“安らぎの樹”で
六角形をしている闘技場の右側には、やけに大きな建物が建っている。名は“安らぎの樹”。
そこは普段なら闘技場で行なわれるあらゆる行事の参加者のなかから、希望者が休憩したり宿泊したりするための施設だが、“勇者決定戦”開催中は、出場者全員がそこに缶詰となる。
そのため多少は不快感を改善できるように、快適な生活空間が提供されている。
――――らしい。
「……15、15……あ、ここだな」
俺とゼロはその“安らぎの樹”にいる。
階段をのぼって二階へ。外から見ると“安らぎの樹”はハンパない高さだった。
……最上階の人とか、のぼる階段の数が果てしないんじゃないだろうか。
まあ、そのかわいそうな人たちの事は置いといて、あてがわれた部屋のドアを開けた。
「…………おおう」
「わあ、すごいですね!!」
ドアを開けた状態で固まった俺の横をするりと通り過ぎ、中に入ったゼロが歓声を上げた。
なんと、まあ。
――――俺の目の前には、高層マンションの一室ぐらいの部屋が広がっていた。
台所に寝室、洗面所にリビングにバスルーム。
普通に住めるよここ。すごいよここ。若干カントリーだけどそれでもすごいよ。しかもタダ。
全部で何室あるんだろうか。というか横の部屋との差がそんなになかった気がしたんだけども。ここにも異世界クオリティーが!?
「ユウ様! すごいですね!!」
ゼロがはしゃぎながら飛びついてくる。その上がりに上がったテンションをなだめながら、ぐるりと周りを見渡した。
そして、気付いた。
「……“視”?」
――――天井の木目にまぎれて、古代語が刻まれていることに。
さりげなく目を離し、辺りを注意深く眺める。
他の部屋にも移動しながら探してみると、最低でも一部屋に三箇所は“視”があった。
(“視”ということは視る……監視か。“聴”はなかったから、さっきの声は聞かれていない。ということは、ばれていないはず)
まあ、薄々予想はしていたが。
こんな国を巻き込んだ大規模な大会に、不正がないわけがない。
それに不幸中の幸いで、相手が使ってきたのが古代語でよかった。魔語だったら逆に分からなかったかもしれない。
まあ、魔語だったら他の参加者に丸分かりか。
(……とりあえず、俺が使えるのは魔語だけって事にしておこう)
能ある鷹は爪を隠す。
というか隠し玉がひとつぐらいないと、さすがにダメだ。
(それに、俺の予想だと――――)
思い出すのは、さっきの一回戦での様子。
(ティズさんによると、“黒”は上からふたつ目の貴族。当然数も少ないから、そんなに出てきていないはずなのに……)
勇者になる資格に“有色人”も“無色人”も関係ない。だから、“無色人”は日ごろ逆らえない貴族に痛い目を見させてやるためにも参加意欲は大きい。
だが、それとは逆に“有色人”は今の状態でもそんなに不満はないはずだ。貴族は貴族でも下っ端なら、名を上げようとがんばるかもしれないが、“黒”は桁が違う。
国のトップ2。莫大な資産がある大富豪。俺みたいな偽者とは違い、本物は威厳があるとティズさんが言っていた。
そんな大貴族が一族総出でこんな大会に出たりするだろうか。――――否。
その可能性は低い。なら。
「俺みたいなやつか……」
雲行きが怪しくなってきた。どうも、おかしなことが起こっているような気がしてならない。
「なんですか? ユウ様」
「いや、なんでもない」
俺のつぶやきに答えたゼロに返事をして、俺は気持ちを切り替えた。
(ま、今度他の“黒”にあったら聞いてやろう)
――――あなたは何人ですか、ってな。
更新が遅れまして申し訳ありません。今後もこのペースが精一杯と思われます。
十一月中に一度は更新しようと思っておりますが、ご迷惑をおかけしますこと、どうもご了承下さい。