混乱
――ガチャ
「ああ!! カルミオさん!! 大変なんですよ!」
カルミオが中に入ると同時に中年で小太りの男がフロントから慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうかしたか?」
カルミオは冷静に小太りの男に声をかける。
顔面蒼白の表情の男は息も絶え絶えに語りかけた。
「天使が絶斬を探し始めた!!」
(えっ…!!)
「チッ! もうバレたか!」
カルミオは舌打ちをすると小太りの男に逃げるように言い聞かせる。
「カルミオさん達は逃げてください!」
男はカルミオの静止も聞かずここで敵を食い止めようとしている。
その様子をカルミオの背後から話を聞いていたラグリスが男に声をかけた。
「…絶斬を探している天使達はどこの出身かわかるかい?」
「そこまでは存じ上げません」
ラグリスはその返事を聞くと呆れた様子を見せている。
使えない人だな。 ラグリスは心中ではそう思っていた。
「とりあえず羅奈を守るしかないみたいだね。 オジサン、部屋を用意してほしいんだけど…」
「それが今日は満室でして、どうしても泊まると言うのであればカルミオさんと同室になりますが…。 大変言いにくいのですが今から逃げたほうがよろしいかと…」
男は申し訳なさそうにラグリスを見つめる。
「天使達が探し始めたんだろう? 今、外に出たら見つかってしまうと思うんだ」
「し、しかし…!!」
「オジサンと他のお客さんが逃げたほうが戦いやすい…」
男の気持ちはありがたいが、巻き込まれては意味がない。
ラグリスはその想いを秘めながら男を説得していた。
その様子を羅奈は黙って聞いている。
「では、私は部屋を案内したら他のお客様と逃げます。 くれぐれもお気をつけてください」
「ありがとう。さぁ早く案内を―」
「はい、では着いてきてください」
羅奈達は男の後を着いて行くのであった。
ロビーを進み角を曲がると一番奥に赤い扉の部屋が見える。
左右の壁にはライトが付いており優しい光が灯っている。
ーーガチャ
「こちらになります」
男が扉を空けると振り返りその場で一礼をすると足早にフロントへと戻っていった。
「さぁ、入ろうか」
「ええ」
ラグリスと羅奈は先に部屋の中へと入っていく、一歩遅れてカルミオも入る。
部屋は8畳の広さでモノクロタイルの床に真っ白なベッドが2つある。
カーテンの色は赤ワイン色だ。
窓から見えるのは夜の冷たい暗さと月明かりだけである。
ーーパチッ
ラグリスは電気をつけて部屋を見渡しながら呟く。
「へぇ、なかなかの部屋だね」
「そ、そうね…。 この広さならゆっくりくつろげそうだわ」
ラグリスと羅奈は気に入った様子を見せるが表情は不安がっている、それを見たカルミオは深刻な顔をしていた。
「悪魔の番人…少し話がある」
「用件なら外で話そうか。 羅奈、鍵は閉めておきなよ」
「わかったわ、二人とも気を付けて…早く戻って来てね」
ラグリスはそう言い残すとカルミオと部屋から出ていった。
ーーガチャリ
羅奈は言われたとおりに鍵を閉めると絶斬を側に置きベッドに腰を下ろす。
「なんだか大変な事になったわね…」
ハァ、と深く息を吐くと虚ろな目で辺りを見回していた。
『……キ…エ…』
突然、羅奈の頭に少女の声が響き渡る。
「誰!?」
『聞コエてイるんダ…ワたシの声が』
「姿を見せなさい!!」
羅奈は恐怖に侵されながらも声を出す。
『鈍イナぁ…』
羅奈は声のする方にゆっくりと目を向けた。
ーーガタガタガタ…
「絶斬が震えている…?」
震える手で竹刀袋の紐を外し恐る恐る取り出して手にした。
『…ノロマ』
「…っ!!?」
急に羅奈の視界が暗くなった。
どうやら誰かに両手で目を塞がれたようだ。
ーーガチャガチャガチャ!!!
絶斬は羅奈の心の乱れを表すかのように手の中で震えている。
「アナタは誰!!」
羅奈は語尾を強め、姿が分からない相手に問いかけた。
『絶斬をねラう者ダ』
「ーーっ!?」
少女が言い終わった瞬間、目を覆っていた手はほどかれる。
羅奈は驚きのあまり隙がうまれていることに気づかないでいた。
少女の手は羅奈の首へと移動して両腕で背後から思いきり締め上げる。
「…く…っ!!」
羅奈は相手の手首を掴み抵抗するがビクともしない。
ーーボフッ
少女と羅奈はベッドに倒れる形となった。
ギリギリとさらに首が締まっていく、羅奈は焦っていた。
(な、なんとかしなきゃ…)
首を締められているにも関わらず不思議と息苦しさを全く感じてなかった。
羅奈は死んだ存在なので呼吸はしていなかった。
それに気付いていながらも頭はパニックを起こしている。
羅奈にとってはこの状況をどう切り抜けるかが問題だ。
(もうこの方法しかない!)
そう心の中で呟くと羅奈は急に全身の力を抜きカクンと相手に身を任せるように倒れこむ。
『フー…』
少女は自分自身を落ち着かせようと息を強く吐いた後、羅奈の体を軽い力でどかした。
――ドサッ!!
重い音が部屋に響き渡る。
羅奈はベットから勢いよく落とされピクリとも動かなかった。
少女は倒れた羅奈を見つめ、鼻と口を思いきり塞いで死んだかどうかを確認している。
少女は羅奈から視線をはずすと絶斬を見やる。
その様子を見る限り羅奈は死んだと判断されたようだ。
『さぁて、頂くとしヨウ…』
少女は羅奈の手から落ちた絶斬を手に取った――。
―同時刻
羅奈がいる部屋の通路を左側へと進んだ先にある木製の椅子にラグリスとカルミオは向い合わせに座っていた。
二人とも話す雰囲気ではなく沈黙が周りを包み込んでいた。
ずっと黙ったままのカルミオに仕方なくラグリスは声をかける。
「用件はなんだい?」
「悪魔の番人は本当に悪魔達の味方なのか? 」
「そうだよ。 信用できないのかい?」
「ああ。 これから戦いになるかもしれない…、だから知っておきたい」
カルミオは焦っていた。
人間にとって悪魔達は敵になる。
人間であるラグリスが裏切るのではないかと不安に思っていた。
「悪魔の番人は悪魔達の味方だ。 その言葉が信じられなかったら僕を殺せばいい」
ラグリスは真顔でカルミオに告げる。
不正や嘘は言わない。
ラグリスの表情はそうものがたっていた。
それを聞いたカルミオはか細く弱々しい声で胸の内を吐露する。
「………アナタだって本当は天使が好きなクセに」
人間は悪魔より天使が好き。
天使は人間に可愛がられ、悪魔は迫害されるのが当たり前だ。
だから、人間は悪魔のことが嫌いであるとカルミオは考えていた。
「僕はあんなキチガイな種族は嫌いだよ。 悪魔のほうが好きだね」
「…!?」
その言葉はカルミオの予想を超えた返事だった。
驚愕した表情のままカルミオは固まってしまった。
「…何故だ?」
カルミオは怪訝な顔をしてラグリスに問いかける。
「どうしてって、僕の仕事は悪魔の番人だからさ。 悪魔は本来守られる立場だよ」
ラグリスは笑みを浮かべ話す。
その優しい言葉にカルミオは思わず目頭が熱くなった。
もしその場に他の悪魔達がいれば涙を浮かべる者もいるかもしれない。
それほどカルミオには衝撃が大きかったのだ。
「きっと羅奈も同じことを思っているよ」
「……そうだといいがな」
カルミオは羅奈の事を詳しくは知らないので、つい冷たい返事を返してしまう。
「さぁ、戻ろうか」
ラグリスは気にすることもなくその場に立ち上がるとカルミオと共に部屋へと帰るのであった。