青年の正体
作品中に専門用語が出てきますが後々物語に支障がないレベルで説明しようと思っているので、とりあえずはスルーしてください
エアボードは海上に漂い、その車内はゆらゆらと揺れている。
「すぐに助けは来るからね」
「でしょうね。これは茶番みたいなもんなんだから、アフターサービスはバッチリじゃないと」
ソラの背中をなでるハヤテは憮然とそう言った。ソラはすっかり驚き疲れてしまったようで、今はすやすやと姉の懐で眠っている。
(この揺れの中で眠れるなんて、結構神経の図太い子ね……)
ハヤテは苦笑する。
青年も苦笑いを浮かべる。
「ははは……よく分かったね」
「あんたの態度とか、私の能力を知らなかったこととかね。特に、『このままじゃ雲を突き抜けて宇宙にでるぞ!』なんて、わざとらしかったし。あんた俳優に向いてないわね」
「いやはや面目ないなぁ。じゃあ、どうしてこんな茶番を組んだかも分かる?」
「大方、私の力を見るために仕組んだのでしょう?」
「ははははは、大当たりだ。その通り。僕は〈知の全体会〉から任を受けたんだよ。君の力量を見るようにと。正直言って、十歳には見えないね君は。頭の回転、とっさの機転、そして能力の細やかな制御。スリープに重力を持たせても、その総量が反重力を持たせたスリープより少なければ意味はなく、また多すぎたら落下速度が早すぎて海面に叩きつけられることになる。まさに絶妙のバランスだったよ。それに気になることも一つあるしね」
ハヤテは青年の言葉を遮った。
「御託はいいわ。それで、何のため?」
青年は肩を竦めた。やれやれ、と言いたげな表情を浮かべる。
「率直に言うと、〈知の全体会〉は君をAアカデミーかBギムナジウムに入れさせたがっている」
「はぁ? 私を?」
ハヤテはAアカデミーとBギムナジウムの情報を思い浮かべる。
Aアカデミー。地球人類教育重合機関におけるトップクラスの機関。地球にわずか三十校しか存在せず、毎年一千万人もの共感者の子供が地球に来る中、このAアカデミーに入れる者は一握りしかいない。いわばエリートの養成を目的とした教育機関。
Bギムナジウム。地球に五千校存在するAアカデミーに次ぐ教育機関。ギムナジウムは地球にかつてあったドイツという国に置かれた教育機関から取られており、その役割はより高次の教育機関へ進学させるための準備機関であった。この場合も同じで、銀河中の研究機関に科学者として送り出すための教育準備機関である。入学者はすでに研究者に進路を定めた者のみばかりで、自らの能力を研究する目的の者も多いため、必然的に能力のレアリティが高い共感者が集まるという。
「……で、そのAアカデミーとBギムナジウムが私を取り合ってるとか、そんな展開はやめてよね」
「うん、その通りなんだよね」
「……マジですかぁー」
ハヤテは思わず天を仰いだ。
「まぁまぁ。よその子から見たら何とも羨ましい話じゃない」
「よそはよそ、うちはうち。そういう言葉が大昔にあってね」
「知ってるけど……うーん、でも共臓を持つ共感者は必ずいずれかの教育重合機関に入らなくちゃいけないのは、君も知ってるでしょ?」
「それは知ってるけど、私が入るところはもう決まってるから」
ソラを見やる。
「私はこの子と一緒のところに進む」
「まぁ、だろうとは思ったけどさ。だけど、果たして〈知の全体会〉が許すかどうか……『全体奉仕の原則に反する!』とか言われきゃいいんだけど」
「関係ないわ。たとえそれで『メフィストの刑』を受けたって、私はこの愛しい妹とじゃなきゃ入らない。――でないと、この子は誰も守れない」
背中をさすりながら、ハヤテは静かに、けれど確かな声音で言う。
「大事なんだね」
「当たり前よ。家族は……もうこの子しかいないんだもの」
ソラを見つめる瞳に悲しみが宿る。
「……あ」
青年の呟きに顔を上げ、見ている方向に振り向くと、遠目から影が見えた。
「別の迎えね」
「そうだね」
「ところで……気になってることがあるんだけど」
「なに?」
「まず一つ。Dクレイドルへ向かう迎えがこれと同じようなエアボードでいいのかしら」
「それは行けば分かることさ」
「そう。じゃあ、もう一つ」
ハヤテは睨むように青年を見る。
「――あなたは何者?」
問われた青年は――にわかに笑い声を上げた。
「ほんと十歳に見えないな君は! いや、そこらの大人よりもはるかに頭が回る。そのメカニズムはおいおい訊くとして、まずは問われた僕が答えなくちゃな」
青年はハヤテの目を見据えた。ハヤテはこうして真正面からじっくりとこの青年を見たことがなかった。それも当たり前で、この青年がソラを監視し続ける〈知の全体会〉から遣わされた犬だと思っていたからだ。
しかし、先ほどの口振りからして、それはない。それどころか、〈知の全体会〉へ奉仕している人間では考えられないほど、「個人」を尊重している。
銀髪の髪に整った顔。明らかに教育重合機関を卒業する前か、卒業して新しく職場を得た新人にしか見えない若さ。命の危険が伴う「ソラの監視」という〈知の全体会〉の仕事を請け負いながらも、監視というよりは「見守る」ことに徹していた謎の青年。
その正体は。
「初めまして。Dクレイドルの校長兼唯一の教師、カイという者です。以後、お見知り置きを」
カイと名乗った青年はにっこりと笑いながら、ハヤテに正体を明かした。
それとちょうどいいタイミングで、もう一台のエアボードが到着した。