頑張ること
「き、貴様! 何を、何をして……!」
「うるさい」
呆然としていたちびっ子がはっと我に返り、俺を睨みつけて怒鳴った。それを一刀両断して、二人の首根っこをつかんだまま長い廊下を歩く。
アイヤリム王国のメインカラーである金が他の赤や銀の色に囲まれた廊下は、隅まで磨き上げられて綺麗だった。ところどころに配置された調度品は華美になり過ぎることなく、上品な美しさを保っている。
そんな廊下に目もくれず、俺は伝達されていた俺たちの部屋へと足を進めた。左手でつかんだちびっ子が何か言っているようだが無視する。逆に、右手でつかんだゼロは酷く静かだった。
部屋の前に着き、一度二人を下ろしてドアを開ける。地面に足がついた途端にちびっ子が飛び掛ってきたが、再び片手で押さえ、おかしなくらいに喋らないゼロが開けてくれたドアをくぐった。
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部屋も廊下と同じように、なかなかに豪華だった。いまだ一人で眠ることの出来ない自分たちのために、頼んだ部屋は三人部屋。
そこでちびっ子を捕まえていた手を離した。
「き、さま……! 一体、何を考えている!」
「何も?」
すぐさま噛み付いてきたちびっ子に端的に返し、ベッドのうちの一つに腰掛けた。ティズさんに教えてもらい、“勇者決定戦”までの間寝泊りしていた“黒の巣”よりもさわり心地がいい。やはり質が高いのだろうか。
「ふざけるな! おれ、俺は、貴様などに助けてもらわずとも、あの程度の輩……!」
「助ける? 何言ってんだ、お前」
「な、に?」
ちびっ子の言葉に反応して問えば、ちびっ子の動きが止まった。
驚いたような、困惑したような。
そんなちびっ子に、俺は呆れたように言った。
「あんなもん助けるっていわねーよ。つーか俺の八つ当たりだし。まあ、あの場面で動いていいのかぶっちゃけよく分からなかったけど、我慢の限界だったし」
俺があのイラつく男の鼻っ柱を文字通り叩き折ったことで、あの男のパーティーとの関係は一気にマイナスになった。うまくやれば味方に出来たかもしれないのを、自分の私情で簡単にぶち壊してしまった。
「怒るのは分かるし、謝るけど。軽率だったけどさあ……俺無理だわ。うん」
「……なにがだ」
「お前をあそこまでコケにされて怒らないこと」
俺はいまだ戸惑っている様子のちびっ子をちょいちょいと手招きした。横に立っていたゼロと共に、恐る恐るといった風に近寄ってくるちびっ子の手を取り、そっと開く。
その小さな掌に残るのは、赤い鮮血と心が感じた傷。自らの手を見たちびっ子は、目を丸くして驚いていた。まるで、その痛みにさえ気付いていなかったように。
両手でそっと包むようにしてちびっ子の手を持つ。
「“癒”」
柔らかい光がそっと傷を癒していく。この部屋にも監視の目があるかもしれないということは、頭から消えうせていた。それに、“勇者決定戦”で散々使ってしまっていたし。今さらだろう。
完全に傷が消えてなくなったところで、魔力の供給を止めた。ちびっ子の掌を何度かなでて、皮膚がなめらかに戻っているのを確認する。
「……普通さ、手をどんなに強く握ったって、血なんて滅多に出るもんじゃないんだよ」
俺はぽつりと、つぶやくように言葉を落とした。
「途中でやめちまうんだ。誰だって痛いのは嫌だから。それなのに、お前は必死に我慢して、痛みすら分からないほどに耐えてた。……頑張ってた」
自分が耐えれば済むことだから。
その身体を丸めそうになるのを必死にこらえて胸を張っていた。歯を食いしばって、震えないために手を強く握り締めて。
この場所で生き残るためには出来るだけ味方が欲しい。多ければ多いほど、生き残る確率は上がる。そのために、この少年は。
悲鳴をあげる心を封じ込めていた。泣きそうになるのをこらえて。まだ、十を越えたばかりなのに。
「その頑張りを無駄にしたのは俺だ。ごめん。謝る。―-――でも」
俺は力なく笑った。
「頑張ることも大事だけど、頑張りすぎないのはもっと大事だ」
少しの沈黙の後、ちびっ子は顔をうつむけたまま言った。
「……そんなもの、戯言だ」
「ああ、そうだな」
「ただの、たわごと、だ……」
ふらり、と傾いた体をそっと支えてやる。もう、気力の限界だったのだろう。今日は色々なことがあったし。
ちびっ子をベッドに横たえて、身体を正面に向きなおす。
「……ゼロ、どうした」
――――泣きそうに顔を歪めている、少女は一体どうしたのだろうか。