ルール説明
「失礼致します」
ノックの後、部屋に響いた男の声に俺は目を覚ました。
ベッドから体を起こして扉の方を見ると、召使と思わしき風貌の青年が無表情でこちらを見つめていた。
「ああ……なんか用ですか?」
寝起きでぼんやりとする頭を覚醒させながら、俺は彼にたずねた。見たところ、俺より二つ三つ年上に見える。青年は表情を変えることなく口を開いた。
「昼食のお時間でございます。食堂までご案内させていただきます」
「もうそんな時間か」
俺は青年に頷くと、両脇で眠っている子供二人を軽く揺さぶった。
「ほら、二人とも。飯だぞ飯」
「んー……」
「は、い……」
ちびっ子は奇声を発しながらもどうにか目を開け、ゼロはまだ眠そうに目をこすっていた。
うながすように二人の頭をぽんぽんと叩くと、もぞもぞとベッドから這い出る二人。それに苦笑しながら、俺もベッドを降りた。
(やっぱまだコドモって感じだなあ……)
これでも齢十前後で、昼寝が必要な時期はとっくに過ぎていると思うのだが。むしろいつもはもっと大人びているような二人だ。
(疲れてっから素がでてんのか……それとも寝ぼけてるだけか?)
俺はとりあえず二人を扉の前まで誘導し、始終無表情だった青年の後に続いた。
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青年は無言を貫き通し、廊下を何度も曲がってたどり着いた大きな入り口の前で一礼して去って行った。
「ありがとうございまーす」
青年の背中に感謝を述べても、会釈しただけで歩みを止めることはなかった。
(……なんかすげークール)
そんな事を思いながら、完全に眠りから覚醒し空腹を訴える二人に押されるようにして、俺は食堂の入り口をくぐった。
入ってすぐそこにはこの人数に必要なのかと思うほど大きな長テーブルが三つ。思わず無駄を感じてしまうほど並べられた椅子は、すでに六つ埋まっていた。
一番右端奥に座っているのはガイストさんとテオドロさんの二人だ。二人とも食事はもう終えたようで、静かに話をしているようだった。ガイストさんは初めに会った時と同じようにひょうひょうとしていて、「ふははは」と笑っていたのが嘘のようだ。テオドロさんはいつものように仏頂面で腕を組み、ときどきガイストさんの話に相槌を打っていた。
そして正反対の左端のテーブルで食事をしているのは、あの男がいるパーティーだった。
鼻をへし折ってやったはずなのに怪我の後は何一つとして残っておらず、男の顔は綺麗なままだ。ちくしょう、美形にここまでの殺意を抱くのは初めてかもしれない。
俺たちを見つけた途端に手を振ってきた男をスルーして、適当な席に座る。
すぐさま運ばれてきた料理に早速手をつける。
「なあ……なんであいつの鼻再生してんだ? まだ二時間も経ってねーぞ」
「おおかた、治癒魔法を使える仲間がいるのだろう。もしくは、あいつ自身魔法の使い手なのかもな」
「ああ、そういやそんな便利なもんがあったんだったな」
「ユウ様も使ってましたよね?」
「……あー、そうだったな」
らしくもなくアーリアさんに偉そうに説教した時だな。あの時は何も考えないで古代語で治したが、魔語を使ったほうが不自然じゃなかったかもしれない。なにせ、普通の人は古代語なんてそれこそおとぎ話の世界だからな。今思えば、俺が手をかざしただけで治ったって事になってたりして。
「ん? つまり治せば何度でもあいつの鼻を折れるってことか?」
「なんの拷問だそれは。貴様は何か、鼻に恨みでもあるのか」
「鼻が高いのにムカついた」
「……つまりそれは八つ当た」
「よーし静かにしてちゃっちゃと飯食え」
ちびっ子の言葉を無理やりさえぎって食事を進める。両脇からじーっと視線が送られたが無視した。
空腹も手伝ってか、ほどなくして食事を終えた俺たちは、ゆっくりと周囲を見渡した。
「で、だ。わざわざ飯食った後も俺ら全員を引きとめてるって事は、なんかあるのか」
「……何をするんでしょうか」
「さあな。とりあえず、“勇者決定戦”、もしくは魔王についての事というのは間違いないだろう」
ちびっ子がそう断じたのとちょうど同じタイミングで扉が開いた。見ると、そこには恰幅の良い太鼓腹のおっさんと、先ほど俺たちを案内してくれた青年がいた。
おっさんはやけに裾の長い高級そうな服を着ていて、腕輪と耳環を着けていた。色鮮やかな宝石が天井に取り付けられた明かりの光を跳ね返して輝いている。
「皆様、ごきげんうるわしゅう。ワタクシめはこのエルベール宮の宮長、その名もエルベール・エドワードにございます。以後、お見知りおきを」
おっさん――――エルベールは仰々しく頭を下げて見せた。年相応に髪の減った頭部が宝石と同じように光を反射して頭をテカらせているのがよく見える。
「今回ワタクシめがわざわざ皆様にお集まりいただいたのは、このエルベール宮で守らなければならない規則のご説明にございます」
「……説明?」
テオドロさんが低い声で聞き返す。それと対照的な高い声でエルベールは声を上げた。
「左様にございます、テオドロ・ペリッツォーリ様。ワタクシめが皆様にお伝えする規則は三つとなります」
エルベールは人差し指を立てた。
「一つ、勇者候補以外の人間に害を加えないこと。
二つ、エルベール宮の損壊は命を持って償うこと」
エルベールが二本指を立てて言う。
しかし――――エルベール宮の損壊に命がかかる?
つまり、派手に暴れて魔法をぶっ放したりすればアウト、ってことか。
エルベールは一呼吸置いた後、もったいぶった仕草で三本目の指を立てた。
「そして、三つ目は――――」
「――――生き残りが誰か一人になるまで、殺しあうことにございます」