しろ
シリアスパートが終わらない……。
ギャグをかきたいけど王城ってシリアスなネタしか思いつかないんだよなー。
「……ユウ様は、」
ぽつり、とゼロは下を向いたまま話しだした。
「ユウ様は、“黒”です。キール様は“金”。お二人とも“有色人”です」
「そうだな」
「……私は、“白”です」
「……そうだな」
ゼロの身体は小刻みに震えていた。それは一体、どんな心境からくるものなのだろうか。
……恐怖、なのか。
「普通なら、喋ることはおろか視界に入り、目を合わせるだけで首が飛ぶ。そんな身分差です」
「…………」
「今でこそユウ様に助けられ、ユウ様の“所有物”であることで、私は“勇者決定戦”に出場し、それどころか王城に足を踏み入れています。……本来、ありえないことです」
「……なあ、ゼロ」
俺はゼロに、出来るだけ優しい声音で呼びかけた。
「お前は俺の“所有物”なんかじゃない。そういっても……無駄か」
「無駄です」
ゼロはすぐに答えた。
「……いえ、むしろユウ様のものでない私に、価値はないのです」
「そんなこと、」
「価値はないのです、ユウ様」
俺の言葉をさえぎってゼロが言う。まるで自分に戒めるように、強く、強く。
「ユウ様と共にいなければ、私は愛玩用の奴隷としての存在しかありません。……白としての、存在しか」
白。……俺が新しく名前をつける前の、ゼロの名前。
「だから私は、ユウ様に感謝しています。この身の全てを捧げることも出来ます」
「……全てを?」
「はい」
ゼロは頷いた。
「この身体も心も力も知恵も、私が持てるもの全て、あなたのものです。たとえユウ様が否定されても、それは変わりません」
「…………」
俺は、ゼロの表情に違和感を覚えた。
ただ悲しいだけじゃなく……何かを決めたような、顔。
……何を、言う気だ?
「だから……だから、」
ゼロは、意を決したようにバッと顔を上げた。
「これから、特に王城内では、私があなたのものであることを否定しないで下さい。……お願い、します」
「……理由は?」
「…………」
「――――あのふざけた男に、何か言われたのか」
すっ、と瞬間的に冷たくなった空気にも、ゼロは俺を真っ直ぐに見つめたままだった。
白い瞳。無垢で純粋で穢れなき少女。
「――――、分かった」
俺は口から出そうになった言葉を一つ飲み込んで、ゼロにしっかりと目を合わせて頷いた。
その言葉に、ゼロが目に見えてほっとするのが分かる。
俺は空気を切り替えるように声を上げた。
「さあ、飯の時間になるまで昼寝でもしようぜ。きっと誰かが呼びに来てくれるだろ」
「はい!」
いそいそとベッドに潜り込むゼロに小さく笑って、俺も布団の中に入った。
「――――おやすみ」
~~~~
静まり返った部屋の中、ゼロは薄く目を開いて思いにふけっていた。敬愛する主は寝ようといってくれたが、眠気はまったくといっていいほどに無かった。
それでも、自身を眠りへ誘おうと目を閉じる。
「…………、」
『――――あのふざけた男に、何か言われたのか』
主の言葉が頭の中で反芻される。
主は鋭かった。特に人の心の機微に。それは、ゼロが思っている以上のようだった。
(確かに、あの人がいった言葉で、私は揺さぶられている)
あの、食えない笑顔の男。
その男の言葉のほんの一部。
『――――そこの“白”は、気がついたら消えていそうだしね』
棘のある笑顔で言われたその言葉を、主は知らない。確か、横で二人の男女と話していたから。
ゼロはそのことに安堵する反面、主にこのことを言ってしまいたかった。しかし、言うことは出来ない。言いたくない。
最下層に位置する“白”が、上位の貴族たちの目に触れる。それがどういうことか。
短気な貴族なら汚らわしいとされる“白”を真っ先に殺そうとするだろう。
誇り高い貴族なら王城に足を踏み入れた“白”を嫌悪するだろう。
賢い貴族なら後の争いの芽を潰そうと“白”を取り込もうとするだろう。
――――その道のいずれも、ゼロが“ゼロ”として生きることが出来る道はない。
全ては“白”――――白として。
主に所有物と認めてもらう理由。それは醜い自己保身。
王族と肩を並べる“黒”のものならば、安易に手を出すものはいないだろうから。
(本当は、キール様に頼ってしまいたいけれど……)
ほとんど年の変わらない、この国の第二王子。主とは違い自他共に“金”だと認められている彼のほうが、影響力は強いに違いない。
けれど。
(あの人は、キール様を見下していた……)
ずっと笑顔を貼り付けたままの、あんなふざけた男にさえ下に見られる。ということは、キールの王城内での立ち位置がどれほど安全なものか分からない。
ゼロは権力や身分といったものに聡い。そうでなければ生き残れなかったからだ。
国境付近を同じ“白”たちと転々としながら、行く先々で迫害を受ける自分たちは。
だから、ゼロは自分の保護者としてキールを切り捨てた。
(……ごめんなさい)
じんわりと、涙がにじみ出る感覚がして慌てて顔を枕に押し付ける。泣き声を漏らさないようにするだけで精一杯だった。
(ごめんなさい、)
変わらぬ年で、むしろゼロより背丈がほんの少し小さいあの少年は、必死に認めてもらおうとあがいているのに。
その“仲間”であるはずのゼロが、彼を認めていないのだ。
(ごめんなさい――――)
押し寄せる自責の念と罪悪感に押し流されるようにして、ゼロは夢の中へと引き込まれた。
どうせ今日も、いい夢は見れない。
本当は分かっている。
あのいけ好かない男の言葉が無くても、自分は同じ行動を取り、同じ決断を下しただろう。あの男に責任を押し付けても、全ての咎はゼロのものだった。
ゼロは、自分が嫌いだった。
しかし、これからもそれは自分は変わらないことを知っていた。
変わる事が出来るのに変わらない。そんな自分が、なによりも嫌いだった。