王宮
長くなった。
八月二十五日修正
こつ、こつ。
硬質な足音が、磨き抜かれた白い石造りの床に響く。
普通の体育館の何倍あるんだよ、てな感じの広さがある大聖堂。両脇には各地から集まった貴族がずらりと並んでいる。
そして真ん中には――――玉座へと続く黒い絨毯。
こつ、こつ。
その道の上を、歩く。
こつ、こつ、
こつ。
足音が止まる。
まっすぐあげた顔は、この国の頂上から俺たちを見下ろす為政者の冷たい視線に射抜かれた。
その口が、開かれる。
「――――よくぞ来た。死闘を生き延びた戦士どもよ……」
大聖堂を満たす王の声に、まわりの貴族たちの背筋が自然と伸びる。
低くゆっくりとした声。しかし、そこに一切の温かみはなく、まるで氷のようだった。
「こたび、魔王の存在が確認され、世は再び暗黒に包まれんとしている。魔物の異常行動も増え、民心には恐怖と不安が根付きはじめた。この闇を打開するには、魔王を消し去ることだ。それこそ、アイヤリム王国として民のためにしなければならないことだ」
貴族たちは王の話に聞き入る。“有色人”と呼ばれる、彼ら。この場にいる“白”はゼロだけだ。
「我らがディターレ神の神託により“勇者決定戦”を開催、そして今ここにいるのが、勇者候補である選ばれし九人だ」
ディターレってのは……あのエセ神のことか?
その言葉に、貴族たちが王から視線を外して俺たちを見るのが分かる。
――――特に、第二王子であるちびっ子、“白”であるゼロ、そしてその間にいる俺を。
特に、玉座に近いほうからの視線が多い気がする。この“黒”のせいだろうか。俺はただの日本人であって、“黒”ではないのだが、そうとしか見えないのだから仕方がないだろう。
ここで、つ、と王が俺たちに視線を合わせた。
思わず身体が強張るほどの圧倒的な威厳。なんてオーラだ。
ぐ、と拳を強く握り締める。だめだ、まだこいつには――――勝てない。
「この時をもって、彼らを正式な“勇者候補”として認める。古の誓約により、“勇者”の称号を持てるものはただ一人。“戦争”が開始されるまでに、“勇者”を決めることとなる」
(“戦争”……? もしかして、魔王軍との全面対決なのか?)
殺した魔物の姿が脳裏をちらつく。ぐっと息を詰めた。
「“勇者”の決定方法は簡単だ。この世は弱肉強食。強いものは生き、弱いものは死ぬ。――――これら”勇者候補”のなかで最も強者だと認められたものを、“勇者”と認定することをここに宣言する」
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「弱肉強食、な……。まあシンプルだ。分かりやすい」
俺は目の前の奴らを見回して小さくつぶやいた。
大聖堂を出た俺たちは、王宮の西にあるエーベルス宮に来ていた。“勇者候補”は全員ここに滞在するらしい。“安らぎの樹”とまでは行かないが、かなりの人数が入る宮だ。
そこの広間に、“勇者候補”全員が集まっていた。
壁にもたれている二人組と、真ん中に置かれている豪奢な円卓の近くに集まっている四人組。そして、壁際にあった予備の椅子に座っている俺たち三人。
この九人で、一つの椅子を奪い合う。
まあ、実質は三グループでどれが一番強いか、ということになりそうだが。
「やっぱ俺らが一番年齢低いよな……」
「当たり前だ。そもそも十代の子供が“勇者決定戦”に出場、しかも生き残ること自体初めてだぞ」
「言ってるお前が一番年下だけどな」
「“有色人”が半分、ですか……」
“有色人”は俺、ちびっ子、ゼロ、それに四人組の中の二人。リーダーらしい男と、その横にずっと立っているやつだ。
「つーか男女比7:2っていうのが悲しすぎるな。過去に女性の“勇者”っていたのか?」
「ごく稀だがな。過去の事例は二度だけだ。しかし、その最近の方が魔王を倒した後に“勇者”の称号を振りかざして王権を握ってしまってな。一時期極端な女尊男卑状態になって、その後から女性の“勇者候補”は風当たりがきつくなったらしい」
まあその当時の国王もたいがい馬鹿だけどな、とちびっ子がつぶやいた。
……やっぱり、こいつも王族なんだなあ。
「王宮には女性の役人さんはいないんですか?」
「基本的に全て男が政治を動かしているな。せいぜい王族の血統のものが多少発言力を持つ程度だ」
「武官はどうなんだ。ほら、女騎士とか」
「普通女性の城勤めなら小間使いや侍女だからな。特に規制されてはいないはずだが、武官の中に女性がいるとは聞いたことがない」
ゼロの質問にすらすらと答えるちびっ子。こいつの頭の中にどれだけの知識が詰まっているのか……俺の脳みそのしわの少なさがよく分かる。
しかし、ちびっ子の話だと、城内にいる女性の数はひどく少ないようだ。まあ、女性禁制になっていないだけマシな組織だというべきか。
ふと顔を上げると、壁際に立っていた二人組がこちらに向かってきていた。
思わず椅子の上で身じろぎする。それに気付いたのか、話し込んでいたゼロとちびっ子もこちらを向いた。
距離が近くなる。先に声をかけたのは女のほうだった。
「はじめまして、だな。あたしは傭兵のシーヴ・ガイストだ。こっちの仏頂面はテオドロ・ペリッツォーリだ。同じく傭兵」
「…………」
ひょうひょうとした雰囲気の女性だ。髪は赤毛で長め、後ろで一つにまとめていた。瞳の色は茶色。
その後ろに立つ男はやけに威圧感があって目つきが鋭く無表情だった。
……なんか恐いんだけど。第一印象で相手をひるませるのはアーリアさんにも勝てるかもしれない。こげ茶色の髪を短く刈り込み、目は鮮やかなブルーだ。
男の強い眼光にややひるみながらも挨拶を返す。
「あ、ああ。俺はユウ・クロキ」
「私はゼロといいます」
「……キール・アイヤリムだ」
ゼロはさっと俺の背中に身体を隠し、顔だけ出して二人にお辞儀をした。ちびっ子はといえば足と腕を組み、そっぽを向いている。さっきのペリなんとかさんに負けず劣らずの仏頂面である。
「同じ“勇者決定戦”を勝ち抜いたものとして、そして“勇者候補”として、共にがんばろう」
女性のほうが、にこやかに笑って手を差し出してくる。
共に、ねえ……。
俺は、ちらりと後ろの二人を見た。
ゼロはいまだに俺の背中に張り付いているし、ちびっ子は二人のほうを見ようともしない。
「――――はい、お互い全力を尽くしましょう」
そう言って、俺は彼女の手を取ることなく頭を下げた。
……しばしの沈黙の後、すっと腕が引かれる。
頭を上げると、彼女――――ガイストさんは、先ほどのような外向けの笑顔ではなく、素の顔を見せていた。
面白いものを見つけたような、言うなればにやりという擬音がつく笑いだった。
「ふ、ふは、ふはははは……面白い少年だね君は」
「……そりゃどーも。けどどっちかっていうと少年より青年だと思うんだけどなー俺」
ふはははと笑い始めた彼女にちょっと引きながら返事を返す。ふははって悪役の笑い方じゃね?
また口を開こうとした彼女に、先に声がかかった。
「…………シーヴ。やめろ、迷惑しているだろう」
「ふは、ふはははは、おや、テオドロじゃないか、ふははは」
…………なんか笑いすぎじゃねガイストさん。なんかヤブ医者のネジの取れ方と似たようなものを感じるんだが。最初はまともそうな人だったのに……
つーかおや、ってテオドロさんの存在に気付いてなかったのか。……あれ、さっき自己紹介しなかったっけ。
あ、テオドロさんの名字は諦めた。聞き取れなかったし言いにくそうだったし。
「すまないな、連れが迷惑をかけた」
「え、あ、いえ。大丈夫ですよ」
「迷惑なんて、ふは、ふはははは」
「シーヴ」
「ふっふふふふふはははは」
「…………」
……テオドロさんはテオドロさんで顔が恐いし。ただ話してるだけなのに不機嫌そうに見えるのは顔つきのせいだろうか。なんか顔を直視したくないっていうか、目つき悪いんですが……。
笑い続けるガイストさんと、じっとこちらを見つめるテオドロさん。
……おれにどーしろっていうんですか?