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「マスター、朝で御座います」
「…んぅ〜…」
朝は、【白銀の最強黒執事 シルブラック】に起こされ、【神も傅く最上の料理長 アルトヴァイス】の美味美麗朝食を食べて始まる。
レアスキルが発覚し、僕もお父さんも家事スキルが低いって事で、練習も兼ねてこうして家事が出来る人を召喚し、やって貰っている。
カード名からも分かるように、シルブは執事でアルトは料理人だ。召喚に制限時間もないし、一度に出せる数に限りがある訳でもないので、誰かしらはいつも出している。 ただの世話に出すのも申し訳ないんだけどね? 二人曰く「我々にとって、こうしてお世話させて頂く事が最上の喜びです。寧ろ暇潰しでもストレス発散でも構いませんので、どうかお側に居させて下さいませ」って事らしい。途中は聞かなかった振りをするとして、ならいいかと納得する事にした。
顔を洗い、欠伸を零しながらリビングに行く。同じくシルブに起こされたらしいお父さんが、寝癖も直さずパジャマのままでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
「おはよーお父さん、アルト」
「おー。おはようさん綴」
「おはよう、お嬢」
シルブに抱き上げられ椅子に座ると、アルトがホットミルクを出してくれた。僕は、冷たい牛乳をそのまま飲むとお腹壊しちゃうのだ。
「ありがとーアルト」
「おう」 ニカッと爽やかに笑ったアルトは、相変わらず格好いい。所々跳ねた少し長めのスポーツ刈りっぽい濃紺の短髪に澄んだエメラルドグリーンの瞳の、精悍な顔立ちの男前だ。甘さはないが、爽やかで無骨ながらも全く下品ではなく男らしさが滲み出ている。近所の奥様方は皆骨抜きにされている。いつも白のコックコートを身に纏っていて、清潔感がある。
対してシルブは、肩を越す見るからに柔らかそうな白銀の髪に薄いブルーの瞳の美青年だ。知的でクールな上品な美貌は、男女問わず魅力してやまない。黒の執事服とチェーンの付いたノンフレーム眼鏡が異様に似合う。 ヤンデレレベルだと思っていたが、割と普通……いや、普通とは言い難いが、思ってたより全然マシなレベルだったので安心した。因みに、何故女性にしないかというと、お父さんに言われたからである。殆どシルブやアルト並の人外の美貌通り越して魔貌なので、色々と女の人はダメらしい。まあ、お父さんも男って事だね。
閑話休題。
ホットミルクをチビチビ飲み始めると、朝食が並べられた。最高級ホテルなんて目じゃない料理は、全部スーパーの食材で作られてるんだぜ? 信じられないだろ?
ぶっちゃけね、なめてた。確かに『カード・サモナー』シリーズの売りは、全てがチート! 全てがバグ! 全てがバランスブレイカー! ゲームバランス考えろよ喧嘩売ってんの!? な、全部チートだしバランス取れてるよ多分、と言うはっちゃけ具合だった。
でもさ、まさかここまでとは思わないじゃん。美味しすぎて死にかけるとかどうなの。いや、お陰でお父さんが他じゃ飯が食えん、と忙しいはずなのに仕事をマッハで終わらせてくれてるんだけど。
輝いて見える見た目も匂いも、すでに美味しい(・・・・・・・)朝食は、ピカピカの白銀に煌めくご飯に、クルトンとくし切りのトマトが乗ったシーザーサラダ、外はパリッと中はジューシーなソーセージにスクランブルエッグ。ベーコンはお父さんがカリカリで僕はふにゃふにゃの焼き加減。お味噌汁は春キャベツがたっぷり入っている。
パンより米派なので、おかずは洋食なのにご飯とお味噌汁がある。別にジャンルとか気にしないので良いけどね、美味しいし。ベーコンとか、僕達の好みも把握してくれていて、僕達親子はガッチリ胃袋を掴まれちゃってます。
「いただきます」
「いっただっきまぁす!」
ぺちむ、と手を合わせご挨拶。不思議と、アルトの料理を前にすると感謝の挨拶をしたくなる。まあこれだけのモノなら当然だよね!
召喚獣(いくら容姿が美の神が隷属懇願するレベルと言えども見た目は人なので、召喚人と呼ぶか。獣ってちょっと違うよね)は食事が必要ない――ただ中には補食はする子もいる――らしく、二人は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
ウマウマ、ととろけるような満面の笑みで堪能しながら、ご飯をおかわりする。どうも大食らいになるのも代償の一つっぽい。正確には、召喚してる数だけ食べる量が増えるようだ。なので、昼間は基本的にアルト達はカードに戻している。
「あ、そうだ綴。お父さん今日急に仕事入ってな? 幼稚園の迎えに行けないんだ」 唐突に、お父さんが申し訳なさそうにそう言った。何の仕事をしてるかはまだ教えて貰った事がないが、こういう事は偶にあるので素直にこっくり頷く。
「今日は、どこ行くの?」
「ああ、確かハルヴ諸島だったか? 結構遠いから、三日は家を空けるなぁ……ごめんな?」
ハルヴ諸島……確か、北の方だっけ? このヤマト帝国は日本より一回りか二回り大きい島国で、形も縦長っぽくてちょっと似てる。まあ形が似てるだけで全然違うけどね。
ハルヴ諸島は、いくつかの島が合わさってる沖縄の北バージョンって所かな。かなり寒いらしい。
「お父さん、だいじょーぶ? あっち寒いんでしょ?」「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと防寒具持って行くからな」
心配で尋ねると、嬉しそうにそう言った。何故にそんな笑顔…? どうやら、娘に心配されたのが嬉しいらしい。「つー訳で、俺が留守の間は綴と家の事は任せたぞ」
「何言ってんだ、当然だろ? お嬢を護るなんて」
「当たり前で御座います。マスターこそが我々の存在意義で御座いますので、篝様に言われるまでも御座いません」
……前言撤回。やっぱり思った通りマスター(ぼく)至上主義だった。アルトに至ってはそんな不思議そうに答えなくても……。
***
朝ご飯をたっぷりみっちり食べて、歯を磨き幼稚園の制服に着替える。女の子はピンクの服で、紺色のジャケットと帽子を行き帰りに着るのだ。結構可愛いんだよ、これが。鞄は当然黄色いショルダーバッグです。
淡いピンク色のパジャマをシルブに脱がされ、服を着せられる。自分で出来るのに、一人でやろうとすると無言の抗議が来るのでもう諦めている。
パジャマの柄は、今子供に大人気のビッチバニーだ。……名前がアレだが、いや見た目もオスうさぎ侍らせたハイレグ網タイツ姿のボインな八頭身うさぎだが、子供に何故か人気なのだ。かく言う僕も、何だか好きです。……前世で似たような名前のキャラクターいなかったっけ? 気のせい?
そしたら、シルブに髪を結ってもらう。シルブに髪を梳かれるのは凄く気持ち良い。そして、小さい子と美少女と二次元だけの特権であるツインテールにしてもらう。耳の辺りから三つ編みがされていて、細かいお洒落だ。
鏡で見ると、普通に可愛い女の子がいる。毎日丁寧にケアして貰っている黒髪には、天使の輪っかが出来ている。そして、大きな二重のまんまる眼は一番のお気に入り。この紫色は殊の外好きだ。 紫陽花やスミレやアメジスト等の綺麗な紫色を全部混ぜて煮詰めて凝縮して、何度も丁寧に濾して、これまた綺麗な水で透明度を加えたような、底の見えないどこまでも吸い込まれそうな紫水晶のキラキラ星が浮かぶ瞳。
説明すると何だかナルシストみたいだが、決してそんな事はないぞ? ただ、客観的に見た感想だから。
「シルブありがと〜!」
「いえ。今日もとても愛らしいです、マスター」
にっこり笑ってお礼を言えば、無表情をうっとりと緩め世の女性は老若問わず魅了される笑みを浮かべた。恍惚とした表情を浮かべる相手が幼女ってどうなんだろうね。それでも魔貌は全く霞まないが。
僕より少し後に出るらしいお父さんと、暫く会えないからとギューッと抱き合い、抱っこして貰った。寝癖が消えてるお父さんの柔らかいチョコレート色の髪をまふまふと撫でた。あっ、ほっぺスリスリはしないで! 髭が! 無精髭がチクチクジョリジョリするから! つーか寝癖直したなら髭も剃りなよ!
「ん〜っ、綴はスベスベだな〜」
「うぅ〜……お父さんは痛いよぅ。お髭剃ってくださーい!」
「はっはっは。……にやり」
お父さん、何がにやりなの? 僕に向けて……ではないか?
「篝様、マスターが嫌がっておいでで御座います。即刻その薄汚いお体をマスターから離さなければ、両腕と首を落とす所存で御座います」
「っぅおっとォ!!? てめっ忠告しながら攻撃すんな!」
「シルブ、確かに言いながら殺ったら意味ねぇし、お嬢に当たったらどうすんだよ」
「私がその様なヘマをする訳がないので御座います。攻撃も、ただ単にあのどや顔に苛ついたから消そうとしただけで御座います」
「まあ確かに……。ああ、篝もやるならせめて髭剃ってからにしろよ? その後俺等が上書きするとは言え、それ以上やったらお前を挽き肉料理にするからな?」
「……何気にアルトはグロいよな」
……知らない。僕は知らないよ。僕を抱っこして二人をからかうためにいいだろ、みたいな顔したお父さんも、冷気漂うシルブの声も、横を通り抜けたナニカ(後から知ったが、お父さんが避けられるギリギリのスピードにしていたらしい。僕の目の前だから)も、普段と変わらない声色で恐ろしい事を言うアルトも。全部ぜーんぶっ、僕は知らないよ!
その後アルトとシルブにも抱っこされ、やって来た幼稚園のバスに乗った。いつもの如く、魔貌の召喚人と普通にイケメンなお父さんが見送ってくれて、これまたいつもの如く三人目当ての先生が気合いの入ったバッチリメイクの顔を真っ赤に染め、目をハートにして一オクターブ高い声で挨拶していた。
先生を生温い目で見て、運転手の男の先生に挨拶してから、藍ちゃんの隣に座った。
「おはよ〜藍ちゃん」
「ぁ、お、おはよぅ……つづ、ちゃん」 真っ赤になって挨拶を返してくれた藍ちゃんは、うさぎみたいで可愛い。セミロングの髪には白いリボンが付いていて、もうね、にゃーっ! ってギュッとしてなでなでしたい。
窓から三人に手を振り、出発したバスの中で藍ちゃんとお喋り。昨日何したー? とか、今日はお絵描きしよっか、とか。僕も藍ちゃんも運動は苦手なので、基本室内遊びが多い。昨日はおままごとしましたー。
最近はもうすっかり僕に慣れてくれた藍ちゃんは、普通に笑顔を向けてくれる。可愛いですにゃあ。
***
今日も楽しく遊んだ所で、お迎えの時間が来た。今更だが、何故行きはバスが出てるのに、帰りはないのだろうか。帰りもバス出してくれればいいのにな。
迎えはシルブで、シルブは時間ピッタリにやって来た。いつも通り、何というかキッチリだなぁ。因みに、意外とアルトもピッタリに来るよ。
シルブに手を振り、先生と一緒に合流。女同士の仁義なき戦いを繰り広げた後とは思えないくらい、メイク完璧な美人になってる先生。……先生、職場でそれはどうかと思うよ…?
「お待たせ致しました。お迎えに参りまして御座います」
「全然待ってないよ? ありがとー」
「こんにちはぁっ。お迎えご苦労様ですぅ」
「マスターをお迎え出来ると言う事を光栄に思いこそすれ、苦労等と思った事は御座いません」 早いな切り返し! 即答でその答えがスラスラ出てくるってどういう事さ。
ほら、先生固まってるから。僕に見せた甘い微笑みを一変、可愛い声で話し掛けた先生にはブリザードな無表情って……。極端過ぎやしないかい?
苦笑を零し、藍ちゃんにバイバイと手を振った。お見送り担当争奪戦で敗れた先生達もそこにいた。なにあれこわい。
「ではマスター。帰りましょうか」
「うん。先生さよーならー」
「……はっ! あっ、ええ、はい。さようならー!」
真っ赤な顔でぽうっとしていた先生に声を掛けると、漸く我に返り元気に返してくれた。……ブリザードに見惚れたの…?
先生に一抹の不安を抱きながら、僕はシルブと手を繋ぎ帰った。途中からは右腕に抱えられたけどね。乗り物もいいが、免許はないし大抵歩きか転移魔法である。執事だろうが料理人だろうが、皆戦闘は出来るので魔法の類も使えるみたいだ。
家に帰ったら、おやつのプリンを食べて、召喚の練習とかして、アルトとは別の料理人を召喚しご飯を作って貰った。うまにゃ〜!
で、夜はシルブと交代したメイドさん(お父さんがいない日は女の人も召喚出来るので)にお風呂に入れてもらい、添い寝までして貰っちゃいます。ふふん、羨ましいだろ〜!
どうもですね、召喚獣達は皆同じ空間に居るのか情報を共有出来るか、ローテーションで召喚して下さいとお願いされたのです。一番出すのはお父さんが慣れてるのもあり、シルブとアルトだけど。
あ、僕の日常は大体こんな感じでほのぼのです。
綴は大分甘やかされています。ベタ甘です。