感覚
「──だいたいの話しは理解した……」
カルミオは羅奈とラグリスに不満な表情を見せつつ二人の前でその場に腰をおろす。
「明日は悪魔の番人の本部に来てもらうよ。 疑問があるなら僕の先輩に聞きなよ」
「そうさせてもらう……」
呆れたようにラグリスは言葉を呟き『ここまで疑われたのは初めてだよ』と言いたそうな顔を羅奈にだけ見せていた。
「……?」
ピリピリとした空気の中で羅奈の耳に小さく息遣いが入ってくる。
天使は起き上がり、 シャーっと声を出す。
「天使め、まだ生きていたのか!?」
その正体に気がついたカルミオは声を荒げ羅奈達に知らせた。
「黙レェェェェ!!!!」
天使が体をうねらせ速いスピードで羅奈に目掛け突っ込んできた。
ラグリスはすぐに判断する。
「羅奈、避けて!!」
「わかったわ!!」
羅奈は向かってくる天使の動きに合わせ、勢いよく左へ身を投げ出し床に激突する、天使を避けきれたものの全身をぶつけた。
羅奈の体はジンジンと痛みを訴える。
「やっぱり絶斬で殺さないといけないみたいだ……」
「そんな……!!」
ラグリスは冷や汗を流しつつ、羅奈に伝える。
羅奈は焦りと不安から胸が押し潰される感覚に襲われた。
念のため絶斬は構えるもののその手は震えている。
(殺すことなんて…!!)
──絶対に無理だ。
羅奈はその言葉に頭が支配されていた。
周りの声すら聞こえない状態だ。
「僕とカルミオさんの言うとおりに動くんだ。君が絶斬を持っている理由を忘れたのかい?」
ラグリスは強く羅奈に言った。
その言葉で羅奈はハッとする。
(そうよ……私は、生き返るために……)
何故、自分が絶斬の所有者となったのか。
迷いが羅奈の中で弾けた。
「私……殺るしかないのね」
紡がれた言葉からは弱さを感じることはない。
呟いた全てに力強さが伝わってくる。
ラグリスの言葉で腹をくくったようだ。
「アナタに恨みはないけれど……、絶斬を渡すことは出来ないのよ!!」
ラグリスは自身の血で作った黒い針の武器を両手の指の間に挟み、カルミオは即座に動けるように短剣を構えた。
「僕とカルミオさんで動きを止めるから、羅奈は止めをさしてほしい」
ラグリスのすぐ傍には移動してきたカルミオがいる。
羅奈に背を向けたまま、カルミオはキツい口調で戦闘初心者の羅奈に告げた。
「しっかりやってくれよ、絶斬の所有者……。サポートならボク達に任せろ」
「ええ!!」
羅奈達がそう言っている間にラグリスは黒い針を5本、天使の腹に目掛け投げつけた。が、固いウロコに弾かれてしまい辺りに散らばってしまった。
「やっぱり腹はダメみたいだね」
「分かったなら退いてくれ、邪魔だ!!」
カルミオはラグリスを横切ると素早く駆けていく。
カルミオは勢いに任せ天使の顔面を短剣で切りつけようと振りかざす。
──ギリリリッ
顔を掠れていく刃の音が響く。
カルミオは本気で切りつけたにも関わらず全く斬れていない。
「これもダメなのか…!!」
カルミオの考えでは傷をつけた隙にラグリスが取り押さえ羅奈がトドメをさす──というものだった。
カルミオは予想していたことが違う結果になってしまい、対処できずその場で動けないでいる。
そんな中ラグリスが天使の背後に回り込んでいた。天使の脳天めがけ針を投げた。
天使はその事に気づかないまま口が裂けんばかりの笑みを羅奈とカルミオにみせた。
「フン……、大人シク絶斬ヲ渡セバイ──」
──バタンっ
突然、天使が床に倒れた。
起きあがろうとするも、体が痺れて動けないでいる。
「クソ!! ドウシテ動ケナイ……!!」
ラグリスは天使に残りの針を頭に突き刺した。
血が流れだし、床を染めていく。
(これが……殺しあい)
羅奈は吐くのを我慢し、絶斬を強く握りしめる。
「麻痺の液体を針に塗っていて良かったよ」
ラグリスはニコリと微笑み。 カルミオは黙って見ていた。
「ア……グっ……!!」
天使は動けないまま何かを伝えようと口をパクパクさせていた。
だが、そんなことは無意味だと羅奈達は思っていた。
「もういいでしょ? 殺すわね」
恐ろしく冷たい声で羅奈は天使に告げる。
天使の目の前には羅奈の顔が映る。
(殺すの嫌だったけど……)
見方によっては羅奈の表情は苦しんでいるようにも見える。
ラグリスとカルミオにはそう映っていた。
ラグリスとカルミオのすぐ傍で羅奈は絶斬を振りかぶる。
空中で静止したままの絶斬は羅奈のためらう気持ちをあらわしているようだ。
まるで処刑を行う空気が漂い、重苦しい感じだ。
静寂の中でラグリスが羅奈に告げた。
「さあ、早く……」
ラグリスの囁くような声は羅奈にとって安心できる。
全身に力を込め絶斬の刃を首に目掛け力一杯振りおろすと、ゴキリと首の骨が切れる音がする。
「さよなら……」
小さく紡がれた言葉は天使の耳には入ってこなかった――。
天使の首が胴体から離れてゴロンと転がった。
目を半開きにし、まるで憎しみの目を羅奈に向けているようにみえた。
羅奈は初めて見る光景に顔を背けている。
辺りは赤い血の海が広がり、 床を染めていく。
「羅奈……お疲れ様」
そう言ってラグリスが肩を軽くポンと叩いた。
ラグリスなりに心配しての行動だ。
だが、羅奈は何も言わない。
天使を残酷な方法で殺してしまった事による罪悪感だけが心を満たしていた。
「休むぞ。さすがに疲れた……」
初めて天使を殺した羅奈の事など眼中にないのかカルミオは黙々とさっきの戦いでバラ撒かれた血に染まった手紙を拾い集めている。
部屋をあちこち移動しながら、時おり心配そうに羅奈の顔を覗きこむ様子が見受けられた。
羅奈は心配されている事に気付かない程呆然としており、羅奈は自分の状態をワケが分からないでいる。
天使と面識すらないまま殺されかけ、勝手に自分と同じ姿に変わりカルミオに疑いをかけられ。
絶斬を奪われかけたり…。
そんな理不尽な目にあいながらも羅奈の中には不思議と怒りは沸いてこなかった。
一つだけ言えるのは天使に対する不信感と罪悪感だけが残っていた。
「カルミオさん、私も手伝うわね。首、跳ねたから血が──」
羅奈は虚ろな瞳でフラフラと力無く歩きながら、散らばった手紙を拾い集めていた。
「……」
ラグリスとカルミオはお互いに顔を合わせ、羅奈の変化に戸惑うことしかできなかった。