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薄い反応


城を出て歩いてる間に空を見上げて、 夕方になっていることを羅奈は確認する。


最初は城下町を歩いていたが、徐々に道を外れてうっすらとした森の中を歩くようになった。

羅奈は疲労が溜まったのか歩く速度が遅くなっている。

前を歩いていたラグリスが見かねて声をかけた。


「僕の家はもうすぐで着くんだけど、少し休憩しようよ」


「そうね、少し疲れたわ」


そう言うと羅奈は腰を下ろし地面に座り込む、ラグリスは近くの大木に凭れかかっていた。

羅奈はフゥっと軽く息を吐くと茜色の空を見上げ、少し冷たい風に吹かれながら羅奈は心の中でポツリと呟く。


(昔はこのくらい歩いても息一つ上がらなかったのに……)


体力には自信があったが、入院するとこうも落ちるのかと嫌でも実感してしまう。と、同時に入院してたことさえ懐かしい。

記憶を辿ると、この時間は個室の病室で昼食を済ませテレビを観ることが日課になっていたことを思い出す。


あれから何も話さないことが苦痛になったのか、ラグリスは暇そうにしている。


「何か思い出していたのかい?」


羅奈が思い出に浸るなか。僕はヒマだ、とでも言いたそうに羅奈を横目で見つめる。


「ええ、入院していた頃をね」


羅奈が何気なく答えると、ラグリスは目を細める。


「君はどこか悪かったのかい?」


ラグリスは入院という言葉を重くうけとめていたのか深刻な顔で羅奈を見ていた。


「そんな深刻な顔をしないで、階段から落ちて足首を捻っただけから」


いつもの自信がない声とは違い明るい声がラグリスの耳に入ってくる。


普段の羅奈の声の調子を知っているためか、急に明るく話しだした相手にラグリスは違和感を感じていた。


羅奈は明るく話そうとは思ってもなく、ただ懐かしさのあまり声のトーンが高くなってしまっただけだ。


お互いに細かいことまで言わないためか、まだ親しくなるには時間がかかる。


「話の続きは僕の家でしない? あと数分で着くからさ。悪いけど、その前に沐浴してもいいかな?」


「いいわよ。私はここで待っているわね」


「ありがとう。すぐ終わるからね」


そう言うとラグリスは森の中に消えていった。



5分ほどで石垣で川を囲んだ場所に着くと、ラグリスは服を全て脱ぎ体を浸からせた。


「ああ、やっぱりか」


ラグリスは古傷だらけの身体を見ながら呟いた。


「違和感があると思ってみたら今日は()()()。か……」


ラグリスは石垣の近くあるカゴに入ったタオルを使い体を拭くと、服を着て戻るのだった。



羅奈と合流したラグリスは、あれから10分近く森の中を歩くと大きな洞窟が羅奈の目の前に映る。

入口の前にはラグリスが笑顔で手招きをしていた。


「ここが僕の家さ!! どうだい広いだろ?」


初めてみた羅奈の反応と言葉を楽しみにしながら、ラグリスは両手を広げ自慢の家を紹介した。

よほど反応を楽しみにしているのが誰の目から見ても分かるくらいにはしゃぐ姿はまるで幼い子供のようである。


「ハハ……」


羅奈の反応はラグリスの思い描いていた反応とは真逆の乾いた笑いのみだ。


羅奈にしてみれば予想と大分違ううえに急にはしゃぐラグリスの姿を見てどう反応をすれば良いのか困っていた。


「ハァ……。もう少し驚いてくれてもいいと思うんだけど?」


呆れてため息を深く吐きつつもラグリスは相手の性格を考えれば薄い反応にも納得がいくと考えていた。


ラグリスは羅奈の冷静な態度が苦手だ。

自分の気持ちを抑えながらラグリスはつまらなそうに羅奈の顔をじっと見ていた。


「自分の予想を遥かに越えていたのよ。まさか洞窟が家とは思わなかったわ」


羅奈は素直に自分の気持ちを表に出す。

動揺した声は落ち着きがなく弱々しい。


「住んでいた場所が壊されたんだ、仕方ないだろ?」


昔の事を思い出し、怒りを混じえながら呟く。


「……そう」


ラグリスは機嫌や声色がコロコロ変わることが多い。相手の機嫌を伺いながら羅奈は先に入口へと足を進めた。


中は薄暗いものの狭くはなく羅奈とラグリスの二人が通ってもまだ広い、足元こそ悪いが慣れればそれほど気にすることもなくなるだろう。


さらに奥に進んでいくと火が灯ったランプがあちこちにぶら下がっている、とても明るく慎重に進まなくても足元がすぐ分かった。


ラグリスを置いてどんどん先へ進む羅奈がふと壁に目をやると、洞窟には似つかわしくないモノがあった。


「これ……インターホンかしら?」


壁にはスイッチらしき物が一つ埋め込まれており真ん中には何か文字が書かれているが、羅奈には全く読めない。



(ラグリスは機嫌が悪そうだから……)



そう呟くと羅奈はためらい気味に人差し指でスイッチを押す。


――ゴゴゴゴゴ


突然、羅奈の前に大きなギロチンが落ちてくる。辺りに大きな音が響き渡る。


「キャっ!!」


「危ない!!」


背後からラグリスがものすごい勢いで走ってくると、 羅奈の手を掴むと自分のほうへと引き寄せた。


「び、ビックりした…。ありがとう、ラグリス」


「トラップが発動したんだ。勝手に行くからこうなるんだよ」


「ごめんなさい」


「これからは勝手に行かないでね」


「うん」


ラグリスは右側の壁に埋め込まれたスイッチを押すと扉が出てきた。

音は洞窟内に反響し、耳が痛い。


ズズズズッ


二人はゆっくり扉の奥へ入っていく。



部屋に入るとひんやりとした空気が流れていた。

洞窟の中にあるだけあって少し寒い。


部屋には必要最低限の物しか置いておらず、住み慣れた場所とは言いにくいほどに殺風景だ。


机が中央に置いてあり、その上には水色のランプが付けっぱなしで置いてある。タンスは全て開いていて、男物の下着や服がハンガーにかかっている。


(男の下着……ということはラグリスはやっぱり男?)


部屋は8帖ほどの広さであちこちにもランプが吊らされユラユラと揺れており少し寒いがとても洞窟の中にある部屋とは思えないほど明るかった。


さっそくラグリスは椅子に座る、羅奈はベッドの上に座った。


「どうだい? なかなか快適だろう?」


椅子に座るラグリスが羅奈を見つめて話しかけてきた。


「ええ。こんなフカフカのベッドなんて久しぶりだわ」


ベッドの肌触りを確認しながら言葉を返す。


ボフッと音を立てながら羅奈は横向きに寝転がると、気に入ったのかとても満足した表情カオだ。


「ねぇ、お腹空かない?」


ゴロゴロとだらけている羅奈が声をかけてきた。


「今から山へ入ってキノコでも食べるかい?」


「もうヘトヘトで動けないわ。ねぇ、宅配ピザとかはないのかしら?」


「ピザ? ああ、ここは配達地区じゃないから無理だよ。あ、そうだ。確かこれが……」


そう言ってラグリスは立ち上がると棚の中に置いてある紙に包まれたパンを取りに行き、羅奈に差し出した。


「ありがとう、いただきます」


数分後、羅奈は食べ終わるとラグリスに話しかける。


「お互いのこと深く知るために、お話ししたいのだけれど」


ラグリスはその言葉を聞いて怪訝な顔を見せる。自分の事を詳しく話したことは一度もなかったからだ。


「君はお喋りが好きだなぁ」


ごまかすようにハハッと爽やかに笑うラグリスに羅奈もそうねと言い返す。


「羅奈に確認してほしいんだけど、心臓は動いてる?」


ラグリスがふと思い出したように呟くと羅奈は自分の胸に手を当てた。


「……鼓動はないわね。私は死んでいるのだから当たり前だわ」


羅奈は内心ショックを受けるも悟られないように告げる。


ラグリスは細かな声の変化も聴き逃さず、確信したかのように心の中で呟いた。


──やっぱりそんなすぐには受け入れられないか……。あれ? 何か忘れて……



「ああああぁっ!!」


ラグリスが突然大声を出す、辺りに声が反響し羅奈は思わず両手で耳を塞いだ。


「…っ、急になんなのよ」


「お、お疲れ様です」


ラグリスが急に羅奈に向かって頭を下げる、羅奈は分けがわからずに相手を見つめていることしかできなかった。


「あらぁ? 随分と遅刻したうえに身支度も済ませてないなんてねぇ……」


羅奈の後ろから艶やかな声が聞こえた。


振り返ると、薄い金髪のゆるウェーブのセミロングに黒いとんがり帽子が特徴な20代くらいの女が立っていた。

羅奈は驚くどころか女の美しさに見とれてしまう。


女は童話に出てくる魔女のような格好をしていた。

男を誘惑するかのような小悪魔的な甘ったるい声は心地よく羅奈の耳に入ってくる。

肌は褐色でラグリスより背が高く、瞳は紫色で垂れ目。胸は控えめだ。


「今から済ませて報告に行こうと思ってました」


羅奈とは対照的にラグリスは顔が引きつっている。あまり女とは親しくないようだ。


「面倒だからこの場で伝えてほしいのよねぇ、アンタの報告はいつも短いしぃ」


「今は絶斬ゼツキを持った少女と行動しています。この少女は死んでいて生き返るのが目的のようですね」


ラグリスは事務的に告げると女からの返事を待つ。


「死んでる子が絶斬アレを持ってるの!? 」


その言葉を聞いた女は疑いの眼差し羅奈を見つめると急に羅奈の手首を掴んだ。


「痛っ!! ──っはなしなさい!!」


「手首の脈を測るだけよ。だから安心なさい」


羅奈は嫌がり抵抗するが女は離そうとしない。

女の右手は羅奈の右手首にあり脈拍を確かめるのに必死になっている。


すぐ傍らにはラグリスがいるがじっと二人を見つめていた。ラグリスも羅奈が本当に死んでいるのか気になるのかその眼差しは真剣だ。


「心臓の……鼓動がしない」


羅奈は嘘か冗談で言ったのではない、確かに死んでいるハズなのに生者のように振る舞うその姿に女は違和感と寒気すら感じていた。

手首を掴んでいるそのか細い腕は体温もなくまるで氷の塊を鷲掴みにしている感覚が襲う。


女は思った。


――この少女が怖い…。


怖がる女とは対照的に羅奈の怯えた目は影を潜め相手が驚いているのを見つめては羅奈の中で疑問が確信へと変わっていくことが分かった。


(私は…ホントに死んでるのね)


悲しみの感情を露にしながら、羅奈は心の中で静かに呟く。

認めたくない思いもあったがそれが一瞬にして崩れてしまったのだ。

あまりの動揺に目はあちこちに泳ぎ涙が出そうになるくらいの深い悲しみを抱く。


女の口からは何度も「ありえない」と言葉が漏れた。


女は羅奈から離れると、ラグリスに顔を向けた。


「アタシから上に報告しといたげるわ、アンタはその子の傍に居てあげなさいな」


女は声の調子を元に戻すと、特に気にする事もなく扉のスイッチを押した。

ラグリスは軽く頭を下げると座りながら手を振っていた。


「あ、そうそう」


そう言いながら女は振り返るとラグリスをジッと見つめる。


「さっき森に郵便屋がいたわよぉ、見つけたら報告ヨロシクねぇ。 あ、死んだお嬢さんはなんてお名前なの?」


明日夢あすむ羅奈らなよ」


「アタシの名前はアストレア。 よろしくね」


そう言うとアストレアは香水を身体にふって出ていった。


「やっと帰ってくれたようだね」


どうやら苦手なタイプのようだ。


「ラグリスにも苦手な人っているのね」


苦笑いしつつラグリスに声をかける、さっきまでのピリピリした空気とは違いユルい空気が部屋を漂わせた。


「僕はああいうのは嫌いだね」


そう言うとラグリスは立ち上がり羅奈の所までやって来る、そしてベッドに腰を下ろすと羅奈の背後から抱きつきボフッと音を立てながら枕の方へと倒れた。


「少し寝るよ、おやすみ―」


「ちょ、ちょっと!!」


羅奈は抵抗するもラグリスの力が強すぎて無駄に終わる。

ラグリスはふてくされたように呟くと羅奈の背後で寝息をたてる。


「しょうがないわね……。男の人に抱きつかれて横になるなんて初めてよ」


抱きつかれたままの羅奈は呆れつつも力が弱まるのを待ちつつため息を吐いた。

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