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飛んだ光 ※他視点

一月中一度も更新出来ず大変申し訳ありませんでした。

不束者ですが、これからもよろしくお願いします。


 王城の一角。こつこつと音を立てて硬い石造りの廊下を歩いていた男は、ふっと視線を窓の外に飛ばした。


 分厚いガラスのはまった枠の向こうに、消失していく魔力を、見る。

 男は面白そうに目を瞬かせ、眼鏡をくいっと押し上げた。


「あれ、クロキ君にゼロ君に、キール君まで。もう逃げちゃうのかー」


 曇りの無い青空に、まるで何かが見えているかのように、どこか残念そうに男は言った。


 つい最近会ったばかりの彼らは、試験管の中をのぞいている時よりも楽しいものをノワールに見せてくれる、珍しいコドモだった。特に“黒”の少年は、この国には珍しい考え方を持っていて、なかなか興味深い人間だと思うほど。



 この国の色制度をはっきりと拒絶し、アーリアの男嫌いに首を突っ込み、果てには国王にさえ喧嘩を売る。

 そのいっそ清々しいまでの自分勝手さにノワールは笑いさえ出てくる程愉快だった。


 こういうと、ノワールがユウの事を嫌っているように聞こえるかもしれないが、実際はそうではない。むしろ、ノワールは好き嫌いという感情を持つことが滅多に無い男なのだ。


 彼の感情の八割は、物事が『面白い』か『そうでない』かに分かれている。

 ノワールはユウの事を『面白い』と思っていた――――ただし、実験対象として。


「転移先は、国外かな」


 ノワールは窓の外を見つめたままつぶやいた。


 ノワールはユウの事を『面白い』と思っていたが、好きか嫌いかと問われれば嫌いだと答える。

 なぜなら、ノワールには彼の行動がただの愉快な偽善にしか見えないからだ。

 道化師が金のために見せる道化。



 特殊な環境で生まれ育ってきたノワールにとって、人の善意というものは利益と自己満足をもって行なわれるものだ。ユウの行動も例外ではなく、特に、彼が自らが“黒”であるにもかかわらず、『色なんてどうでもいい』と言ったとティズから聞いたときには、思わず失笑が漏れた。



『色なんてどうでもいい』

 それは彼が『持つ者』だからこそ言える言葉だ。


 ノワールのような“無色人”や、ゼロのような“白”にとって、色制度は絶対の壁であり、越えることのできない世界と世界との境界線だ。ノワールは今でこそ、その魔物に関する知識や経験の腕を買われ、王城に入ることが出来ているが、昔はいつ殺されてもおかしくない時代だったのだ。

 昔――――現国王が父親を含める王族をことごとく殺し、血の粛清をするまで。


 それまでは、今よりもずっと“有色人”と“無色人”の格差は大きかった。

 いくら頭脳に秀でていようと、一騎当千の力を持とうと、“無色人”は『持つ者』の気まぐれであっさりと首が飛んだ。




 ――――幼かったノワールの母親が、『気に食わない』という理由だけで目を抉り取られ、四肢を切断されて捨てられたときも。




 だからノワールは、今の王には感謝している。ノワールにしては珍しく、彼という人間にこだわり、ずっと王であって欲しいと願うほどに。


 そのため、ノワールは、第一王子やキールにはさっさと死んで欲しいとさえ思っている。

 いつまでも、あの覇王が王であり続けるために。



「行く先は、天国か、それとも地獄か……まあ、この世に天国なんて無いけどね。地獄行き確定、と」



 ノワールは視線を前に戻すと、再び歩み始めた。


 それでも。


 それでも、ノワールはこっそりと胸の中で思う。



 もしも、ユウやゼロやキールが、地獄から生きて帰ってきたとしたら。


 その時は、多少見る目を変えてやらないでもない。かもしれない、なんて。




 なぜなら、彼らが自分と――――国民とは『違う』心を持った者たちだから。


「変革を期待する……なあんてね」


 くすくすと笑いながら、もう彼が振り返ることは無い。


 ユウが彼と出会った当初に、ノワールが見せていたネジの取れたような人格は、すっかり見えなくなっていた。



~~~~



 ところ変わって、王城の中心部にある謁見の間。



 そこに、二人の人物がいた。


「……久しぶりだね、クソジジイ。相変わらず、好き勝手しているようじゃないか」

「お前こそ、今更よくも来たものだな。我の顔面に辞表を叩きつけて出て行ったような者が。我の誘いを断った女などお前が初めてだ。同年代なのに、我をジジイと呼ぶのもな」

「お褒めに預かり光栄だよ」



 ふん、と皮肉気に鼻を鳴らしたティズは、国王の顔をまっすぐに見つめた。

 相も変わらず、凍てついたような顔。



「で、説明してもらえるんだろうね」

「ほう、一体何のことだ」

「とぼけんじゃないよ。――――どうして“勇者決定戦”に魔物なんて使った」



 ギッ、と音が出そうなほどに強く、ティズは国王を睨み上げた。

 それだけが、どうしても分からなかったのだ。


 ティズと国王は、国王が即位する前からの付き合いだ。縁があるといってもただの腐れ縁。――――それでも、ティズは少なくとも他の人々よりは国王を理解しているつもりでいたし、それなりの自負もあった。冷たい顔しか見せない男と、少なからず理解しあっているという自負が。



 しかし、今回の事はまったく理解できなかった。

 魔物を憎み、魔王を憎み、己が血を憎み――――けれど国民を愛していたはずの男が。


 目の前で、国民が惨殺されるのを、ただ黙って見ていた。



 ティズはあの時観客席に居たが、何度飛び出そうと思ったか分からない。彼女の腕をつかむノワールを振り払って、血に濡れ、助けを求めて悲鳴をあげる人々を助けるために。この男の顔を、思いっきりぶん殴るために。


 ただ凄まじいまでの憤怒がティズの身を燃やした。

 こんなこと――――こんなことをさせるために、自分はあの王から離れたわけではなかったのに。


「…………」

「魔物という存在を、一番嫌悪していたはずのお前が、なんで……」



 冷たい男だった。

 笑顔を見せることなどついぞなく、それどころか表情を動かすことすらない無愛想な男だった。口を開けば憎まれ口しか叩かず、まるで血の通っていないような。

 人を人とは思わない、それでも、実力は人並み以上だった。だから、大勢いた腹違いの兄弟王子たちのなかで、後継者候補として名を上げていた。


 ティズと国王が出会ったのは、まだ彼らが王宮という組織の荒波にもがいていたころ。

 そのころから、彼は冷たい男だった。


 けれど。

 向けられた好意に不器用で、実は負けず嫌いで自分から喧嘩を買いに行き、冷静沈着と恐れられるなか悪戯でティズの手から飛び出たカエルに腰を抜かしたり。


 あのころの男は、冷たい、けれど人間味のある青年だった。






 男がどんどんと仮面を分厚くしていったことに、ティズは何も言わなかった。その時は、それが当然とさえ思っていた。

 血族を殺しつくして玉座に着いた男にとって、氷の仮面は必要なものなのだと思って。


 本当は仮面でもなんでもなく、ゆっくりと彼自身が変質していたことに気付くまでは。


 だから、ティズは国王が変わったことで彼を責めるつもりは無い。ティズ自身、それを止めなかったのだから。それが必然だったなんて言わないが、それでもあの時には他に手段が無かったから。



 ――――ティズがわざわざ謁見を請ってまで国王に会いに来たのは、そんな事を言いたいんじゃない。




「魔物を国内に引き入れた。……この行動の意味を、」

「分かっている」


 ずっと黙っていた王が、不意に口を開いた。


「魔王はすぐ側にいる――――そういう、ことだ」




 魔物が国内に入る。

 それは国の衰弱――――もしくは魔王の力が増大していることを表す。


 今回の“勇者決定戦”――――魔物が国民の目にさらされたこと。それは、ただ恐怖をあおることにしかならないはずなのに。

 その行動の真意が、ティズには分からなかった。



「それにしても」

「……なんだい」

「腑抜けたか? ティズ・クロード」

「なっ…………!?」



 ティズの驚愕したような表情に、国王は一つ頷いた。


「昔のお前なら、わざわざ我に出向くようなことなどしなかっただろう。あのガキ共、ずいぶん気に入りのようだな」

「……あいつらに、ね。あたしは期待してるんだよ」



 昔は、目の前の男に抱いた願いだった。だが、それはもうかなえられることは無い。


 ティズが願うのは、ただ一つ。ただ、――――を。



 国王は、玉座に座ったままティズを見下ろした。

 その願いを嘲笑うような、無機質な瞳。

 それに対抗するように、ティズは目をそらさなかった。



 その時、ほぼ同時に二人は窓の外を見た。


 ティズは何も見えないはずの視界に、黒い光の粒子を見た気がした。魔力の澱を感じ取る。

 磨きぬかれた金属のような強さを秘めた、“黒き勇”の――――。



「な、まさか、あいつら……」

「さっそく逃げ出したか。我に喧嘩を売っておきながら……興醒めよ」


 国王はすぐに興味を失ったようで、窓から視線を外した。

 しかし、ティズはその魔力の道を追っていく。辿れるだけ長く長く。


 そして――――笑った。




「……クソジジイ。いい知らせをくれてやる」



 その自信に満ち溢れた声に、国王はティズを見た。

 神の瞳に映るのは、彼女の満面の笑みと、そこから放出される力強い感情。


「あいつらは、還ってくるよ。――――必ず」


 ほう、と国王は口の端に笑みを佩いた。


「我の未来視すら違えると、そういうのか」

「あんたが見てるものはあたしが見てるものじゃない。そんなもんに頼ってないで、自分の目ん玉かっぴらいてよーく見とくんだね」


 不敵に笑うティズの目を見て、国王は内心で久々に楽しく思った。




 そう。そうだった。

 これこそが、彼女の強さ。


 自らの力が及ばぬ領域。権力に屈しない強い光。

 彼女の髪の色が自分と同じ事だけが、冷酷と呼ばれた男の心に宿る小さな喜びだったことを、国王は数年ぶりに思い出した。

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