カルミオ・ルオル
夜の森の中でガサガサと葉が揺れる音が辺りに響く。
敵の数が分からない状況でカルミオは冷静を保っていた。
「出てこい。 何が目的だ?」
カルミオは普段と変わらない声色で敵に言葉を投げ掛けるが何も返答がない。
―ガサッ
何者かが動いた瞬間をカルミオは見逃さなかった。
すぐに攻撃ができる体勢にし、いつでも殺す準備は整ったといわんばかりに短剣を身構える。
「チッ……、バレちゃしょうがねぇ」
突然、背後から声がする。
カルミオは声がした方に振り向くが――
「あ……や……」
「絶斬の所有者。アナタは足手まといだな」
カルミオが目にしたのは若い女が羅奈の背後に回り込み、心臓の位置にナイフを当てられている姿だった。
「おおっと…、近付くなよ?」
羅奈は抵抗する素振りも見せずに大人しく人質になっているだけである。
(抵抗したら何をされるか分からないわ…!)
羅奈は内心パニックになりながらもある言葉が頭の中を支配していた。
『人ヲ殺ロセ』
そのような事を考えている羅奈のことなど知らずに、カルミオは女を説得しようと言葉を投げ掛けるが女は全く相手にせず絶斬を奪おうとしている。
「ヒヒッ…。 そこの貴様、取引でもどうだ?」
女はイカれた表情でカルミオに声をかけるその姿はまるで、カルミオを挑発しているかのようだ。
「アナタは人間か?」
女はてっきり取引に応じるかと思っていたがカルミオの口からは確認の言葉しか出てこなかった。
カルミオ本人はふざけているつもりもなければ焦って混乱しているワケでもない。
ただ、自分が思っていることを声に出してみただけである。
「は?」
「アナタは人間か? と聞いている」
「その顔に証があるってことは貴様、悪魔だな? キヒヒ残念でしたぁ。アタイは清らかな心をもつ天使だよぉ」
「そうか。なら答えは決まったな」
カルミオはそう言って短剣を力強く握った。
一方、女の方は怪訝に顔を歪ませながらカルミオを見つめている。
『意味がわからない』と思わず口に出すのを堪えながらカルミオの言動に注意を払っていた。
女の動揺した気持ちを表すかのように突然ビュウゥゥ!! と音をたてながら風が吹く。
(私、足手まといになっているだけじゃない…!!)
人質になっている羅奈は何もできない自分を激しく責めた。
カルミオはその場で頭をボリボリ掻いたあと気だるい表情でゆっくりと足を踏み出した。
――グサッ……!!
「っ……!!?」
それはほんの一瞬だった。
羅奈の目には首を一突きされ声もロクに出せないまま羅奈の後ろ側に倒れていった女と、とても冷たい目をしながら淡々と女を殺したカルミオの姿だった。
羅奈は恐る恐る倒れた女を見つめながらこう呟く。
「……この人はもう死んだのよね?」
カルミオが聞いた声はとても弱く、耳をすまさなければ聞き取れない程だ。
──この子供は恐怖心から、こんなにも動揺しているのか。
カルミオはそう解釈し少し間を置いたあと返答するのだった。
「ああ、死んでいる……こうしなければアナタの命が危なかった」
カルミオなりに考えて出した答えに、羅奈は何も言えずにいる。
ズボ……
カルミオは羅奈の目の前で女の首に突き刺さっている短剣を抜いた。
血は噴水のように吹き出し辺りを真っ赤に染めていった。
(ぅっ…)
思わず羅奈は顔を背けてしまう。
間近で見る死に慣れていないのか体を吐き気が支配する。
カルミオは羅奈の事など気にもせず女の死体を調べ始めるとあることに気がつく。
「本当に下級天使だったみたいだな」
「私……吐きそうだわ」
羅奈がそう言うとカルミオは気まぐれで背中をさすってあげた。
カルミオは天使の傷口を見つめ羅奈は疑問ばかりが増えていく。
「子供よ…。よく覚えておけ、コイツはボクとアナタの敵となる存在の天使だ」
カルミオはそう言いながら、女の亡骸を力強く蹴りあげる。
蹴られた女は力なく横たわりその場でうつ伏せの状態になった。
「いくら敵だからってやり過ぎよ…!!」
羅奈はカルミオの行動に怒りをぶつけるが、カルミオは気にせず女の顔面を踏みつける。
「なぜ、敵に情けをかける? アナタは殺されようとしていたのに…!!」
カルミオは怒りが混ざった声で羅奈に言葉を返すと羅奈は本音を強く口に出した。
「その人はもう死んでいるわ!! それ以上は必要はないはずよ」
「天使の存在は危険すぎる。アナタは何も知らないから気安く言えるんだ!! 今回はかなり弱い天使だったからボクだけで殺せた。だが、次はどうなるか分からない……!!」
「確かに私は何も知らないわ、でも死んだ人は天使だろうと楽にさせてあげるべきよ」
羅奈にはカルミオの行動が理解出来ずにいた。
羅奈にとって今の状況は異常でもあると同時にとても恐ろしいものだ。
カルミオは羅奈の甘すぎる返答に苦笑しつつも女の顔から足を下ろす。
──この子供はきっと情に流されやすいタイプだな。
カルミオがそう心の中で呟くとその場で腰を下ろす羅奈を見ていた。
──ザッザッザッ
羅奈とカルミオの耳に足音がはいってくる。
(敵…?!)
羅奈はしない袋をその場に置くと紐をほどき中に入った絶斬を取り出し左手に持つと一応構えをとる。
カルミオは短剣を構えた。
――ザッザッザッ…!
足音がだんだんと近くなっていき緊張が羅奈達を包み込む。
――カタカタカタ…
「ハァ…ハァ…ハァ…!!」
羅奈は息を荒くさせ恐怖心が襲うと、感情に呼応するかのように左手にある絶斬が震えていた。
カルミオは羅奈の異変に気が付くと驚いた表情で羅奈を見ていた。
ザッザッーーガサガサ
相手はすぐ近くで止まったのか葉がカルミオの目の前揺れる。
ザザッ――!!
「ぇ…?」
羅奈の目に映ったのはカルミオが音が止まった方へ全力で走っていく姿だ。
羅奈は少しの間置いてきぼりにされ、さらに不安感が増していく。
少ししか距離は離れていないが不安なことは変わりない。
「おい、観念しろ!!」
カルミオは敵の後ろ姿を追いかけるが、よく見ると見覚えがある。
「その声はカルミオさんかい?」
追われる敵は走る足を止め、その場で振り返るとカルミオにその顔を晒した。
「なんだ…悪魔の番人か」
どうやら怪しい者の正体はラグリスだったようだ。カルミオはそれが分かるとホッと胸を撫で下ろす。
「ところで羅奈はどこにいるんだい? 姿が見当たらないけど」
「あの子供なら、近くにいる」
そう言ってカルミオはラグリスを連れて羅奈のいる場所へと戻っていく。
「ラグリス、良かった無事だったのね」
羅奈はラグリスを見ると駆け寄ってきた。
ふと、ラグリスは羅奈が背負う絶斬が左手にあることに気がつく。
「うん。羅奈もカルミオさんも大変だったみたいだね」
ラグリスはそう話すとカルミオに視線を移した。
「敵はどうした? なにせ絶斬を狙っているんだ、このまま天使達が引き下がるとはボクは思えない」
「あまり羅奈と離れると仕事にペナルティがついてしまうから戻ってきたんだ」
ラグリスは追求から逃れるように戻ってきた理由を話す、カルミオは一番大事な話を無視されたと思い込み少し不機嫌になっている。
「ねぇ、どこかでゆっくりと話を聞きたいのだけどいいかしら?」
このままだと空気が悪くなるのを察知したのか、羅奈は場所を変えてほしいとラグリスに提案してきた。
(これ以上ラグリスに勝手に行動されると困るわ。それにキチンと説明されないと納得がいかないもの)
「そうだね。 まだ敵がいるかも知れないし……」
羅奈の言い分にラグリスも賛成したが羅奈達はこの森に今日初めて来たばかりだ。
「休息したいのならボクのお気に入りの場所に行かないか?」
右も左も分からない羅奈達にカルミオは道案内をするようだ。
「それじゃあ、カルミオさん道案内をお願いね」
羅奈がカルミオに笑顔で返事を返すとカルミオはそそくさと羅奈達の前を歩くのだった。