新たなる出会い
作品中に専門用語が出てきますが後々物語に支障がないレベルで説明しようと思っているので、とりあえずはスルーしてください
嵐が巻き起こっている。
沿道に生えている木々たちが、引き抜かれ、渦となって舞っている。
「ソラーーーーッ!」
ハヤテは嵐の外側にいた。下手に近づけば、巨大な質量を持った木々が追突してくる。けれども、ハヤテはそこから逃げることなどできなかった。
中心に妹がいたからだ。
そして、その妹が嵐を起こしているからだ。
「おねぇーちゃーん! 痛いよぉー、おねぇーちゃーん!」
ソラは泣いていた。中心で、膝を抱えてうずくまっている。
「待っててね、ソラ! 今そこに行くから!」
ハヤテは渦を確認した。
木々がぶつかる度に猛烈なエネルギーがまき散らされる。それは光であり、音であり、衝撃であった。木々の質量分、あらゆるエネルギーが混在して、まき散らされていた。
(どうしてこんなにも強いの!? いつもなら一対、二対くらいのものしか対象にならないのに! そんなにソラは痛がってるというの!?)
ハヤテは睨むようにして、嵐を見た。
(ともかく、こいつを何とかしないと!)
ハヤテは周囲にあるスリープを認識する。能力を使って、事態を打開しようと考えたのだ。
(え!? 何これ!?)
しかし、ハヤテは目を見張った。周囲にあるスリープ粒子が今までに観測したことがないレベルで濃かったのだ。
(そうか……だから、こんな規模で……)
当初はソラが痛みによる強い感情を以て、現象を起こしているのかと思っていた。だが、実際はスリープの濃度が濃いが故に大規模になってしまっただけであった。舞っている木々がぶつかる度に、新たな木々が引っこ抜かれるのも、高濃度のスリープがソラの観測に過剰に反応しているからだろう。
(どうして濃度がこんなに濃いのかはこの際どうでもいい)
ハヤテは舞っている木々に狙いをつける。
木々に含まれているスリープを感じ取り……そこから重力子を生み出した。
重力子は重力を生み出す粒子である。ハヤテは重力子を、観測したスリープの倍の数だけ生み出した。
あらゆる粒子を観測したスリープの二倍の数だけ生み出す。それが、ハヤテの能力であった。
重力を受けた木々は強い力に引かれて勢いよく地に落ちる。
強さなど考えている余裕はなかったため、大きな音と振動が辺りに響いた。
ソラが新たに木々を引き抜く前に、ハヤテはソラに駆け寄った。
「ソラ!」
ソラはハヤテに抱きついた。背中をなでる。もう大丈夫だとソラに言い聞かせ、ソラの感情を鎮まらせる。
ソラも姉の背に手を回していた。
「お姉ちゃぁん、痛いよぉ」
「どこが?」
「うぅ……ひざぁ……」
見れば、ソラの膝から血が滲んでいる。
「転んで、すりむいただけなのね……」
ホッとした表情を浮かべた。
「うぇぇ……ふぇぇ……」
「よしよし、痛かったね。今治してあげるから」
ハヤテはソラの膝に狙いをつけて観測した。損傷している箇所をスリープを通して周囲の組織と同じ物質――水素、酸素、炭素、窒素、その他の元素を能力により一定のパターンに沿って生み出しそれらを組み合わせた高分子生体物質――で埋めていく。
ハヤテの能力によって、膝の傷は完全に治った。
「もう痛くないわよね?」
「――うんっ! もう痛くない!」
にぱっ、とソラは笑ってから言った。
もうソラが能力を暴走させることはない。ソラの能力には強い負の感情が伴わなければ発動することはないからである。その負の感情さえ和らげてやれば、もう大丈夫だ。笑顔のソラはいつも天使のような安らぎをハヤテに与える。
ハヤテはその笑顔を見てすっかり安心していた。
――故に、背後からメキメキと音を立てて、木が倒れてくるのに気づけなかった。
「!? しまっ――!」
ハヤテは無意識的に、脳内に情報を刹那の早さで送受する粒子をスリープによって生み出す。これによって、ハヤテは十歳どころか、人間では考えられない早さで思考を巡らすことができる。ハヤテが十歳らしくない思考をする原因でもあった。
倒れてくるまでに、考えを巡らす。
原因――先ほど生み出した重力子が過剰だった可能性が高い。時間差で引き寄せられ、倒れてきたのだろう。
対策――重力子を生み出して下方向に倒すにはもう遅く、他の手段で破壊するにしても距離が近すぎる故に、自分とソラが怪我、それも大怪我と呼べる部類の傷を負う可能性が高い。
結論――ソラだけでも逃がすしかない。
行動――ハヤテはソラを突き飛ばし、ハヤテの上に大木が倒れる。
(こんな質量の物体に押しつぶされてしまったら、さすがに私、死ぬだろうな……)そうハヤテは他人事のように考えて倒れてくる大木を見ていた。感覚が鋭敏になっているため、その動きが極端に遅く見える……。
故にその見ていた大木が――にわかに閃光に包まれたのもゆっくりに見えた。
ハヤテは反射的に目をつむった。しかし、スリープを観測できる共臓は目に依存しないため、大木に何が起こっているのか、ハヤテには理解できた。
大木を構成している分子が崩壊していく。
それはスリープを通して行われていた。
より細かく見ていくと、粒子だった電子がスリープによって電磁波として放射されていくのだ。
電磁波……つまりは光として。
スリープが発力の状態から素力の状態に移行していくのが感じ取れた。
薄らと目を開けた時、もうそこには閃光も大木もなかった。
結果的に言えば、大木が巨大な質量として、ハヤテに倒れてくることはなかった。
大木は光になって消えたからだ。スリープによって。つまり、誰かがやった。ハヤテやソラと同じ、共感者である誰かが。
声が響いた。
「なんかピンチっぽかったけど、余計なお世話だったかな?」
ぴょんっと少女が脇道から飛び出して着地した。
輝く黄金色の髪。それを二つに結って、体の動きに合わせて揺らしている。体格は小さいほうで、ハヤテより少しだけ背は小さい。服装は紺のノースリーブに水玉のミニスカート。少女はにんまりと笑い、ハヤテに手を差し伸べた。
「大丈夫、新入り」
「え、えぇ……ありがとう、助かったわ」
ハヤテは少女の笑顔を見て感想を浮かべる。
(力強い笑顔だな……)
何事も自信に満ちて実行できる。そんな心構えを持っていそうな笑顔だなとハヤテは思った。
「お姉ちゃん!」
後ろからソラがハヤテに抱きついた。
「大丈夫? 大丈夫!?」
「うん、大丈夫よ。ソラ。だから泣かないで」
向き合い、頭をなでる。安心をソラに与えるように。
「……うんっ!」
泣き顔だったソラの顔が笑顔に切り替わった。
無表情を経ることができない故の、異常さだった。ソラの表情は目まぐるしく変わる。そして、感情もまた同じようにコロコロと切り替わる。
「…………」
少女が呆けたような表情で、ソラを凝視していた。
ハヤテはしまったと思い、ソラを抱き寄せる。
彼女の異様な表情の変化を人は気持ち悪く感じる。なんてことのない言葉で簡単に傷つき、そして泣いてしまうのだ。
うかつだと感じた。急いでこの場を去らなければならない。どっちに走る。前か、後ろか。後ろにはエアボードがあるところだが、そこに戻ってどうする。Dクレイドルは前だろうか。しかしそのためにはこの少女の横を通り過ぎなければ……。
刹那の早さで思考を巡らしていると――目の前の少女はにっこりと笑った。
「すごいねぇ!」
「……え?」
ハヤテは抱き寄せたまま、驚きの声を漏らした。
「ん? どうしてかばってるの? ……ははぁん。なるほど、私がその子に対してなんか言ったりするんじゃないかと思ったんだね? 大丈夫だよ。何か悪いこと言うつもりなんて毛頭ないし、気持ち悪いとも思わないよ?」
ハヤテは目を丸くした。
どうして、こちらの考えていることが分かる? どうして、ソラが傷つくことを恐れているのが分かる? どうして、気持ち悪いとは思わない?
諸々を含んだ一言を呟いた。
「……どうして?」
少女は満面の笑みで答えた。
「どうしてって、だってすごい興味深いじゃない! 泣き顔だった顔がいきなり笑顔に変わるんだよ? ふつうそんなこと起こらないじゃない! だから、私はもっとその子のこと見てみたいな。今までに見たことがないから……あ、でも聞いたことはあるかも。もしかして、情動不可抑制症候群?」
ハヤテは目を見開いた。
「あ、当たりだけど……」
ぴょんと少女は跳ねた。
「やったぁー! とすると……その子は一日何度も寝ないといけないわけね。表情ってすごいエネルギー食うからねー……特に、何か強い感情に引きずられた時、すごい眠たくなるって聞いたことある……今みたいに、かな?」
「え……? あっ」
ハヤテが抱きついているソラを見れば、ソラは寝息を立てて眠っていた。少女の言うように、強い感情に衝き動かされてしまったからだ。
「うん。聞いた通りだ。初めて見たなぁ……」
腕を組んでうんうんと頷く。
「あなたも、なかなか興味深そうなもん持っていそうだねぇ?」
「はぁ……私は、その別に」
「うっそだー! だって、私と同じくらいの歳の女の子がそんな言い回しするわけないよぉ!」
(それは……あなたも同じじゃないのかしら……)
自覚はしていたけど、目の前の少女にだけは言われたくとハヤテは思った。
とにかく、目の前の少女に圧倒される。
「あ、そだ。まだ名前言ってなかったね。私の名前はヒカリ! 好奇心旺盛の十歳児! あなたは?」
「わ、私はハヤテ……歳は同じく十歳。この子がソラ。今は寝てるけど」
「ハヤテちゃんにソラちゃんね。よろしく! ところでハヤテ、訊きたいことがあるんだけど」
(よ、呼び捨て……)「何ですか、ヒカリさん?」
「ノンノン。私はヒカリでいいよ。同い年なんだし。あぁ、でもほんとあなた十歳児には見えないねぇ」
(それだけはほんとあなたにだけは言われたくない……)「それで、訊きたいこととは何でしょうか?」
「あ、そうそう。私すぐ話題が飛んじゃうから……あ、また飛びそうになる。もぉ! いい加減に本題に入っていいですかね?」
「こっちは始めからそれを訊いてるんですけど!?」
「あ、そだっけー」と言いながら照れくさそうに頭をかく。
(何なの、この子は……)ハヤテは脱力する。早く会話を終わらせたい。
「ごほん。えーっと、あなた確か先生が迎えに行ったんだよね?」
「先生……というと、ここの唯一の教師である……えぇ、そうですよ」
「それで、訊きたいんだけど……先生は今どこに――」
不意にヒカリの言葉が途切れた。
不審に思って後ろを振り向くと、噂をすればかちょうどカイが歩いてきていた。
カイはこちらに気がつき、大きく手を振った。
返さないのも気まずくなるので、ハヤテは小さく手を振り返した。
ふと、カイの隣にいる少女に気がつく。
(隣にいる人誰だろう? さっきは見なかったけど)
青い着物を来ている少女。しかし、自分より年上であろう。着目すべきなのが、重さ数十キロのトランク三個を、軽々と持ち運んでいることだ。
(力に関係する能力なのかな……)
そう疑問に思っている時、
「せーんせーーーーーーーーーーーーーーい!」
耳元に近い位置から大声で呼ばれたため、ハヤテは顔をしかめて耳を塞いだ。
ヒカリはダッシュでカイまで猛然と迫り、最後には胸元にダイブした。
「先生、寂しかったですよぉ! 恋しかったですよぉ! いない間ずっと良い子でお留守番しながらも先生のことを毎日空を見上げて想ってましたよぉ!」
「あ、あぁ……それは悪かったね、ヒカリちゃん」
「そうですよぉ! 先生はとても罪作りなお方ですわ! でも、おかえりのチューしたらぜーんぶ許してあげます、せんせー! むちゅー!」
口をすぼめて「キスプリーズ」のアピール。カイは苦笑して、どうしたものかと困っているようだった。
カイの隣にいた少女――タマが咳払いをする。
「ヒカリさん? 先生に熱烈なアピールをするのはよろしいんですけど、先生が長旅でお疲れなのを考慮してますか?」
ヒカリはカイに抱きつきながらタマに顔だけを向ける。
「やだなータマねえ。だから私がせんせーを癒してあげるんじゃないの」
「疲れが倍増するだけです。早く先生から離れて差し上げなさい。本当にねぎらう気があるという話ですがね」
「肉体仕事担当のタマねえと違って私は精神ケア担当なんですよぉ? タマねえには分からないかもしれないけど」
「まぁ、確かに貧相な胸と体のヒカリさんが必死に見いだした精神ケア担当(笑)なんてのは分かりかねますがね」
睨み合う二人。
「タマさん、ヒカリちゃん。とりあえず、先に進んで校舎に戻りましょう? ね?」
カイは汗を流しながら必死に宥めていた。
遠目から見て、ハヤテはポツリと呟いた。
「あー……あれが修羅場って言うのかなぁー……まぁ、私には関係ないけど」
当面の状況を整理する。
とりあえず、まずはソラが寝る場所を見つけなければと思う。立ちっぱなしで寝続けられる器用さはいいけれど、このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
「よいしょっと」
ハヤテはソラをおぶって歩き出した。この先にDクレイドルの校舎があることは、先ほどカイが「先に進んで」と話していたので分かった。
(あとでベッドを組み立てなきゃなぁ……)
これからのことを思い、ハヤテは密かにため息を吐いた。
ため息を吐いたことが何を意味するか、この時ハヤテはまだ気づいていない。