Dクレイドル校舎は天高くそびえる
作品中に専門用語が出てきますが後々物語に支障がないレベルで説明しようと思っているので、とりあえずはスルーしてください
ハヤテはそれを見て呆気に取られていた。
「……これが、校舎?」
そこにあったのは大樹であった。エアボードで来る時に見た、あの大樹である。
上を見て、
右を見て、
それから左を見る。
「視界に収まらない……」
幹が円形だと考えると、奥行きもかなりあるだろうと推測できる。
こんなにも大きく、太い樹があるのかとハヤテはただただため息を吐くしかなかった。
周りの木々と対比すれば、これぐらいあることは分かっていたはずだが……ハヤテの想像を越えているために実際見なければ実感が湧かなかったのだ。
「驚いた?」
横から声がして、振り向けばそこに意地悪そうな笑みを浮かべたヒカリが立っていた。
後ろにはタマとカイが微笑んでハヤテと眠っているソラを見ている。
「これがあなたたちがこれから住むところ。地球人類教育重合機関Dクレイドルニホン校校舎。私は勝手に〈世界樹〉なんて呼んでるけど」
「〈世界樹〉……」
ハヤテには聞いたことがあった。世界樹とは地球の北欧地方に伝わっていたユグドラシルという大きな樹のことだ。
そこからあやかったのだろう。確かに世界で一番大きな樹だと言われても、納得出来てしまえるような大きさだとハヤテは感じた。
(遠目から見たときは異様に目立つ樹だなとは思ってたけど、まさかそれが学校であることは誰も思うまい……)ハヤテは苦く笑った。
「色々と秘密もあるんだけど、とりあえず入りましょう? 中もいろいろすごいから」
世界樹の入り口は巨人が入れそうなくらいの空洞であった。通常サイズならば、熊辺りが冬眠で使うであろう場所だ。
そこから、幹の中へと続いている。扉というものはない。
「防犯面から大丈夫なの……?」
ハヤテがそう訊くと、ヒカリは意地悪く笑った。
ぴんと小さな人指し指を立てる。
「まず環境を考えてみましょう。陸地から離れた人工島。そこにいるのは先生とDクレイドルの生徒たち。はい、問題です。どこに他人がいるでしょうか?」
「あぁ……なるほどね」
入り口から入って長い通路が続く。中は申し訳程度の照明しかないため薄暗く、入り口の大きさがそのまま通路の天井までの高さなので、イヤに広々としている。
「……反応うっすいなぁ、もぉ」
「そんなこと言われてもなぁ。そんなに反応が欲しいなら私じゃなくて後ろに行けばいいのに」
ちらりと後ろを見る。
カイとタマが楽しそうに談笑していた。
話している内容はどうやらラウス星系から地球に来るまでに何があったかであるらしい。ほとんどは無視して過ごしたはずなのだが、よくもまぁあそこまで楽しそうに話せるものだとハヤテは素直に思う。
「……いいの。私はあなたと話したいもの」
「え? どうして? だって、あなた……カイ先生のことが」
「えぇ、好きよ」誇らしく言う「でも、今はあなたと色々話を交えたいの、ハヤテ」
「どうして……? どうして私なの?」
ハヤテがそう訊くと、ヒカリはクスリと笑った。十歳の少女らしくない笑い方で。
「そりゃ、あなたが魅力的な人だからだよ」
気恥ずかしさもなく、さらりとそう言った。
ハヤテが絶句していると、ヒカリが呟いた。
「見えてきたね」
何がと思い、前を向く。
眩しさで暗闇に慣れてきた目が細くなる。
(……光?)
進めば進むほど、光は大きくなる。
そうしてその光をくぐると――
「……うわぁ」
通路よりもさらに大きな空間へと出た。頭上を見上げても、天井が見えない。なのに、光が満遍なく行き渡っている。どうやら、壁に照明を一定の間隔で埋め込んでいるようだ。それだけどれだけあるのか、どれだけの料金がかかるのか、ハヤテは考えないことにした。
近くの壁を見れば、木目がよく見えた。しかも自然では考えられないほど、滑らかで、光沢があった。
(ここは……自然に出来た空間じゃないようね。人の手で掘られたのかしら)
左右の壁が曲線を描いて奥まで繋がっている。ここが大樹の中であることを自覚させる。
ただ、表で見た大きさを考えればここはごく一部をくり貫いた空間でしかないことは分かる。
(こんなに大きい空間を作ってどうするのかしら? 一体、何に使うの?)
キョロキョロとハヤテは目を配らして疑問を思い浮かべる。
(螺旋階段が上まで続いてる……階段の一定の間隔に扉がある。そこは教室? それとも宿舎?)
全部木製だ。階段も手すりもドアも照明も。個々で違う木目が個性となって、ハヤテの目に映る。けれど色は同じ素材から作られているからか、どれも同じだ。そのせいで遠近感が感じにくくなっている。
目が疲れるので、中央に視線を移動させる。空間の中央に鎮座するのは、余計な装飾が施されていない噴水であった。これも木製だ。
(こんなところに噴水……ん?)
噴水を見て、ハヤテは違和感を感じた。
噴水がいやに見えづらいのだ。普通、噴水というものは水流がはっきり見えるだろう。下から汲み上げられた水が上に到達して、そのまま下に落ちて滝のような形になる。だが、不思議なことにそこにある噴水は下から汲み上げて、上で消えているのだ。
何かを見極めようと目を細め……ハヤテを目を見開いた。
共臓を通じて、感じ取る。
(え、この噴水……水じゃない! 水素と酸素で出来てるんじゃない! まさか……まさか、全部スリープ粒子!? 液体のスリープなんて、聞いたことないわよ!?)
スリープは通常、素力の状態と呼ばれる状態で電子や陽子、その他の粒子にくっついて空間に漂っている。
スリープは発力の状態に相転移しない限り、エネルギーや質量を持たない。故に人類には観測できず、大昔には暗黒物質として扱うしかなかった。暗黒物質の正体がスリープであるのに気づいたのは、人類が他の知的生命体に助けてもらいながら、銀河に進出して〈知の全体会〉に入会した時だ。〈知の全体会〉から譲り受けた共臓のDNAを取り込み、共臓を得た時初めて認識することができた。
なのに、今見ている噴水を構成しているのは、水素と酸素の分子ではなく、スリープ粒子であるのだ。
そして、ハヤテは気づいた。
その噴水は、ここに来る前に調べようと思っていた疑問の答えであることを。
ソラの能力が強化された原因がここにあることを。
ハヤテはカイの元へ駆けつけた。
「あぁ、ハヤテちゃん。どうだいここ――」
「どうしてこんなところに校舎を設けたのですか!?」
ハヤテはカイに噛みついた。
「どういう原理か知りませんが、あの噴水によって常にスリープはこの空間に供給し続けて、それ故にこの空間ではスリープが飽和状態で存在しています! 肉眼でスリープの噴水が見えるのがいい証拠です!」
広大な空間にするのも、通路がつながっている入り口を塞がないのも、全部この噴水があるからだ。
つまりここは、
「ここは、各学校にスリープを供給するための生産工場なんですよね!? どうして、そんな場所に学校を設けたのですか!? ここで観測してしまったら、どんなことになるのか分かっているのですか!?」
カイは頷いた。
「だからこそ、ここでは不用意に観測なんてできないよ。観測したら、自分も巻き込まれるからね」
「質問の答えになっていません先生。ここで能力を使えば、どうなるか、そしてどういう事態を引き起こすのか、分かっているんですよね?」
ハヤテの目は真剣そのものだった。
カイは頷いた。
「あぁ。能力を使えば通常よりも遙かに巨大な現象が巻き起こり、下手したら死人が出るだろう」
「なら――!」
「だからこそ、僕がいる」
カイはポンとハヤテの頭に手を乗せた。
「大丈夫。僕はそんなことにさせないから」
カイは微笑んで、ハヤテの頭をなでた。
だから心配はない、と伝えたかったのであろうが、
「……信用できません」
ハヤテは頭から手を振り払って、乱暴な足取りでその場から去った。
カイはため息を吐いてその後ろ姿を見送る。
「やれやれ……まぁ、信用できないよな普通は」
カイはヒカリに声をかける。
「ヒカリちゃん。すまないが、ハヤテちゃんを宿舎に案内してくれないか? 部屋は空いてるところ適当に使っていいから」
「はーい♪ おうせのままに~♪」
ヒカリは走って、ハヤテの後を追った。
「ふぅ……」
カイは二人の後ろ姿を見る。
「あの二人が互いにいい影響を与えればいいんだけどな……。あ、タマさん。荷物あとで届けてくれないかな」
「もう、済んでますわ」
見れば、タマの手元に荷物はない。
「あらら……部屋は適当に使えばいいと言ったけど、大丈夫かなぁ」
「大丈夫ですわ。使うであろう部屋はすでに見積もってありますから。そこに運んでおきました」
「へぇ。どこにしたの?」
「それは――」