おとぎ話
「ルシア、レミヒオ……?」
俺は呆然として男を見上げた。男はまたこきりと首を鳴らして、口を開いた。
「信じられねェか? まあ、無理ねェけどさ。“下”の奴らは皆ここのことを、ただのおとぎ話か神話ぐらいにしか思っちゃいない。そっちのちびっ子は、多少知識があるようだが」
「ちびっ子言うな! 俺にはキール・アイヤリムという名があるんだ!」
『ちびっ子』という言葉を聞いて反射で噛み付いたキールに、男は目をぱちくりさせた。
「アイヤリム王国の? そう言われりゃ、聞いたとおりの金髪金目だな。へェ、このちっさいのが、差別国家のオウジサマか」
「お前……この暗闇で色が分かるというのか?」
「俺を馬鹿にしてんのかァ? おちびちゃんよォ。俺のスペックを舐めてもらっちゃあ困る」
「嘘だろ? こんなに暗いのに? 俺にはせいぜいあんたの動きが分かる程度なんだけど」
「あらら、こっちの兄ちゃんは“黒”なのに“目”を持ってないんだな。これまた珍しい。んでもって、その子は“白”か。全くいい加減な組み合わせだなァオイ」
男は物珍しげに言うと、俺のほうに向かって手を差し伸べた。俺はまだ膝をついたままだったからだろう。俺はそれを断ると、自力で立ち上がった。魔力を一気に失ったせいで感じていた疲労も多少収まったし、なによりこの男をまだ完全には信用していなかった。
「ここは、そのルシア・レミヒオとかいう国なのか?」
「おいおい兄ちゃん、あんたルシア・レミヒオを知らないってのかァ? “下”じゃあ有名な話だろう? 誰もが一度は母ちゃんに聞かされるおとぎ話だ」
「あー、俺、生まれがアイヤリム王国じゃないんだ。もっと、ずっと遠いところでさ。詳しく教えてくれないか?」
「俺よりも、そっちのちびっ子に説明してもらったほうが早いだろうよ。なんせここ数年は全く“下”に降りてねェもんだから、世俗に疎くなっちまって。とりあえず、話は移動しながらだ。ついてこい」
男がくるりと踵をかえしたので、俺達も慌てて後を追った。なんせ辺りが暗すぎて、男から少し離れたら見失ってしまいそうだった。
暗い森の中を歩きながら、話を振られたキールは、難しそうな顔をして俺を見た。
「話せ、といわれてもな。どう言えばいいのか分からん」
「そんなに難しい話なのか?」
「内容自体は簡単だろう。ただ、世間のおとぎ話と王家に伝わる神話では、内容が全く違うのだ」
「じゃあ、とりあえずおとぎ話のほうから教えてくれ」
俺が言うと、キールは一つ頷いて話し始めた。
『むかしむかし、あるところに一人の心優しい少女がいました。彼女は神に仕える巫女の血筋の人でした。
彼女は特に神に愛されており、神の名をいただいてルシアと名付けられました。
ルシアはすくすくと大きくなり、見る間に美しい少女へと成長しました。
ルシアが少女になったとき、大きな国とルシアの国が戦争を始めました。
心優しいルシアは悲しみ、なんとかして戦争をとめようとしましたが、ルシアの国は侵攻され、その魔の手は彼女の住んでいる地域にも及ぼうとしていました。
ルシアはもう自分ではどうしようもないことを知って嘆き、わずかに生き残った人たちを連れて神の祭壇へと訪れました。
ルシアの呼びかけに現れた神に、ルシアは言いました。
〈我が主よ、どうか助けを。悪の手から逃れるために、我らに庇護をお与え下さい〉
神はルシアの悲しみに涙し、誰の手にも届かない“上”にもうひとつの大地を作りました。神はその土地では、誰にも害されること無く生きていけると約束しました。
ルシアたちは“上”の大地で暮らし始めました。
そこは、ずっと平和が約束された場所。神のふところの中、世界で最も暖かい場所。
その名は、ルシア・レミヒオ』
話を聞いた俺は、その内容に思わず微妙な顔をしてしまった。
「起承転結のはっきりしてない話だな……結局戦争はどうなったのか、ルシアが“上”でどうしたのかも分からずじまいだし。そもそも神に自分たちだけ助けてもらうぐらいなら、戦争を止めるように頼めばよかったんじゃねえの?」
「確かにそうだ。この話は、おとぎ話というにはあまりに不完全だ。だが、国中、この大陸中で語り継がれる話でもある」
「なんで、こんな話が有名になるんだよ?」
「知らん。だが、新しく生まれた子どもには、必ず一度は聞かせる。もはや習慣というよりも文化の一種だな」
キールはそういうと、次は神話を話そうと言った。
「いいのか? 王家の伝承なんだろう?」
「王家以外に、知っているものがいないわけじゃない。重要度もそれほど高くない話だ」
ならいいか、と俺は再びキールの話に耳を澄ませた。