その目的は?
夕闇の中を羅奈達は歩いていた。
「先に進もうか」
「ええ」
「あ、 そうだ。羅奈、人間が悪魔に敬語を使うと失礼にあたるから、使わなくていいからね」
「悪魔にも接し方はあるのね。分かったわ」
二人はさらに奥深く入っていく。
葉や木の枝が羅奈の顔や手に当たる。
そうして進んでいくと前を歩いているラグリスが立ち止まった。
「どうしたの?」
羅奈が驚いた顔をして声をかけるとラグリスが振り返った、自分の人差し指を口に当てる。
羅奈は慌てて声を出さないように両手で自分の口を軽く押さえた。
ラグリスはノートに挟んだ写真を取り出すと羅奈に見せる。その行動の意味を羅奈は理解し頷いた。
(この先に写真の人がいるのね)
ラグリスの隣に行きその様子を伺う。
「………むう」
写真の男は羅奈達に気付きもせず、片手にメモ帳を持ちながら悩んでいるように見える。
男の肩の黒色のポシェットには手紙がギュウギュウに詰まっておりそのうちの何枚かはこぼれ落ちそうになっていた。
男には敵意や殺意は見受けられない、ラグリスは羅奈に合図を送り自分一人だけ男の背後から近寄った。
「やぁこんばんわ。アナタはカルミオさんだね?」
明るい笑みを浮かべながらラグリスは男に話しかける。
「……」
男は急に話しかけられたことに驚いたのか振り向かずに背を向けたままだ。
「そうだが…アナタは何者だ?」
カルミオと呼ばれた男はゆっくりと振り向きラグリスに目を向ける。
その顔は少し幼さが残る顔立ちをしているが、顔よりも右頬にある雷と逆三角に似た小さな赤色のタトゥーが目についてしまう。
背は173センチのラグリスより高く、カルミオの身長は177センチで薄い茶色のトレンチコートを羽織っている。
紺のズボンにはベルトが巻かれており黒のショートブーツには土汚れがついていた。
見た目からすると16~18歳くらいだろうか。
その場でカルミオがニット帽を取ると深い緑色のショートヘアーと青い瞳が見えラグリスにはより幼くみえた。
カルミオの左の髪の毛が少し長いのでラグリスは写真と同じ本人だと確信した。
「悪魔の番人に所属している者さ」
トイフェル・ヴァッヘと呟かれた言葉にカルミオは納得したのか頷くと少し微笑みながら答える。
「なら人探しの命でボクを探しに来た、といった所だな?」
「まあ、そんなところだね」
当人同士でしかわからない言葉を交えつつ、ラグリスは右腕を後ろに回し羅奈に手招きをする。
ガサガサと葉を揺らしながら羅奈が警戒しつつ彼の前に姿を現した。
「…はじめまして」
羅奈の姿を見つめつつカルミオは彼女の背負ったしない袋を気にしていた。
「どうも…。ずいぶんと大切な物なんだな」
カルミオは素っ気なく返事をするとラグリスに質問するのだった。
「悪魔の番人。この子供はアナタの連れか?」
カルミオが不思議そうな表情でラグリスに問いかけるが答えるどころかはぐらかすように口を開いた。
「カルミオさん。アナタは絶斬を探していると風の噂で聞いたけど…」
「何故、その情報を知っている……」
カルミオは警戒心を露にするとラグリスを睨み付けた。
羅奈はカルミオの射抜くような瞳に驚き、ラグリスの背後に隠れる。
「言っただろう悪魔の番人だとね。 カルミオさんを探してほしいと依頼があったんだ」
ラグリスは頬を数回掻いた後、カルミオの返事を待っている。
「アナタが本当に悪魔の番人なら、その子供は絶斬の所有者だな?」
「そうだよ。そのことを知っているならカルミオさんはどうすれば良いのか分かるよね?」
ピリピリと重苦しい雰囲気が流れる中でラグリスはニヤッと笑みを浮かべた。
(話に全くついていけない……)
何も告げずに勝手に話を進ませているラグリスに嫌気がさしながらも羅奈は一言も発せずに黙って事を見守ることしかできない。
羅奈はそんな自分の心情を認めつつ問いかけるタイミングを伺っていた。
カルミオはしばらく頭を悩ませた後、ため息混じりに呟いた。
「分かった…。ボクはその子供を守る事を誓うことにーー」
「ちょっと待って!! ラグリス、勝手に決めないで私にも話して!!」
カルミオの言葉を遮り羅奈の困惑した声が辺りに響き渡る。
まるで叫ぶように説明を求めるその声にラグリスがいつもと変わらない声色で口を開いた。
「カルミオさんが仲間になってくれるんだ」
「どうして?」
「僕が悪魔の番人だからだよ」
ラグリスはなるべく分かりやすく伝えようとするが羅奈は頭を悩ませながら聞いている。息継ぎのためか少し間をおいたあとラグリスは話しを続けた。
「悪魔の番人は僕の職種の名称で羅奈や悪魔を守るのが仕事なんだ」
「悪魔は絶斬を狙ってるって王様が教えてくれたじゃない。アナタは私の身を危険に晒したいの?」
羅奈にはラグリスが何を考えているのか理解できなかった。
天使や悪魔から狙われ続けているのにも関わらず、ラグリスは羅奈と悪魔を守ると言ったのだ。
羅奈からすれば常に狙われることに怯えながら過ごさなければならない。
不安が羅奈の胸を締め付ける。
ラグリスはそんな羅奈の気持ちなど知りもせず少し驚いた様子で返事を返すのだった。
「王様が元々、絶斬は神聖な儀式に使われていたって話していただろう? 王様は悪魔が勝手に持ち出したって言っていたけど、僕は悪魔はそんなことはしないと思っているんだ」
「私がいた世界じゃあ悪魔は良くない意味で使われる言葉よ。コチラじゃあどうか分からないけど私は王様が言ったことの方が正しいと思うわ」
互いの意見がぶつかりあう中でカルミオは冷静に二人を見つめている。
ふと、カルミオが思い出したようにポシェットの中をゴソゴソと触りだした。
「君がいた世界と僕が住む世界は違うからそう言えるんだよ」
ラグリスはカルミオの動きに気づくこともないまま話を進めている。
「確かにアナタの言うとうりよ。でも、私に少し教えてくれてもいいんじゃない?」
「君にはちゃんと教えてあげたいけど、仕事のルールがあるから深いところまでは教えられないんだよ」
溜め息混じりにラグリスはそう言うと側にいるカルミオをジッと見つめていた。
(ルールだから教えられないのは仕方ないけれど納得いかないわね)
羅奈は不満な気持ちを心のなかで呟くとラグリスから視線を反らし何かを探しているカルミオを黙って見ていた。
「何を探しているんだい?」
ラグリスはカルミオのことが気になったのか問いかける。
カルミオはラグリスの方に顔を向けると暫く黙りこんだ後に静かに呟くのだった。
「……悪魔番人宛に手紙を預かっている」
「手紙? ああ、ありがとう。アハハ助かったよー」
(なんだか、ラグリスにしては軽すぎるような……)
ラグリスの芝居がかった返事に羅奈は違和感を覚えた。
カルミオがポシェットの中から手紙を取り出すがそのうちの何枚かは地面に落ちてしまう。
羅奈が何気なく拾いあげ『落ちたわよ』とカルミオに声をかけようとお互いの顔が近付いた瞬間、カルミオは羅奈の耳元で小さく話しかけた。
「今すぐその場でしゃがむんだ」
「?」
羅奈はカルミオの言うとおりすぐにその場でしゃがむと羅奈の頭上をナイフがかする。
――カッ!!
高い音を響かせながらナイフは木に突き刺さった。
「カルミオさん。羅奈。その場から動かないで!!」
ラグリスは誰かがナイフを投げた方向に素早く走っていった。
「まさか、敵!?」
羅奈は呆然としたままその場から動けないでいる。
今、この場に居るのは羅奈とカルミオだけだ。
カルミオはやれやれといった様子で傍で呆けている羅奈に声をかけた。
「とりあえず、帰ってくるのを待つぞ」
カルミオはそう言うと背後に何かを投げた。すぐ近くに女の悲鳴が羅奈には聞こえた。
「いま。ひ、悲鳴が聴こえたような……」
羅奈は恐怖を露にしながらカルミオに問いかけるが本人のカルミオはポシェットから短剣を取り出す。
「今から戦う……。アナタは下がっていろ」
「う、うん」
カルミオは羅奈の目の前に移動すると、短剣を構えた。