“白”と“黒”
着替え終わり、奥から出てきた俺を見て、おばさんは満足げに顔を緩ませた。
「へえ、似合うじゃないか。サイズは大丈夫かい?」
「ああ、平気だよ。ま、馬子にも衣装ってやつかな」
「なんだいそれ?」
「俺の故郷のことわざだよ」
俺は着替えたばかりの服を見下ろした。
黒で統一された色が、髪と瞳の色にとてもあっている。
動きやすい素材で作られたシャツやベストに、ズボンにつけられたベルト。
ベルトには袋などを吊り下げられる機能が付いている。
そして、フード付きのマントと来れば、
(俺、冒険者っぽい!!?)
やべー、なんか感動する。
「で、あんた宿は取ったのかい」
「え、宿?」
新しい服に見とれていた俺は、おばさんの問いに首をかしげた。
「今のうちに取っとかないと、夜になってから野宿、なんて事になりかねないよ。ここは曲がりなりにも王都。旅人や観光客の数が半端じゃないんだからね」
「へーえ。んじゃ、一回行ってみるかな。こっから一番近い宿は?」
「どんなのでもいいなら色々あるけど、私のお勧めは【黒の巣】だね。値段も手ごろだし、結構いい穴場だよ」
「ん。何から何までありがとおばさん」
「おばさんじゃないって何回言ったら分かるんだいこのチビガキが!!」
「ってえェェェェ!!」
本日二度目の制裁。頭が割れる脳細胞が減る背が縮む!!
「じゃあ名前! 名前教えてくれ。俺はユウ・クロキ」
「ふん、ガキがいっちょまえによく言うよ。あたしはティズ・クロード。困ったことがあったらなんでもいいな」
「了解! じゃあなティズさん」
俺は服屋をでた。
~~~~~
で、俺は迷うことなく【黒の巣】について、部屋を一つ取った。
なかなかいい部屋で、狭いけどベットふかふかだし、文句なしだ。
窓から外を見ると、ようやく日が大地に埋まろうとしていた。
「腹減った…………」
ここに来てから何も食べていない。
一度食堂に下りて従業員の人に聞くと、ここでのサービスは朝だけらしい。
一度自覚した空腹感はなくなるどころか更に存在をまし、俺は外の露店で食うことに決めた。
~~~~~~
で、歩くこと十分強。
露店を適当に冷やかして歩きながら、食べ物を探す。
しかしどれがうまくてどれがまずいのかがさっぱり分からず、いまだに食べ物にはありつけていない。
俺の胃は繊細なんだよ!異世界まで来て食中毒なんて起こしたくない。
食中毒は軽くトラウマだ。
とりあえず、うまい匂いを発見したので歩いてみる。
うまい匂いのするほうにひたすら歩く。
歩いて、歩いて、歩いて。
気付いたらどことも分からない路地の中だった。
ちゃんと匂いを追ってきたのだが、ここがどこだかさっぱり分からない。
とりあえず、また歩く。
歩いて、歩いて、歩いて。
見えてきたものは、うまいものとはかけ離れた光景だった。
「ヒャハハハハ! 上玉じゃねえかこいつァ。しかもこのガキ“白”だぜ!」
「いいこにしなァおじょーちゃん。悪くはしねーからよ」
声につられて横の路地を覗き込むと、聞こえた声とあわせて、他にも三人ほどの柄の悪い男達。合計五人の野郎が、何かを囲んで立っていた。
一人がかがみこんだ。
「しっかしまあ綺麗なお顔だこと。“白”のガキってだけでも高ぇのに、この面じゃあ、どこかのお貴族様にかわいがられるんじゃねえか?」
「ヒャハハハハ!! 違いねえ!!」
俺が見ると、野郎たちに囲まれているのは、まだ幼い少女だった。
おびえたようにうずくまり、震えている。さらに、俺が驚いたのが髪だ。
腰まである長い髪。そして、その色は綺麗な白だった。
じいちゃんばあちゃんの縮れたような毛ではなく、美しくなめらかな髪。
(キレイだな…………)
素直にそう思った。
「じゃ、さっさと売り飛ばすか」
「金貨何枚になることやら…………ヒヒヒ!」
男達が少女の腕を無理やり引っ張った。
次の瞬間、俺はそいつらの前に姿を現していた。
「っ!!? 誰だテメエは!」
俺を見つけた男が声を上げる。
「別に、通りすがりの若者ですけど。オッサンどもがいたいけな少女を誘拐しようとしているのを、見過ごせるわけないだろーが」
「ああ!? てめえヒーロー気取ってんじゃねぇぞ!」
「見られたのはまずいな。やっちまえ!!」
一人、二人と大声を上げて襲い掛かってくる。
だが、あまりにも遅い。
「うっせーんだよ糞が。ご近所さんの迷惑も考えて、」
俺は思いっきり足を引いて、あの時エセ神を蹴ったように振りぬいた。
「静かにしとけッッッ!!」
二人の体に俺の脚がめり込んだのが分かった。
二人は悲鳴をあげるまもなく吹っ飛び、他の仲間にぶつかって気絶した。
唖然としている男達に声をかける。
「さ、さっさとその女の子を渡してもらおうか」
「ふ、ふざけやがってェェェェ!!」
その時、薄暗かった路地に一筋の夕日が差し込んだ。
男達の背中のほうから差してくる光が路地にあふれ、視界が一気に明るくなった。
「っ!!? や、やべえ逃げろ!あいつ“黒”だ!!」
「う、うわああああああああ!」
俺の髪と目の色が見えたらしいそいつらは、気絶した二人を担いであっという間に消え去った。
「ったく、逃げるくらいなら最初ッからすんなっつーの。そんなにこの髪が怖いかね?」
ぶつぶつ言いながら少女に近づく。と、彼女はおびえたようにあとずさった。
しかも目には涙。
(……なんか、悪いことしてる気になってくんな……。それにしても)
「キレーな髪だよな~」
少女は驚いたように目を見開いた。
俺はそんなことに気付かず続ける。
「俺がじいちゃんになってもここまで綺麗にゃなんねーぞ。しっかしうまく色素抜けてるよな」
じろじろ見ながら一人でつぶやいていると、おずおずと少女が口を開いた。
「あ、あの」
「ん?」
「ありがとうございます。助けてもらって……」
「いーや、別に? つかそっちのほうが大丈夫?」
「は、はい。なんともないです。“商品”には傷をつけないので……」
「……“商品”?」
俺は顔をゆがめた。さっき話したばかりのティズさんの声が頭によみがえる。
『ここじゃ、差別なんて当たり前、それが常識なんだ。奴隷なんてのもいる』
奴隷。“商品”とは、そういうことなんだろう。
(でも、)
まだ十歳ぐらいの子供が、そんな事を言う。
それは、酷く哀しい。
「なあ、お前、名前は?」
「……白。でも、この名前は嫌いです。“白”であることを、忘れられなくなる……」
「そ。……んじゃ、お前の名前は今から“ゼロ”だ」
「え?」
少女―――ゼロが驚いたように目を見開く。
「“ゼロ”っていうのは、俺の故郷で“なにもない”ことを表すんだ。お前はお前、色なんて関係ねェ」
俺は笑った。
「お前、気に入った。一緒に来ないか?」
少女はしばらく何も言わなかったが、少し後に泣きながら笑った。
「………………っはい!!」
ゼロの目じりから、最後の一滴が零れ落ちた。
結構強引に仲間にしちゃいました。とりあえず一人目ゲットです。
次は、何も知らないユウ君に、ゼロからこの世界の事を教えていただこうと思います。
誰か、文才分けてください…………!