Dクレイドルへ
作品中に専門用語が出てきますが後々物語に支障がないレベルで説明しようと思っているので、とりあえずはスルーしてください
〈跳躍船〉はニホンのナリタ港に着地した。
ラウス系からアース標準時間で約半年。様々な星々を跳び継いでいってようやくたどり着いた土地だった。
もっとも、ハヤテにとってはそれほど感慨深いものではなかった。むしろとうとう、と言った印象が強い。
建物は比較的新しかった。周囲を見渡せば、知的生命体の種類は少なく、数もそれほど多くないように思える。流れはあるものの、いろんな種類の知的生命体が大きな群体生物のように形作っていたコーラル第四惑星(ターミナル惑星として有名)に比べれば、人はまばらと言える。ニホンという島においてはかなり重要な港であることは調べたので知っているが、やはりここは一般の人があまり来ないところであるらしい。
「お姉ちゃん、すごい暖かいね!」
「うん……今は夏に入るのかな。それとも春?」
周囲を見渡して季節を判断しようとした時、先に答えを言われた。
「春だよ。一定の温度差しかなかったラウスと違って、地球では季節の温度差は激しいんだ。最も、もっと激しいところはいくらでもあるからこの惑星はかなり住みやすいところと言っていいだろうね。なにせ人類の生まれ故郷だから」
就活生の青年が荷車から荷物を置きながら言う。
「わぁ! ガイドさん物知りなんですね!」
「あっはっは。見直した? 何回もここには来ているからねー」
「あ、荷物……」
「大丈夫大丈夫。重たいけど、仕事だからね。君たちにこの重い荷物を運ばせるわけにもいかないでしょ」
「勝手に触られた。洗浄したい」
「それはちょっとひどくないかな!?」
青年は薄らと汗を浮かべている。軽い口調で言っているものの、荷物は重たかったはずである。
なにせ大きなトランクが三つあり、それぞれ三十キロを越える容量があるからだ。中身は組立式の使い古した家具やベッド、ハヤテが持ち運んだ情報機器であり、本来青年が持つ義務はないものだが、彼は涼しい顔を見せて全ての荷物を開いて中身のチェックをしようとしていた。
「ちょっと待っててね」
青年が荷物をチェックして、紛失したものがないかを調べようとしている。チェック数は多く、時間はある程度取られてしまうだろう。
「大丈夫よ。一つも欠けてるものはないわ」
だからと言うほどではないが、ハヤテは助け船を出した。
チェックしようとした青年の手が止まる。
「……それは確か? この荷物は開いたばっかだけど?」
やれやれと言った感じでハヤテは腰に手を当てた。
「私の能力を知ってるわよね? 一目見ただけで『十分』なの」
しばらく青年は黙っていたが、やがてチェックリストをしまった。
「分かった。それじゃあ行こうか」
トランクを閉める直前。
「あ、ちょっと待って」
一つのトランクに駆け寄り、そこからタブレットを取り出した。
「量子タブレットくらい、持ってもいいよね? いろいろ、調べたいことがあるんだけど……」
「……うん、いいよ」
笑顔で了承する。
その笑顔に少し好感を感じて、ハヤテはブンブンと首を振った。
(ダメ。世の中に信用できる知的生命体なんていない。あいつらはソラを故郷から追放させ、ここに縛ろうとしているの。忘れた?)
脳裏に、無数の文字が羅列していく光景を思い出させる。
強く頷く。
(私がしっかりしないと……ソラを守れるのは、私だけなんだから……)
「ありがと。それじゃあ、ソラ。いこ?」
「うん!」
――十歳の少女が、八歳の妹の手を握る。
その光景をジッと、青年は見ていた。
港の出口からすぐそこに、地面から浮いている乗り物が駐留していた。
「移動にはこのエアボードを使うんだよ」
エアボードは重力を発生させる重力子を打ち消す反重力子――と同じ力を持たせたスリープ粒子を用いて浮かび上がる、いわば車輪がない車だ。空を飛ぶことも可能なため、燃料として使う素力の状態のスリープ粒子さえ足りていれば地球上のどこにでも行くことができる万能車両だ。
この時は真っ白な車体で、空港に備え付けられているものであった。運転手はAIが全ての機器をコントロールするため、必要ない。
男がスイッチを押すてドアがスライドして開いた。ソラは真っ先にエアボードの中へと飛び込んだ。
「わぁ! ふかふか! ふっかふか!」
エアボードに操縦席はない。そのために椅子も必要なく、ソラのようにクッションに寝転がって旅を楽しむこともできる。行き先さえ告げれば、あとはそのまま寝てても運んでくれるのだ。ついでに到着した際には腰の下のクッションを膨らませて起こす目覚まし機能もついているため、いたせりつくせりと言ったところだろう。
ソラに続き、ハヤテも乗り込む。包み込まれるような感覚に心地よさを覚える。
「すごい。これ一般客が使う奴でしょ? こんなに心地よくていいの?」
「心配せずとも、上流階級はこれを上回るクッションにキッチンやベッドもつけるから大丈夫だよ」
青年は慣れた様子で乗り込む。荷物は全てトランクに積めたようだ。
「……キッチンに、ベッドって」
青年は苦笑した。
「まぁ、気持ちは分かる」
合成音声が車内に響く。
『ご利用ありがとうございます。行き先をお告げください』
「そういえば……一つ疑問があるんだけど」
青年が行き先を告げようとしたが、ハヤテを優先させた。
「なに?」
「エアボードを使うのは分かるんだけど、こんな個人で使うような奴でいいの? これから向かうところを思えば、迎えがあると考えたほうが自然だと思うんだけど」
「あぁ、そうだねぇ。一般的なところ、ならね」
「一般的?」
男は前を向いた。
「君たちが向かうところは、Aアカデミーでも、Bギムナジウムでも、ましてやCスクールでもない――Dクレイドルだからね」
Dクレイドル――地球にある教育機関の一つ。旅の最終地点。この地球に五つしかないということは聞いていたが、迎えが寄越す必要がないとはどういうことだろうか。一般的じゃないとは?
早速、調べなくてはならないことができた。
この時、ハヤテはまだ知らなかった。エリート養成のAアカデミーよりもさらに校舎の数が少ない意味を。
「行き先はDクレイドルニホン校」
かしこまりました、というAIの合成音声が響き、エアボードはゆっくりと浮上を開始した。