カルミオとラグリス
カルミオに着いていくこと15分。
羅奈とラグリスは大きな滝が見える場所に着いた。
流れる滝の傍はひんやりと冷たい空気が流れ満月に照らされた水面と木々が微笑むように風に揺れており、まるでこの場所に訪れる人を歓迎するかのようだ。
足場は石垣で出来ていて小枝や葉が落ちている。
落ちている小枝や葉を広い、 カルミオはポシェットからマッチを取り出すと火をつけた。
「いい場所だろう?」
カルミオは流れる滝を指差して羅奈達に声をかけるも暗いのであまり見えなかった。
「暗くて見えないから、 朝に来てみたいわね」
ラグリスと羅奈は素直に言葉を返すと石垣に腰をおろす。
硬い石が体に少しの痛みを訴える。
「ここなら話をしても大丈夫そうね」
カルミオはポシェットを石垣に下ろし羅奈の目の前にあぐらをかいた。
「ああ。 何から話せばいいのか分からないが…」
カルミオはポリポリと頬を人差し指で掻きながら悩んだ様子を見せている。
数秒間経ったところでラグリスがカルミオに問いかけた。
「カルミオさんはどうして絶斬を探しているんだい?」
「絶斬の所有者を見つけ出し、保護するためだ」
「勝手に動かれたら僕も困る。 だから契約しないかい?」
(絶斬は呪われているのに…保護だなんて)
羅奈の頭の中で疑問が渦巻いていた。
呪いがあるとラグリスが言っていたにも関わらず、今は絶斬守るのが仕事だと言っている。
それどころかカルミオまで羅奈を保護するようだ。
呪われた大鎌なら保護する必要性がない、と羅奈は考えていた。
「契約したボクにどんなメリットがあるんだ?」
「カルミオさんは羅奈を守ることができる」
「メリットは理解した。 ではデメリットはなんだ?」
「カルミオさんが契約せず絶斬を勝手に守った場合は組織で拘束する決まりになっている。 優先度は悪魔より羅奈のほうが遥かに上だからね」
──もし、この場で契約しなかったら他の者に保護されてしまう
それだけは避けなければならない。
なぜなら、カルミナは絶斬の所有者を連れてこいと《ある人物》から言われたからだ。
故に自分こそが保護する者にふさわしいと思っていた。
他の者は絶斬をよく知らない、それどころか誤解している者が多すぎるのが事実だ。
だが、この悪魔の番人との契約はラグリスと連帯責任を結ぶことを承知したことになる。
カルミオはラグリスの事をよく知らないため、慎重になっている。
すでに5分が経過していた。
「契約しなければ、動けない…か」
ようやく腹を決めたカルミオが契約すると決めたのだ。
「じゃあこの契約書にサインを書いてくれるかい?」
「わかった」
「一応、流れを説明するよ。悪魔の番人の組織に加入するための契約書さ。これに記入し終えたら面接して、審査に通れば絶斬の所有者を保護できるんだ」
「僕は郵便配達の仕事もしているんだが、掛け持ちは可能か?」
「それは面接の時に伝えればいいよ」
ラグリスはコートの内ポケットから小さく折り畳まれた紙をカルミオに渡す。
カルミオは受けとると大量の手紙が入ったポシェットの中からペンを取り出す。
羅奈はその隙にラグリスへ声をかけた。
「悪魔の番人ってなんなの?」
「僕が所属している組織の名前さ。 絶斬と悪魔を守る為の組織なんだよ」
(悪魔と私を守るって…じゃあ絶斬が狙われるのを我慢しなきゃいけないの?)
羅奈は言葉の意味の違いを不思議に思いつつ、 二人の邪魔をしないように心の中で呟くのだった。
数枚もの手紙が石垣に落ちたのを気にもせずにサラサラと紙に記入していくと、突然ペンを走らせるのを止めてカルミオはラグリスの方を見つめる。
「どう記入すればいいのか分からない項目があるんだが…」
紙を渡し、ラグリスがチェックを入れる。
「ここは種族を記入してくれれば大丈夫だよ」
(種族…?)
その言葉を聞いた羅奈は数分前のラグリスとカルミオのやり取りを思い出していた。
(悪魔や私の事を守る仕事だとラグリスは言っていたわね…。 じゃあカルミオさんの種族は?)
羅奈が考えているなか、カルミオの記入が終わりラグリスに紙を渡す。
「種族は悪魔で間違いないね?」
ラグリスはカルミオに疑問符を投げかける。
「ああ、間違いない」
カルミオは先ほどと変わらない声色で返事をした。
それを聞いたラグリスは書かれた項目に目を通しており、カルミオはそれを黙って見ている。
「ねぇ、カルミオさん。 少し聞きたいことがあるのだけど……」
「…なんだ?」
「絶斬って呪われているんでしょう?……どうして保護なんか」
「絶斬は悪魔にとって とても大切な物だと伝えられている。 だから所有者を保護する、それだけだ」
カルミオは当たり前だと言わんばかりに羅奈に告げるがその話が信じられないでいる。
「でも悪魔は絶斬を狙っていると聞いたわ……それは本当なの?」
「そのことについてはボクは話せない」
「…………」
カルミオの返答に羅奈は何も言わないでいた。
詳しく聞いても簡単には教えてくれそうにないと思ったからである。
冷たい風が羅奈達の身体を震えさせる。
「ボクはこれからどうすればいいんだ?」
カルミオは寒さに弱いのか急がすようにラグリスに問いかける。
声に気付いたラグリスは紙から目を離すと真剣な眼差しで呟いた。
「カルミオさん。 この先何があっても羅奈のことを裏切らないね?」
「…………それは」
「なにせ絶斬を守らないとダメなんだ。 そのためには所有者である羅奈を守らないとね」
「……」
カルミオは考えていた。
こんなことを頼まれるとは予想していなかったからだ。
さすがのカルミオも返答に困ったようで、それを表すかのように口を閉じたまま一言も話さない。
(ラグリスは私のこと。守る対象としてみているのね)
羅奈は寒さに耐えながらカルミオの返事を待っていた。気温が下がってきたのか羅奈以外の二人の吐息に白が混じる。
「……一つ聞かせてもらう。ボクは絶斬の所有者を保護してもいいんだな?」
「悪魔の番人は厳しい決まりのもと保護する人を見極めたい。 契約書にサインをしたら次の日に1度本部の方に来てもらい審査する決まりになっているんだ」
カルミオは契約書にサインすれば羅奈を保護することができると考えていたが、ラグリスはカルミオの事を詳しく知らないので契約書にサインをし、その次に面接をすることは一般常識だと思っていた。
「……では、今日は宿屋に泊まるので明日は本部に案内をしてもらいたい。この時間の森はかなり危険だ。ここから進んだ先に宿屋があるからそこで休むといい」
「わかったよ、羅奈行こう」
「ええ」
羅奈達は足早にその場を立ち去ると宿屋へと向かうのであった。
──歩くこと1時間
茂みが深い所を歩いていると滝の音が段々と小さくなっていく。
夜風の冷たさと暗闇で羅奈は恐怖を感じていた。
足元が見えず相手の姿も分からない、見失ったら終わりだ。
聞こえてくる声をたよりに歩くしかない。
「……さすがに灯りなしで歩くのは怖いわね」
小枝や葉を踏みながら一行は進む。
ラグリスも馴れない道で不安なのか思わず羅奈の手を握っていた。
「……着いたぞ」
カルミオが灯りのともる家を指を差す。
羅奈とラグリスは安心したのかホッとしながら宿屋を見ていた。
そこは小さなログハウスの作りになっていて入り口には観葉植物が置いてある。
真っ暗なため、明かりがもれる場所しか外観の形や色が分かりづらい。
カルミオは現在もここに泊まっており、早く休みたいがため素早くドアノブに手をかけるのだった。