた。
「慌ててブレーキを踏んだんだ、でも間に合わなくて……。電柱にぶつかってようやくトラックが止まったんだ……そしたら」
運転手の男が警察に事情聴取を受けている…歳は20代後半、人を跳ねた恐怖で顔が青ざめ声も震えている。
それよりも事故にあい、 トラックに轢かれた女の子の身体のほうが無惨な姿だ。
原形こそはかろうじて留めてはいるが、全身を強く強打したのか血が流れ雨水と溶け合っている。
トラックが接触した時にアスファルトの地面に叩きつけられたのだろう。
女の子の白い肌は手足や顔の擦りむいた傷を余計に目立たせた。
特に出血がヒドイのは頭と両足だ。
顔は他の擦り傷に比べれば綺麗な状態だが、両足はひしゃげ、 後頭部からは血が流れつづけて水溜まりのようになっている。
もし助かったとしても両足は切断されるだろう。
それほど大きな事故だったことが遠くから見ていた人々の表情から読み取ることができた。
女の子が倒れているすぐそばには車椅子が倒れていた。
──カラカラカラ
車椅子は横向きに倒れてはいるが、トラックの接触により、凹みが生まれもう使えない状態になっていた。
タイヤが風車のような音を立て虚しく響く。
──しばらくして救急車が到着し女の子は担架に乗せられた。
隊員の呼びかけにも答えない、意識もハッキリとしておらずそのまま救急車はサイレンを鳴らし病院に向かっていった。
「あれは……私?」
上空にいた少女の姿は左目を暗めの赤髪で隠し、白い長袖のフィッシュテールワンピースは左側にスリットがあり色白の膝を露出している。
黒色に白いラインが目立つケープを羽織り青色のつり目が特徴の華奢な少女が人の集まりを、運ばれていく自分自身を眺めていた。
まだ状況が理解出来ていないらしく不安げに心の中で弱々しく呟く。
(どうして……私はここにいるの? なんで、私の身体は透けて見えているの?)
だんだんと少女は頭の中で理解していく。
(私は……死んだ?)
その考えが頭に過る。
「運ばれていたのは間違いなく私だわ……。でも、本当に私は死んだの?」
少女は死んだことを受け入れることが出来なかった。認めたくなかった。
そして、フワフワと空に浮かびながら考える。
これから自分はどうすればいいのかを。
冷たい雨は少女の悲しみを表すかのように降り続けていた。
──どれくらい時間が経っただろうか。
少女はあれから考えていたが何も思い浮かばないでいた。
「私、明日には退院するのに……」
放心状態になりながら試しに空を見上げるが、天国も地獄も少女が思い浮かべる景色はこの広い空からでは見当たらない。
上を見上げれば厚い雨雲があるだけだ。
それどころか本当にそんな場所があるのかどうかも分からない。
「これからどうすれば……」
雨粒は少女の全身に当たらず通過していく。それをため息をつきながら、顔だけを下に向け事故の現場を見つめていた。
しばらく見ているとだんだんと人が減っていき、最後にはパトカー1台が事故現場に止まっていた。
少女は見終わると飽きたのか、再び空を見上げている。
「自分が死んだ場所なんてこれ以上は見たくもないわよ……」
見上げるのをやめて今度はうつ向いて呟く。悔しさと辛さで今の少女の胸は一杯だ。
不安と孤独で胸が押し潰されそうになった。
「……私、天国に行って……楽しく……過ごすの」
少女は苦しそうに笑っていた。
自分はもう死んだのだから生き返ることを考えないであの世で楽しく暮らすことを決めた。
いや、無理にでもそう気持ちを切り替えるしかなかった。
自分の本音を押し殺しながらも前向きに考えるしかない。
「君は天国には行かないよ」
少女の後ろから突然声がした。
その声は若々しい少年のような声で、言葉の内容は冷たいものの。声色は優しくとても思いやりに満ちていた。
「誰!? ……まさか天使?」
驚いた少女は振り返るがそこには雨雲や住宅地が見えるだけで誰もいないかった。
声だけが少女の頭に響く。
「君は今から僕と異世界に行くんだ」
「異世界? アナタは天使じゃないの?」
少女は戸惑いを隠せないでいた。
「天使? 僕は案内人さ……さぁ、異世界へ行こうよ?」
甘い言葉の囁き――優しく呟かれたその声は、少女には悪魔の囁きにも天使の囁きにも聞こえた。
「そんな世界なんて知らない。私はあの世に行きたいのよ!!」
精一杯絞り出した少女の声を無視し、追いうちをかけるようにさっきの若い少年の声が語りかけてきた。
「じゃあ君は生き返らなくてもいいんだね?」
その言葉に少女の心は揺らぐ。
(この人が本当の事を言っているとしたら…。 でも、怪しいわ…)
しばらく悩んだ末、少女は言った。
「アナタ……何を。……ええ、生き返るのなら本当は生き返りたい……でも……そんな話は信じられない」
少女の声はとてもか細く、雨音にかき消される程弱々しく自信がない声だ。
少女は相手の返答しだいでどうするかを決めようとしていた。
しかし、相手の姿が見えないので恐怖を感じているのが事実だ。
「じゃあ僕が姿を見せよう。それから生き返る方法を教えてあげるよ」
「あ、ちょっと――」
まるで少女の心を見透かすように謎の声がそう言うと一筋の光が雲の隙間から現れる。
少女が困惑した表情を見せると、慌てたのか再び若い少年の声が語りかけてきた。
「君の真上にある厚い雲を真っ直ぐに進むといい…たぶん僕と出会えるよ」
少年と思われる声がそう言い残すと声は聞こえなくなった。いつの間にか激しかった雨が止み、空には大きな虹が出来ていた。
少女は突然起こった出来事に動揺を隠せないでいる。
(もし、嘘だとしたら? でも、本当に生き返れることができたらどんなにいいかしら……)
少女は数分間、真剣に悩んだ末こう決断した。
(……まずは会って話を聞いて、その話が信じられなかったらここに戻ればいいわよね)
少女は警戒しながら厚い雲の中に入っていった。