アーリアさんと
二回戦を終えた俺たちは、すぐさま闘技場を後にすると、“安らぎの樹”に駆け込んだ。なぜなら、ちびっ子が調子に乗りすぎたせいで脱落していった方々が、我先にと俺たちめがけて突っ込んできたからだ。
おそらく、あの場で全員をのしてしまう事も出来たのかもしれないが、出来るだけ無駄な戦闘は避けたかったし、あの鬼気迫る般若のような形相におもわず足が動いてしまった。
だって怖えよ!! みなさんそろいもそろって目が血走ってるんだよ!? ちびっ子なんて強がりながらもがたがた震えてたよ。俺も震えてたよ。
とりあえず部屋の中に立てこもる。なかではアーリアさんが待っていて、ゼロを見つけると前に居たちびっ子を吹き飛ばして駆け寄った。あわれちびっ子。
「…………お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ただいま帰りました~」
美女美少女のほんわかとした空気を楽しんでいると、ふいに部屋の外が騒がしくなった。
「…………一体なんですか」
「ああ、きっとさっきの連中ですね。追いつかれたか」
「ま、またあいつらが来たのか!?」
ゼロがアーリアさんに説明をしているうちにも、足音はどんどん近づいてきている。ちびっ子は青ざめて後ずさり、俺も内心緊張していた。
そして、ついに足音が止まり――――次の瞬間、扉がぶち開けられた。
「ここかっ!!」
先頭集団はいかついオッサンたち。後ろには飛び道具を持った人や、魔術師らしき人たちが居て、どいつもこいつも黒いオーラを発しているように見えるのは気のせいか。
そいつらはぞろぞろと部屋に足を踏み入れると、俺たちをキッとにらみつけた。
その視線に俺とちびっ子はますます後ずさりし、ゼロは小走りでアーリアさんの背に隠れた。
…………そのせいで、若干一人が幸せそうなのは言うまでもない。
「てめえらァァァァァ!!」
一番前に居たオッサンが声を張り上げた。うわ、耳キーンってなった。
「てめえらのせいで、ここにいる奴ら全員二回戦敗退だぞ!! どうしてくれるってんだァァァァ!!」
ちょ、お前もう叫ぶな。耳キーンは結構めんどくさいんだぞ。直るまで結構イライラすんだかんな!
「ふん、情けない。素直に負けを認めぬか、虫けらめ」
「お前が言える立場じゃないって分かってる?お前も俺に同じことしたと思うんだけど」
「…………」
「無視かコラ。いい度胸だな。くらえ制裁ッ!」
「いたあッ!?」
再びデコピン。何回食らえば学習するんだろうねこいつは。
しかも、ちびっ子の言葉のせいでむこうがますます殺気立っている。
「…………はあ」
思わずため息が出てしまった。なんかこっちに来てから災難続きじゃね俺?
まあ、その規模が小さいことだけは救いだけど。
そのため息でまた向こうがうるさくなった。ああもう。
「で、あんたらはどうしたいんだよ?」
俺が声をかけると、オッサンが言った。
「お前らをギッタギタのメッタメタに出来れば満足さ。ああ、それと……そこの女とガキは寄越せ。こっちでちゃんと可愛がってやるよ」
止める間もなかった。
次の瞬間狙いたがわず放たれたメスは目にも留まらぬ速さで宙を飛び、オッサンの体中に突き刺さった。
わざと急所をはずされた、ヤブ医者特製の毒が塗りこまれたそのメスは、体に刺さると同時に毒を全身に回す。
アーリアさんは冷たい目をしていった。
「…………害虫が。そのまま血を流し続けてもがき苦しめばいい」
その瞳に見えたのは、男に対する嫌悪と憎悪。
彼女の根底に深く根付いている、世界を“害虫”と“その他”で分けるしきりが垣間見えた気がして、俺は一瞬の半分目を閉じた。
そして目を開き、オッサンに歩み寄るとメスを引き抜いた。
体に触れて、意識を集中させる。
誰にも聞こえないように、小さく小さくつぶやいた。
「“薬”」
俺の右腕が視認出来ない程度に発光し、その光がオッサンに流れ込むのを見届ける。
数秒後、オッサンは表情を和らげて意識を落とした。
「…………なぜ助けたんですか」
聞こえたのはアーリアさんの声。俺はアーリアさんに向き直る。
背中に他の人たちの視線を感じながら、俺は口を開いた。
「じゃあ、なぜ殺そうとしたんですか」
「…………存在している価値がないと思ったからです」
彼女の声にこめられた、淡々とした感情。
「…………彼が存在していて、なんの役に立つというんですか。ただ本能のままに行動し、他人に害を与えるしかないというのに」
「…………」
俺はアーリアさんをじっと見詰めた。
「…………その存在がふざけているとしかいえません。生きていても意味がない存在ならば、死んでいたほうが人のためです」
「本気で言ってるんですか」
「…………本気です」
俺は後ろをチラリと見た。押しかけてきた人々が所在なさげにおろおろしている。前では、ちびっ子とゼロがいつの間にか部屋の隅に避難している。ため息が出た。
本当に、面倒ごとばかり起きる。
「場所を変えましょうか」
アーリアさんがうなずいたのを確認して、俺たちは部屋を出た。
ドアの前には人だかりがあったが、狭い部屋を埋め尽くすほどの人達は、怒りを見せるアーリアさんを恐れてか、何も言わず自然と部屋の入り口までの道を作ってくれた。
――――ああもう、イライラする。
能口丈徒さまのご指摘により一部訂正しました。