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アカイ暗闇が包む世界でただ立ち尽くす。
切迫した色鮮やかな紅色と橙色に近い色褪せた緋色が部屋を覆っている。その中で一人、ぼんやりと佇む。
背後から深淵が手招きしているかのように、足場が心許ない。柔らかな布を高く積み上げたみたいにぐらぐらと揺れている。実際は、ただ力の入らなくなった体が揺れているだけなのだけれど、それにも気付けずにただ立ち尽くす。
狭いアパートの一室は、日常以上の狂気を孕んで今にも破裂しそうだった。
現実味が欠片もない。まるで幻想や妄想の類にしか思えない、非現実、非日常は、容赦なく視覚や嗅覚へと襲いかかるように訴えかける。
ごろりと横たわる大人が二人、醜く歪んだ表情を晒しながら、瞬きもしない瞳がこちらを見つめている。それから視線を外すことも出来ずに、立ち尽くしたまま右手で顔を覆った。
遮断された闇は心地よく、けれど臭いは鼻を衝く。
「にいさん…」
ひび割れた声に、床の擦れる音が応える。
耳を塞がなければ、口を閉じなければ、目を塞いだところで意味はなかった。
自分は存在してはいけないし、誰かの存在を感じてもいけない。この部屋の内では、それが絶対のルール。そしてそのルールの前提が崩壊した今も、いや、今だからこそ徹底しなければならない気がした。
声を出してしまった今だからこそ、それを痛感する。
重たいモノを引きずる音が聞こえる。目前にまで近づいてきた何かの息遣いも。見えない手が、左手を包むように握る。その温かな温度は、強張った体をほぐしてはくれない。逆に更に体に力が入ってしまう。
恐怖のせいなのか、異常に襲った寒気に身体を震わせていると、耳元でそっと空気が揺れた。
夢は、いつもそこで途切れる。
そしていつも考える。夢を見るたび何度も。自分に触れたのが誰であったのか―――と。
10年経った今でも、蓮はそれを思い出せないでいる。